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■2-1 アルヴィン編:王冠騎士は、断罪の剣を止められない
翌日の夜。
共用タブレットに、姉からメッセージが入っていた。
【姉:今夜アルヴィン様】
【姉:王冠騎士】
【姉:無敗】
【姉:白金礼装】
【姉:顔が強い】
【姉:限定スチルよろしく】
俺はリビングのソファに座り、タブレットを開いた。
画面には、金色の王冠アイコンが表示されている。
【期間限定イベント】
王冠パレードと断罪の剣
対象プリンス:アルヴィン・ヴァイスクラウン
アルヴィン・ヴァイスクラウン。
第一王冠騎士団長。
白金の騎士礼装。
肩には王冠の意匠。
長いマント。
腰には、細身の魔導サーベル《王冠剣クラウンレイ》。
立っているだけで、画面が眩しい。
昨日のノアとは、何もかも違う。
下町の古い街灯。
白い巡回兵の制服。
工具箱。
パン屋裏の石畳。
そういうものとは別世界みたいに、画面の中のアルヴィンは華やかだった。
これが、SSRプリンスとCプリンスの差。
プレイヤーがSSR目当てで夢中になるのは頷ける。
ホームボイスが流れる。
『姫。王冠騎士の勝利だけを見ていろ』
偉そうだった。
でも、たぶん姉はそこが好きなんだろう。
次のボイス。
『私に乱れはない。王冠を背負う者に、隙など許されない』
「疲れそうだな」
思わず呟いた。
誰に言うでもない。
画面の中のアルヴィンは、こちらの呟きなど当然知らない。
ただ、完璧な角度で王冠剣を構えている。
俺はイベント開始を押した。
****
蒸都アルカディア中央区。
白い石畳の大通り。
左右には観衆。
空には魔導列車が走り、金色の紙吹雪が舞っている。
遠くの時計塔には、巨大な王冠旗が掲げられていた。
王冠騎士団のパレード。
画面越しでも、音が強い。
ファンファーレ。
歓声。
魔導馬車の車輪。
騎士たちの足並み。
その中央で、アルヴィン・ヴァイスクラウンが現れた。
白金の礼装が、画面の光を全部集めているみたいだった。
王冠剣クラウンレイを掲げると、剣先から金色の光が散る。
光は花びらみたいに大通りへ舞い、観衆の頭上で小さな王冠の形になって弾けた。
『アルヴィン様!』
『王冠騎士団長!』
『今年も完璧だ!』
観衆が沸く。
アルヴィンは一歩も乱れない。
歩幅も。
剣を掲げる角度も。
観衆へ向ける笑みも。
全部、決められた絵みたいに完璧だった。
「すごいな」
素直にそう思った。
白金礼装。
王冠剣。
王冠光魔法。
画面の中のアルヴィンは、確かに最高レアという感じがする。
パレードが大通りの中央へ差しかかった時、観衆の中で影が動いた。
黒い外套。
王冠旗を持つふりをした男が、列の隙間から前へ出る。
画面上に警告表示が走った。
【侵入者を確認】
普通なら、そこでパレードが乱れる。
悲鳴が上がる。
騎士団が動く。
けれど、アルヴィンは眉一つ動かさなかった。
王冠剣を、ほんの少し横へ払う。
金色の光が細い輪になり、侵入者の足元を囲んだ。
次の瞬間、侵入者はその場に縫い止められたみたいに動けなくなる。
剣を抜く暇すらなかった。
騎士たちが一斉に駆け寄り、侵入者を拘束する。
アルヴィンは歩みを止めない。
隊列も崩れない。
音楽も止まらない。
まるで、最初からそこまで演目に含まれていたみたいだった。
観衆が、一拍遅れて爆発するように沸いた。
『さすが王冠騎士!』
『完璧だ!』
『アルヴィン様!』
アルヴィンは軽く剣を掲げた。
画面の中で、こちらを振り向く。
イベント台詞が表示される。
『見たか、姫。王冠騎士の完璧なパレードを』
画面に選択肢が出た。
【さすがです、アルヴィン様】
【華麗でした】
【まぁ、すごいけど……】
褒めるところなのは分かる。
たぶん、普通なら上二つだ。
実際、すごかった。
華麗だった。
完璧だった。
でも、引っかかった。
勝ったのに、アルヴィンは少しも安心していない。
拍手を浴びても、表情は崩れない。
笑ってはいる。
でも、その目は次のミスを探すように、観衆、騎士団、花車、王冠旗、魔導馬車を順番に見ている。
勝った後なのに。
まだ、失敗を探している。
俺は三番を押した。
【まぁ、すごいけど……】
画面の中のアルヴィンの目が、わずかに細くなる。
『含みのある言い方だな』
声は優雅だった。
でも、少しだけ硬い。
『何が不満だ。侵入者は一歩も進めず、民は騒がず、隊列は乱れず、剣の光は一筋も外れていない』
その通りだった。
完璧だった。
侵入者は防いだ。
観衆は熱狂している。
パレードは予定通り進んでいる。
でも。
「……疲れそうだな」
さっきと同じ言葉が、もう一度出た。
その瞬間、画面の王冠光が強く瞬いた。
金色の紙吹雪が、タブレットの外へこぼれる。
リビングの照明が白く滲む。
画面の奥で鳴っていたファンファーレが、急に耳元へ近づいた。
紙吹雪が一枚、俺の頬をかすめる。
次の瞬間、俺は白い石畳の大通りに立っていた。
****
歓声が、近い。
紙吹雪が、目の前で舞っている。
魔導馬車の車輪が石畳を叩き、王冠旗が高く揺れていた。
どうやらゲームの中。
「姫……ではないな」
低い声がした。
振り向くと、アルヴィンがこちらを見ていた。
画面越しより、さらに圧がある。
白金礼装。
王冠意匠の肩章。
腰の王冠剣。
近くで見ると、顔が強いという姉の雑な説明も、まあ分からなくはなかった。
「男だな」
「見れば分かる」
「なら聞くなよ」
「だが、契約に応じてここへ来た者であることは分かる」
アルヴィンは、俺を上から下まで見た。
「名は」
「晴人」
「晴人」
アルヴィンは名前を一度だけ繰り返した。
「姫の代理か」
「そんな感じ」
「軽いな」
「こっちも詳しく説明できる状況じゃないだろ」
大通りの向こうでは、まだパレードが続いている。
観衆はアルヴィンを見ている。
騎士団も、隊列を崩さず進んでいる。
アルヴィンは一瞬だけ俺を見た後、何事もなかったように前を向いた。
「ならば私の後ろに下がれ」
「何で」
「ここは王冠騎士団の護衛路だ。余計な動きは危険を生む」
「さっきの侵入者は止めただろ」
「一人だけならな」
アルヴィンの目が、わずかに観衆の方へ動く。
やっぱり、見ている。
歓声じゃない。
顔でもない。
綻びを探している。
「そんなに神経を張ってたら疲れるんじゃないか?」
俺が言うと、アルヴィンの横顔がぴくりと動いた。
「何?」
「ずっと完璧でいるの、疲れそうだって言った」
アルヴィンは鼻で笑った。
「疲労など問題ではない」
「あるだろ」
「ない。完璧であることが、守る者の責務だ」
その声は、揺れなかった。
言い慣れている言葉だった。
たぶん、何度も自分に言ってきた言葉だ。
「完璧じゃないと守れないのか」
「当然だ」
アルヴィンは前を見たまま答える。
「一瞬の迷いが、人を傷つける。一本の剣筋の乱れが、民を危険に晒す。王冠騎士が完璧でなくて、誰が民を守る」
「一人で全部か?」
「第一王冠騎士団長とは、そういうものだ」
「面倒な役だな」
「無礼な男だ」
「よく言われる」
「だろうな」
その時、前方の花車が曲がり角に差しかかった。
王冠の形をした巨大な花飾り。
金色のリボン。
白い花。
魔導灯で作られた光の蔦。
観衆が歓声を上げ、子どもたちが手を振る。
その花車の上部で、飾り紐が一本外れた。
小さな音だった。
たぶん、観衆は気づかない。
飾り紐はふわりと揺れ、沿道側へ垂れ下がる。
その先には、小さな子どもがいた。
王冠騎士団を近くで見ようとして、柵から少し身を乗り出している。
近くの若い騎士が、それに気づいた。
まだ危険は小さい。
飾り紐が絡まる前に、騎士が一歩出て直せば済む。
若い騎士が隊列から半歩動いた。
その瞬間、アルヴィンの声が飛んだ。
「動くな。隊列を崩すな」
若い騎士が固まる。
アルヴィンは王冠剣を抜いた。
一歩も乱れず。
表情も変えず。
剣先から金色の光を伸ばし、垂れ下がった飾り紐だけを絡め取る。
光の輪が紐を持ち上げ、花車の支柱へ戻した。
子どもは何も知らずに旗を振っている。
観衆は、その華麗な剣さばきにまた歓声を上げた。
『すごい!』
『今の見たか?』
『さすがアルヴィン様!』
完璧だった。
確かに、完璧だった。
でも、若い騎士は俯いている。
助けようとして、止められた。
アルヴィンは花車を見ていたが、その横目が一瞬だけ若い騎士へ向いた。
責めるような目だった。
いや、違う。
責めているというより、怖がっている。
不完全な動きが、何かを壊すことを。
「今の、任せてもよかっただろ」
俺が言うと、アルヴィンはゆっくりこちらを見た。
「何を言う」
「あの若い騎士。直そうとしてた」
「不確定な動きは危険だ」
「でも、あいつは守ろうとした」
アルヴィンの目が、わずかに細くなる。
「守ろうとした結果、隊列が乱れればどうなる」
「そこは周りがフォローすればいいだろ」
「簡単に言うな」
「簡単じゃなくても、そういうものじゃないのか」
「違う」
アルヴィンの声が低くなった。
「王冠騎士団に乱れは許されない。民は完璧な騎士を見て安心する。迷いなく、崩れず、敗れず、すべてを制する姿を見て、王冠を信じる」
「でも、目的は完璧な絵を作ることじゃないだろ」
「何?」
「綺麗に勝つことより、守ることが大事だろ」
その言葉を聞いた瞬間、アルヴィンが止まった。
本当に、一瞬だけ。
周囲の歓声が遠くなったような顔をした。
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