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第2章 因縁 第2話(1)
「シャノン、シャノン! 起きてシャノン。シャノン!」
繰り返し呼ぶ声に引かれるように意識が浮上する。我に返って目を開けたクリスは、真上から自分を覗きこむ人物を認識するなり飛び起きた。
「ティア! 無事だったのか!?」
コンテナの一角で消えて以降、こちらからの呼びかけにすら応えることのなかった相棒が、すぐ目の前に佇んでいた。その無事な姿を目の当たりにして、クリスは大きく胸を撫で下ろした。
「うん、ごめんね。いちばん肝腎なときにいなくなったりして」
少年もまた、いたたまれなさそうに眉尻を下げた。いったいどうやって部屋に入ったのか、とはクリスは尋ねなかった。
眼前の少年は、一見したところ人の姿をしているが、そのじつ人ではない。
惑星レヴァントの衛星、エスペリアに棲まう、精霊のような存在だった。姿も言動も少年のそれを思わせるものの、人間より遥かに長い寿命を持つその年齢は、すでに百歳を超えている。性別自体も男女どちらにも属さない、中間の性を有していた。
同時に、特殊な能力を有する彼らは、ある程度の距離的制限はあるものの、意のままに時空を跳躍することができた。みずからの質量・体積を変化させることも自在で、姿そのものを消すことや、宙を舞い、地中・水中を移動することさえ可能だった。
高次の生命体である彼らは、一般の人間に、その存在を感知することはできない。人類を超越した存在であるその種属は、エスペリアでは《フィロデディオ》――すなわち、『神の子』と呼ばれていたという。それがなぜ、故郷を離れてクリスと行動をともにしているのか。
ティアの正式名は、セレスティアという。彼は本来、クリスの母であるマルグリットに縁深い者だった。
ティアの故郷であるエスペリアは、マルグリット皇妃にとっての祖国でもあった。
彼女の一族は、代々神職に従事する家柄で、その家系から多くの神官や巫女を輩出していた。マルグリットもまた、優れた巫女のひとりとして神殿に仕えていたという。それがたまたま外遊でレヴァントを訪れた皇太子時代のアレクサンドロスの目に留まり、見初められたことで境遇が一変する。
エスペリアでもっとも格式高く、歴史あるサンクテヨ大神殿に籍を置いていたマルグリットは、人外の種属であるフィロデディオと交信を図ることのできる、数少ない巫女のひとりだった。そのマルグリットが、アウレリア皇国次代皇帝と目されていたアレクサンドロスに嫁す際、秘密裡に随行したのが、当時もっとも親交の深かったフィロデディオであったティアだった。
フィロデディオの能力を利用すれば、記録が残る通信装置を利用せずとも『心話 』という手法を用いて意思疎通を図ることができる。マルグリットがティアを伴った理由は、そこにあった。
皇太子妃となるマルグリットの立場上、そうそう気安く祖国にいる親族と連絡を取り合うことはできない。傍受された内容が、万一、謀略の一端として悪用されることにでもなれば、国際問題になりかねないからである。
他愛ない身内同士の日常会話であっても、切り取りかたひとつ、演出次第でいかようにもきな臭さを帯びる。
火のない場所にも煙を立てる。それが、権力を欲する者の世界での常套手段であることをマルグリットは熟知していた。わずかでも不安材料となり得る要素は、極力回避しておかねばならない。アウレリア皇国のような大国であればなおのこと、火種となる要素はあらかじめ排除しておく必要があった。
そこまでの危険を押してなお、マルグリットは祖国とのあいだに繋がりを求めた。王家の秘宝《ザイオン》をめぐり、エスペリアの母星であるレヴァントが敵襲を受け、王家ともども滅亡に追いやられた直後だったからである。
マルグリットの出自となる家系、ローゼン家は、レヴァント王室の血筋に連なる一族だった。
それから二十三年。
マルグリットとともに異邦の地よりやってきた異端の生命体、フィロデディオは現在、クリスとともにある。代々有能な巫女や神官を輩出してきたローゼン家の血は、マルグリットからクリスにも受け継がれ、クリスもまた、フィロデディオと交信を図れる能力を有していた。
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