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第4章 囚われの身 第2話(1)

 目覚めた直後、自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。  視界に映る室内の光景をしばしぼんやりと眺めやって、徐々に記憶とあやふやな認識の乖離が現実に引き戻されていく。  ――ああ、そうか。  ひどく他人事のような気持ちでクリスは思った。自分は敵に捕らわれていたのだった、と。  空港の騒ぎから早二週間。刺し違える覚悟で男に挑んだはずが、気づけばアウジリアスの虜囚となっていた。  クリスが目覚めたときにはすでに、アウジリアスは惑星ガルーダを出航したあとで、その身柄はクラウス・ヴェルデの監視下に置かれていた。  亡国の元皇太子。  アウレリア皇国が滅んですでに五年。かつての地位をとうの昔に捨て去り、賞金稼ぎとして身を立てている自分に、いまさらなんの価値があるというのだろう。連中の意図が、まるでわからなかった。  ベッドの上にぼんやり座りこんでいると、軽やかな電子音が室内に響く。ロックの解除と同時に、この部屋唯一の出入り口が開いた。 「おはようございます。朝食をお持ちしました」  トレイを片手に姿を見せたのは、クラウス・ヴェルデだった。  こうして見ると、あのころより骨格もできあがり、顔つきにも年齢を重ねた落ち着きと、野性味を帯びた精悍さが増している。  無意識のうちに、たったいま夢の中で見た顔と比較していたことに気づき、クリスはあわてて視線を逸らした。 「どうかされましたか?」  何気ない口調ながら、微妙な動揺をあっさり見透かされた気がしてクリスは両手を握りしめた。夢の感覚が抜けきらないからこそ、余計に悔しさが募る。あのころの自分は、純粋に眼前の男に憧れ、心から信頼を寄せていたのだ。そしてほのかなまでも……。  顔を背けたまま、問いかけに応えようとしないクリスを気にするそぶりもなく、男はベッドサイドのテーブルに持参したトレイを置いた。 「代わり映えのしないメニューで恐縮ですが、どうぞお召し上がりを。トレイは頃合いを見て、また下げに来ますので」  事務的な口調で言い置いて立ち去ろうとする。クリスは堪らず、その背中に声をかけた。 「目的はなんだ?」  クリスの問いかけに、男は振り返った。 「私をどこへ連れて行こうとしている。昔はともかく、いまの私はただの賞金稼ぎだ。おまえたちがどう思おうと、利用価値などあるはずもない。そんな私をこんなふうに捕らえたところで、利するものがあるとは思えない」  きっぱりと言いきったクリスを、男は(しず)かな眼差しで見やった。もう、何度繰り返したかわからないやりとり。なにをどう尋ねても、男は答えをはぐらかし、けっしてクリスに真実を明かそうとはしなかった。  わかっていても、問い(ただ)さずにはいられない。たとえわずかでもかまわないから、答えに繋がる手がかりがほしかった。  狭い船室をあてがわれ、あらゆる情報を遮断されて閉じこめられる日々に精神が摩耗していく。囚われる直前に、大切な相棒の生命が眼前の男によって奪われていたから余計だった。  自分にはなんの利用価値もない。五年もまえに滅んだ国の生き残りだからなんだというのだろう。もうこれ以上、欲望にまみれた他者の道具にされるのはまっぴらだった。  こんな世界で生きつづけることに、いったいなんの意味があるというのか――  クリスは重苦しい吐息をひそかに漏らした。  自分を取り巻く世界は、あまりに無情で息苦しすぎる。  復讐の念だけを支えに今日まで生きてきた。だが、ティアを喪ったことで、張りつめていたものが一気に崩れ落ちてしまった。  その消失が信じられず、囚われてからもずっと、幾度となく呼びかけてきた。これまで必ず自分の呼びかけに応じてきた相手が、その呼びかけにまるで応えてくれない。それどころか、気配すらも感じられなかった。  時間が経つほどに孤独は深まり、希望は失望へと塗り替えられていく。クリスは悟らざるを得なかった。大切な相棒は、もはやこの世には存在しないのだ、と。  あの消失をもって、彼の生は終わったのだ。  自分に関わらせなければ、ティアが生命を落とすことはなかっただろう。  いまさら悔やんでも悔やみきれない。人間より遙かに長命で、特別な力を備えた高次の生命体――  もっと早くに自分との関わりを絶ちきって解放していたなら、彼はこの先も自由に生きつづけることができたに違いない。  もともとフィロデディオは、ローゼン家の血筋の者たちが仲介役としてあいだに立つまで、人と関わることには消極的だったという。一般の人間に、その存在を感知することが難しいという理由もさることながら、宇宙工学を中心とする科学技術の発達に伴い、より広範な宙域へと活動の場をひろげ、我が物顔で拠点を造り上げていく人類を快く思わなかったからである。  あるがままを受け容れ、その地に根付くようにエスペリアという星と共生してきたフィロデディオ。  自由と自然を愛する特性を持つ種属の一員であったティアを、クリスは自分の傍に縛りつけ、さらにはその生命までをも奪い取ってしまった。ただ、ローゼン家に連なる血筋であるという、それだけの理由で。  その罪は、償いきれぬほどに深く重い。そのことを思っただけで、胸が張り裂けそうだった。  アウレリア皇国はすでに存在しない。父も母も非業(ひごう)の死を遂げた。自分には、継ぐべき地位も守るべき国もない。庇護を欲する民すらいない。  いまさら復讐を遂げて、いったいなんになるというのか。こんなふうに敵中に囚われてふたたび惨めな思いをするくらいなら、いっそ無意味な人生など、この場で終わらせてしまえばいいのだ。

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