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第5章 襲撃 第1話(2)
「面目次第もないです。けど副長、ここ最近、殿下が急激に力をつけてこられたのはたしかですよ」
弁解がわりの讃辞にすぎないことが明白だったためクリスは聞き流したが、アウジリアスのナンバーツーは、思いがけずその言葉に頷いた。
「それは認める」
一瞬、え?と思ったのも束の間、
「ただし、その一方でおまえがまるで進歩していないことのほうが、この場合は問題なんじゃないか?」
さらにたたみかけられて、リヴァインはグッと詰まった。途端に、周辺に集まっていた男たちがどっと笑い転げた。
「まったくだ。殿下の上達ぶりと、てめえの停滞ぶりを一緒くたにしちゃいけねぇや」
「おなじようにとまではいかなくとも、せめておまえも多少なりと進化したとこ見せてくれねぇとよ。このままだとアウジリアスの名折れだぜ」
「ぬかせっ! おまえらが人のこと言えた義理かっ!」
大人気ない言葉の応酬がはじまったところで、彼らを束ねる立場にある男がパンッと手を打ち鳴らした。
「その辺にしておけ、おまえら。さっきから聞いてると品がないにもほどがあるぞ。組織の品位を損ねるような発言は、極力控えるように」
注意を受けて、男たちはバツが悪そうに態度をあらためた。品位が聞いて呆れると、クリスは内心で鼻を鳴らす。だが、自分には関係のないことである。時間を確認すれば、すでに充分すぎる時間をトレーニングルームで過ごしていた。
今日はこのあたりが頃合いか。自分なりにそう判断して引き上げるそぶりを見せたところで、クリスにも遠慮のない声が飛んできた。
「油断が見えたのは、あなたもおなじです」
咄嗟に顧みると、青灰色の瞳がまっすぐにこちらをとらえていた。
「手を抜いたつもりはないかもしれません。ですが、リヴァインの背後をとって首に手をかける瞬間、勝敗が決したという確信と油断が看て取れた。相手次第では、その一瞬で簡単に形勢を覆せる。実戦では、半瞬にも満たない気のゆるみが命取りとなることを念頭に置かれるべきでしょう」
一瞬カチンときたが、指摘自体は間違っていない。あの瞬間、クリスの胸にはたしかに勝ったという思いがよぎっていた。相手がクラウスであったなら、クリスの慢心はその場で見切られていたに違いない。だとすれば、直後に組み伏せられていたのは間違いなく自分だったはずだ。
クリスはむっつりとした表情で、それでも頷いた。
「わかった。以後気をつける」
場数の違い、経験値の差、生きてきた年数や生まれ育った境遇、生まれもった個人の資質の違いであったとしても、自分はやはり、まだまだこの男には遠く及ばない。それがひどく、悔しかった。
もっと鍛練を積んで、わずかずつでもいいから能力不足を補いたい。クリスはあらためて強く思った。
この先、たった独りでも闘い抜いていけるように――
「殿下、お戻りですか?」
リングをあとにしようとしたクリスの背後から、リヴァインが声をかけてくる。そしてそのまま、付き従うようについてきた。
「お部屋までお送りします」
女子供ではないのだから、あてがわれている部屋とトレーニングルームのあいだを往き来する程度でいちいち送迎など必要ない。思いはするものの、クリスにそれを拒む権利は当然なかった。
囚われている立場で、船内を気儘に動きまわることが許されるはずもないのだ。こんなふうにトレーニングルームを利用できるだけでも、扱いとしては破格すぎるほどだろう。
無言で部屋に向かうクリスのあとを、リヴァインは静かについてくる。他の船員にしてもそうだが、必ず一歩下がって、決して横に並ぶことはない。いまさら『殿下』と呼んだり、控えめな態度で接してきたり、その意図がクリスにはまるでわからなかった。最初は随分と苛立ちをおぼえたものだが、理由を訊ねて納得できるとも思えず、最近ではどこか、諦めにも似た境地になっていた。
「あの、殿下」
しばし無言で歩いた後に、めずらしくリヴァインのほうから遠慮がちに声をかけてきた。
「さっき、副長はあんな物言いでしたけど、あれで随分、殿下のことは高く評価してるんですよ」
だからなんだというのだろう。
相手の言いたいことがわからず、クリスは眉を顰 めて振り返った。ちょうど、部屋のまえまで到着したところだった。
「副長は自分に対して厳しい人ですが、他者に対しては寛容で懐が大きい。だけどそんな副長でも、日頃の訓練時だけはベテラン、新米を問わず、配下に対してまるっきり容赦がないんです。ほんのわずかですら加減してくれることもない。そうでないと、いざ実戦に出たときに簡単に生命を落とすことになるからです」
無言で見上げるクリスを、小山のような大男は穏やかな眼差しで見下ろした。
「副長はあなたの指導にも、いっさいの手心を加えていない。あなたにも、自分の経験を通じてこれまで得てきたものを、そのまま授けようとしてます。ですから殿下、存分に我々を利用して、さらなる高みを目指してください」
リヴァインの言葉には、裏があるようには思えなかった。
真摯で、自分に対する思いやりと気遣い、誠実さが溢れているように感じられる。
そんなはずはない。
否定する思いと、真実を見極めようとする心とが胸の裡で鬩 ぎ合う。
返す言葉が見つからないまま、クリスは相手を見返すことしかできなかった。
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