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第3章 ターミナルにて (4)

 男の握った銃が、ティアに向けて弾丸を放つ。  大丈夫、ティアならばよけられる。仮に当たったとしても、その凶弾がティアを傷つけることはない。だって彼は、人間ではなく『神の子(フィロ・デ・ディオ)』なのだから。大丈夫。絶対に平気だ。だけどほんのわずかでも、驚異の的にはしたくない。怖い思いも痛い思いも、してほしくない。  コンマ数秒のあいだに、いったいどれだけの思考と感情が胸の裡を駆けめぐったことだろう。  ティアはいまのクリスにとって、ただひとりの家族だった。兄のようであり、弟のようでもあった。それと同時に親友であり、相棒であり、戦友でもあった。  クリスが生まれたときからともにいて、すべてを喪ったあとも寄り添いつづけてくれた。  クリスが生まれるまえの母のこともよく知っていて、おそらくは自分が死んだあとも子孫たちを見守ってくれる。そういう存在であることは間違いなかった。  過去の惨劇がくっきりとその胸に刻まれているからこそ、大切な者の生命が狙われるという事態にクリスの恐怖心が呼び起こされた。身体が硬直して、反応が半瞬遅れる。そのせいで、ティアの躰を突き飛ばそうと思ったときにはすでに、引き金が引かれていた。  ティアなら大丈夫。高次の生命体である彼が、たかが銃弾ごときにやられるはずはない。思いはするものの、激しく心が掻き乱される。  飛んできた銃弾が、ティアに迫った。ほぼ同時に、複数の銃声音が周辺で響き渡る。突然の事態に動揺がひろがりつつあった一般客の口から、それをきっかけに今度こそ鋭い悲鳴が発せられた。  立ち上がった人々は、我がちに別のフロアへと逃げ出そうとする。互いにぶつかり合い、それによってあちこちであらたな悲鳴や怒号が湧き起こった。  受付カウンターを中心とした一帯は、たちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。  なにがどうなったのか、クリスにもわからない。逃げ惑う悲鳴や泣き叫ぶ声。他者を恫喝し、罵声を浴びせかける常軌を逸した喚声。人々の走りまわる震動が、その激しさを物語るように足もとから伝わってきた。そしてそれらの騒擾(そうじょう)の中に、たびたび銃声音が入り混じった。  騒乱の中、眼前の躰がビクッと跳ね上がる。ティアが撃たれたのだ。だが、躰のどの部位に命中したのか、クリスのいる位置からは正確にわからなかった。おそらく鳩尾(みぞおち)か、胸のあたりか。  これまでにもティアは、幾度も銃撃の的にされたことがあった。賞金稼ぎという現在のクリスの商売がら、どうしても危険や荒事は避けられなかったせいである。それでも彼は、いつも余裕だった。銃弾を弾き返すか、実体を瞬時に透過させて素通りさせて難を逃れていた。あるいはわざと体内で受け止めて、その組成を貴金属や宝石類に造り替えて吐き出したりもした。  被弾すればそれなりに痛いから、あまり躰を張るようなことはしたくない。以前にそう言っていたが、結局は傷ひとつ負うことなくケロリとしていた。だが。 「あ………………」  ティアの口から、かすかな声が零れ落ちる。 「……ティア?」  今回彼は、正体不明の『声』の主からクリスを庇おうとしていた。そのさなかの狙撃で、すぐ背後にはクリスがいた。自分がよければクリスに当たる。咄嗟にそう判断したのだろう。弾き返す余裕もなかったのか、ティアはみずからの身を楯にして飛んできた弾をそのまま受け止めた。  ティアなら問題ない。これまでがそうだったのだから、そのはずだ。クリスはそう信じて疑わなかったが、その思いは呆気なく覆された。  弾を受けた躰がたちどころに浮遊状態を保てなくなり、大きく(かし)いで床に沈んでいく。咄嗟に支えようと腕を伸ばすが、その指先が不意に空を切った。躰に触れる寸前で、ティアは泡が弾けるようにパッと消え去った。 「ティアッ!?」  叫んだクリスは驚きのあまり茫然とした。  なにが起こったのか、理解できなかった。  周囲の騒乱は、よりいっそう激化して収拾がつかなくなっている。だがクリスだけは、静穏(せいおん)の中にいた。  ティアが消えた。それはいつもの意図的な目くらましなどでなく、完全な散逸だった。  男の放った銃弾が華奢な躰を的確に穿った。ティアは、その攻撃によって砕け散った。  文字通りパッと花火が散るような、そんな弾けかただった。  まさか、そんな……。  いまだかつて一度も、彼がそんな消えかたをしたことはなかった。否、倉庫街の一角で酔漢らと揉めたとき、不意に消え去ったのはつい半日前のことだった。諍いのさなかに眼前の男が突如現れ、あいだに割って入ってきたときのことだ。  あのときもティアは不自然な消えかたをして、あとになって、よくわからないなにかに弾き飛ばされたのだと言っていた。けれど、いまのは違う。弾き飛ばされたのでも、意図的に姿を消したのでもない。男の撃った弾は、どういう理由によるものか、ティアにとって致命的となるなにかをもたらしたのだ。  まさしく敵弾に(たお)れた、というのが正しかった。

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