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第2章 因縁 第2話(2)

 母が存命のときから、ティアの存在は母とクリスとティア、三人だけの秘密だった。皇帝である父もまた、秘密の外に置かれたことは例外ではない。アウレリア皇国で、ティアはつねに架空の世界の住人のような立ち位置でありつづけた。  実在していながら、だれにも認知されることのなかった神秘の生命体。それでもティアは、クリスにとって幼いころから大切な友人であり、兄弟のような存在だった。そしていまは、この世界で唯一の家族ともいえる。そのティアが、あり得ない状況下で不自然な消えかたをした。  自分の躰を支えていた感触が、突如喪失した瞬間の驚きと不安が不意に甦る。ティアまで喪うことになれば、自分はこの世界にたった独りとなってしまう。それは、クリスにとって耐えがたい恐怖だった。 「無事でよかった……」  ふたたび姿を現したティアを見て、クリスは心からそう呟いた。 「ほんとにごめん。あんなふうになるなんて、自分でも思ってなくて……」  少年もまた、消沈した様子で肩を落とした。  本意ではなかった。その表情が、そう物語っている。クリスはどういうことかと事情を尋ねた。 「どうしてかわからないんだけど、僕、のそばに、どうしても寄れないんだ……」  ティアは困惑しきりの様子でポツリと言った。その意味を量るように、クリスは眉根を寄せた。それから、ゆっくりと口を開いた。 「……まさか、あの男――クラウス・ヴェルデのことか?」  知らず知らず、問いかける口調に剣呑な色合いが滲む。その反応に畏縮したように、ティアは身を縮めて躊躇いがちに頷いた。 「そばに寄れないとは、どういうことだ? あの男に、いったいなにがある?」 「わ、わかんないよ。けど、あの人がそばに来ると、なんでか弾き飛ばされちゃうんだ」 「……弾き飛ばされる?」  すごく怖い。クリスの問いには答えず、ティアはぶるりと身をふるわせた。  絶対に一緒に逃げてみせる。そう言って、必死にクリスを窮状から救い出そうとしていたティアが突如、不自然な消えかたをした。それはたしかに、あの男が現れる直前のことだった。  いったいあの男のなにが、ティアにここまでの強い影響を与えるというのか。 「あの人がいると、どういうわけか自分が保てなくなっちゃうんだ」  ティアはなおも不安そうに呟いた。 「なんでかわかんないけど、すごく怖くて近づけない」 「それは、どういう意味だ? あの男が尋常でない殺気をまとっているということか? それとも実際に、おまえにとって有害となるなにかを身につけているということか?」 「わ、わかんない……。でも、たぶん、どっちも違う……」  どこまでも曖昧に答えてから、ティアはあらためてきっぱりとかぶりを振った。 「うううん、全然違う。やっぱり、そういうんじゃない。あの人は危険な武器も持ってないし、特別残虐な性質ってわけでもない。だけど、僕はどうしてもあの人に近づけないんだ」  断言されても、クリスにはそれをどう受け止めればいいのかわからなかった。困惑しきりのまま、それではどういう理由から、あの男に対して実体すら保てなくなるほどの脅威を感じているのかと尋ねようとしたところでハッとした。 「ティア、あいつはいま、どこにいる?」  訊かれて、ティアもまた思い出したように両目を見開いた。 「そうだ、それを知らせようと思ってたんだった!」  言って、切羽詰まった様子でクリスの腕を摑んだ。 「あの人、行っちゃうよ。もう、この部屋の宿泊代も精算済みだから、このままきっと、シャノンになんにも言わないでこの星を出発しちゃうかも」  その瞬間に、クリスはベッドから飛び降りた。 「いつ、部屋の精算を済ませた?」 「僕がシャノンを起こす五分くらいまえ。あの人がホテルの敷地から出るのと同時くらいに声をかけたから」 「あいつが向かったのは、テオルの宇宙港で間違いないな?」 「うん。このホテルに泊まったのはあの人だけだけど、宇宙港にはたぶん、あの人の仲間が集まってる」  ――アウジリアス……。  内心ひそかに呟いて、クリスはギリッと奥歯を噛みしめた。乱暴に開け放ったドアの向こうにひろがる続き間には、すでに人の気配はない。 「だけどシャノン、僕、あの人のそばまでは一緒に行けないんだよ?」 「『クリス』だ、ティア。その名前は過去の自分とともに捨てた。決着なら、私ひとりでつける。おまえは引っこんでていい」  そっけなく言い放ったクリスは、足早に部屋をあとにした。

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