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第4章 囚われの身 第1話(3)

「ほんとに、すぐに戻るつもりだったんだよ? まさかこんなに早く母上に知られてしまうなんて、全然思ってなくて」  母に余計な心配をかけてしまったこと。思った以上の騒ぎになってしまったらしいこと。少年の表情に、不安や後悔、焦りといったいくつもの感情が覗いた。男はその様子を見て、かすかに苦笑を滲ませた。 「承知しました。では、いまの話は、私も聞かなかったことにいたしましょう」 「クラウス?」 「シャノン殿下は遠征中の陛下の御身が急に心配になられて、陛下の無事を祈るために礼拝堂に来られた。そういうことにしておけばよろしいでしょう」  思いがけない提案に、少年は目を瞠った。目の前の男の端整な容貌が、共犯めいた笑みを浮かべる。その表情をよくよく眺めた後、少年はパッと顔を輝かせて頷いた。 「うん、ありがとう! クラウス」  全幅の信頼を寄せる眼差しをまっすぐに向けられて、男は苦笑を深めた。それから、あらたまった態度で口を開いた。 「ところで殿下、殿下は陛下のご期待どおり、秘宝の力を引き出すことはできたのでしょうか?」  問われて、少年は途端にしゅんとなった。  掌をそっと開いて、もう一度その内にあるものをじっと見つめる。それから、小さく息をついた。 「ちょっとだけ、できそうな気がしたんだけど、でもやっぱりダメだった」  気のせいだったみたい、と呟いて、肩を落とした。 「それは、どんなふうにするものなんですか? それとも、そのやりかたも話してはいけませんか?」 「うううん、クラウスにならいい。でも、僕もはっきりしたことはよくわからないの」  言って、少年はたどたどしく説明した。 「父上がおっしゃるには、特別な力を持つ者のみがこの秘宝と繋がることができるから、その内側に秘められている世界に自分の意識を繋げて、そこにあるエネルギーをこちら側に引き出すようにすればいいって」 「――なんだか難しそうですね」 「うん。僕にも具体的にはどうすればいいのか、全然わからないんだ。でも、繋がることさえできたら、あとは導いてくれるものがあるはずだからって」  少年の言葉を、男はどこか険しさの滲む表情で聞いていた。なにか怒らせるようなことを言ってしまっただろうか。思わずそんなふうに不安をおぼえるような、はじめて見る厳しい顔つきだったが、様子を窺う少年と目が合うなり、男は険しさを消した。いまの表情は見間違いであったかと自分の目を疑うほど、あざやかな切り替えかただった。 「ひょっとすると、私のせいかもしれませんね」  唐突に言われて、少年は瞬きをした。 「え?」 「途中で私が殿下に声をおかけして邪魔をしてしまったから、それで集中を途切れさせてしまったのかもしれません」  そうなのだろうか。  よくわからないまま、少年は首をかしげた。だが、言われてみればそんな気もする。たしかに途中までは、なにかの手応えを感じていたような気がした。  意識を集中させていく中で、どの段階からか、自分の意思とは無関係にどこかに引きこまれていくような、そんな感覚を味わっていたことはたしかだった。  秘宝が真摯(しんし)な呼びかけに反応してくれているような、そんな気がしていた。 「もう一度、試してみてはいかがでしょう?」  突然言われて、少年はふたたび「え?」と相手を見返した。 「殿下の感じられた手応えが、気のせいではなく本当に実現可能だったかどうか、もう一度確認してみるのです」 「え、でも、母上が心配しておられるなら、もう戻らないと……」 「ほんの少しだけなら大丈夫ですよ。殿下をお捜ししていたのは、私だけですから」 「そうなの?」 「はい。ちょうど私が城内の見回りをしている途中で、妃殿下からご相談を受けましたので」  思っていたほどの騒ぎにはなっていなかったことに、少年はホッと胸を撫で下ろした。

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