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第4章 囚われの身 第1話(1)

 あたりに静寂が満ちている。  ひんやりとした空気はどこまでも清浄で、(おごそ)かな気配を漂わせていた。  少年はひとり、薄闇の中に身を(ひそ)ませる。  ここならきっと、ことができるはず。  掌に包んでいたものをそっと開いて、押し戴くように額に寄せた。  ――どうか、応えてもらえますように……。  思いをこめて、手の中にあるものに心を向けた。  どうすればいいのか、正確なところはなにもわからなかった。けれど、真剣に祈ることで、それに応えるものがあるのではないかと漠然と思った。  もし自分に力があるのなら、どうか応えてほしい。そうして繋がることで、より多くの救いへとひろがっていくはずなのだから。  役に立ちたい。奇跡を信じたい。  願いとともに、意識が次第に一点に集中していく。いつしか手のうちにあるものが、ほんのりと熱を帯びたような気がした。  ずっと握りしめていたせいなのか、それともまったく別の作用によるものなのか。  だが、感じるあたたかさとともに、額の中心になんともいえない違和感をおぼえはじめたような気がした。  強く願い、心の底から信じたならば、それはきっと奇跡に繋がる。だからどうか―― 「なにをしておられるのです?」  不意に、自分以外にだれもいないと思っていた空間で、下方から呼びかける声があった。少年はビクッと身を竦め、その瞬間に全身を包んでいた心地よい感覚が消失した。  手にしていたものを取り落としそうになり、あわてて摑みなおそうとした途端、体勢が崩れた。 「危ないっ」  鋭い声があがると同時に、少年の躰が足場を失って浮遊感に包まれる。そのまま、重力に引かれるように高所から地面めがけて落下していった。  心臓が握りつぶされるような恐怖が全身を満たす。驚きのあまり、声ひとつ出すことができなかった。  地面にぶつかったら痛いかな。ほんの一瞬、そんな思いが頭の中に浮かんだ。  思わずギュッと目を瞑り、全身を縮めて来たるべき衝撃に備えた。直後に、加速しつづけていた落下速度が急激にゼロになる。それによって、たしかに強い衝撃は訪れたが、覚悟したほどの痛みは伴わなかった。  可能なかぎり小さくまるめた躰は、いまもなお、手足を縮めて折りたたんだままになっていた。動から静にいきなり切り替わった瞬間の衝撃はそれなりだったが、地面に叩きつけられる事態にならなかったことはすぐにわかった。  高い場所から落ちたはずの自分の躰は、いまも宙に浮いている。躰を支えているなにかが、フウと緊張を解いた。  おそるおそる目を開けると、目の前に端整な男の顔があった。 「あ、ぼく……」 「お怪我はございませんか?」  間近から覗きこまれて、少年は戸惑い気味に頷いた。その目線が、男の向こう側に向けられる。聖堂の入り口上部に設けられた、巨大なパイプオルガンの演奏場所。聖堂内全体を見渡すことができるその場所は、空間の広さや天井の高さに見合い、かなりの高所に設けられていた。  あんなところから落ちたのだ、と実感するとともに、あらためて恐怖が躰の芯から湧き上がってきた。  ブルッと身震いする少年を、男がしっかりと抱えなおす。少年はそこではじめて、落下した自分を目の前の男が抱きとめてくれたのだということに気がついた。 「あ、あの……、あの、僕……」 「どこも痛めてはおられませんか?」  訊かれて、うんと頷く。男は途端に、それはよかったと穏やかに笑んだ。 「ご無事でなによりでした。殿下にもしものことがあっては一大事ですから」  言われて、少年はかぶりを振った。 「僕は平気。クラウスがちゃんと受け止めてくれたから。それよりクラウスこそ、怪我しなかった?」 「お優しいお心遣い、ありがとうございます、殿下。私は大事ございません。これでも軍人の端くれとして、日々鍛えておりますから」 「いくら鍛えてても、あんな高いところから落ちてきた人間を受け止めたりしたら、大怪我することだってあるでしょう? きっとすごく重かったよね。ごめんね。あの、僕もう大丈夫だから、降ろして」  抱きかかえられたままの状態でいることが次第に恥ずかしくなり、少年はわずかに頬を赤らめながら訴えた。その様子を見て、男は口許の笑みを深くした。

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