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第5章 襲撃 第1話(1)

「右右、左! もっと重心を落として。相手の動きを見る! わきが甘い。そこで一気に間合いを詰める――遅いっ!」  室内に、厳しさの滲む張りのある声が響いた。同時に、それを混ぜ返すような品のない野次(やじ)が複数あがる。 「いーぞぉ、リヴァイン! その調子だ。もっといけ!」 「遠慮するこたぁねえ! 寝技だ寝技っ。そのままとっ捕まえて、押さえこんじまえっ!」 「いつまでも手こずったふりしてんじゃねえぞ。さっさと押し倒して型に嵌めちまえ!」  騒ぎ立てる外野の声に顔を(ひそ)めるまもなく、クリスは対峙した相手の攻撃を(かわ)し、こちらからも隙を見て仕掛けた。  伸びてきた腕に捕らえられるふりで襟首を摑ませ、直後に床を強く蹴る。 「うわ…っ」  身軽く宙に舞ったクリスは、中空でみずからの躰に捻りを加えながら相手との立ち位置を入れ替えた。そのまま後背にまわったところで、首に腕をまわしてがっちりと締め上げた。 「ぐえっ」  上背のある男は、クリスが床に着地するタイミングで後方に引き倒され、派手に尻餅をついた。その躰を素早く両足で挟みこみ、首にかけたロックをさらにしっかりと固定する。 「なにやってんだ、リヴァイン! 情けねぇぞ! てめえが押さえこまれてどうするっ」 「早く抜け出してやり返せ! 相手はおまえの体重の半分しかねえんだぞっ!」  飛び交う野次は、さらに熱を帯びたものとなり、賑やかさを増した。  絶対にはずさせるものかと、クリスは全力でかけた技を固める。その腕を、顔を真っ赤に変色させたリヴァインが無言で何度もタップした。降参の合図だった。 「そこまで!」  終了が告げられると同時に、クリスは相手を解放する。途端に組み合っていた巨漢は脱力して床に転がり、喉を押さえながらゲハゲハと派手に咳きこんだ。  周囲にいた男たちのあいだから、敗北を喫した仲間に対するからかいまじりのブーイングが飛んでくる。クリスは肩で息をしながら顎先から(したた)り落ちる汗を腕で拭い、ゆっくりと立ち上がった。  アウジリアス乗組員専用のトレーニングルームを利用するようになって早一か月。  最初のうち、クリスが使用するあいだは人払いがされ、貸し切り状態でひろびろとした一室を開放されていた。だが、さまざまな器具が完備されているとはいえ、たったひとりでそれらを使いつづけるのにも限度がある。こんなことに、いったいなんの意味があるのかと思いはじめたタイミングで、その様子を黙って見守っていたクラウスがスパーリングの相手を申し出、クリスを指導するようになった。そして今度は、そんなふたりの様子を他の船員たちがこっそり覗きにくるようになった。狭い廊下には、いつしかガタイのいい男たちが鈴なりになるといった事態を招くにいたって、クリスの特別待遇は終了になったという次第である。  いまでは、トレーニングルームは従前どおり二十四時間船員たちに開放され、クリスも決められた時間内とはいえ、船員たちとおなじ条件で利用している。それでよかったのだと思う。囚われていること自体が本意ではないとはいえ、他人の船の設備を使用するのに、本来の乗組員たちがその間の利用を差し止められるという状況は受け容れがたいものがあった。それに加えて、自分だけがコソコソと覗き見られるというのも愉快ではない。身体を動かすことで気力、体力が回復したのはたしかだが、このままこの状況がつづくのは正直気が重かった。  そんなふうに思っていた矢先の方針転換ということもあり、ホッとしたのも束の間。いつのまにか、ちゃっかり船員たちもスパーリングに参加するようになっていた。クラウスが異を唱えることなく指導役にまわっているのだから、すでに暗黙の了解なのだろう。 「お疲れさまでした」  リングサイドでセコンド兼トレーナーとして檄を飛ばしていたクラウスが、タオルを差し出しながら声をかけてくる。こちらに向けられていた青灰色の瞳が後方に流れたので、タオルを受け取りながら振り返ると、スパーリングの相手であるリヴァインが近づいてきたところだった。 「いや、殿下、お見事でした。完敗です」  筋骨隆々とした大男に頭を下げられて、クリスもまた無言で小さく頷いた。相手の言葉に賛同したわけでなく、軽く挨拶を返した程度の反応だった。 『殿下』――いったい、いまさらどういうつもりだと思いはするものの、船員たちはクリスに対してそう呼びかけてくる。自分はもう、そんな立場ではないと否定しても、彼らの対応は変わらなかった。 「悪い癖が出たな、リヴァイン」  傍らから声をかけられて、小山のような巨漢は首を竦めた。そしてすぐに、愛想笑いを浮かべた。 「いや、そんな、副長……」  機嫌を伺うような態度で、リヴァインはクラウスを見やった。 「相手を見た目で判断するなと、つねづね言っているだろう。最後の最後で油断するから、あんなふうに無様に投げ飛ばされるんだ」  容赦のない指摘に、無骨な大男は借りてきた猫のように(かしこ)まった。

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