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■2-2 アルヴィン編:王冠騎士は、断罪の剣を止められない
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アルヴィンの脳裏に、何かがよぎったのが分かった。
表情が変わったからだ。
ほんの少し。
完璧な騎士の顔が、白金の仮面みたいに固くなる。
「……昔」
アルヴィンが低く言った。
「一度だけ、判断を委ねたことがある」
パレードの音は続いている。
でも、アルヴィンの声だけが妙にはっきり聞こえた。
「部下が、自分の判断で隊列を変えた。私は一瞬、止めるべきか迷った。結果、護衛線に穴が開いた」
アルヴィンの指が、王冠剣の柄を握り込む。
「市民が傷ついた」
それ以上は言わなかった。
言わなくても分かる。
王冠騎士が完璧でなかったからだ。
誰かにそう言われたのだろう。
あるいは、アルヴィン自身が自分に言い続けたのかもしれない。
「それから私は決めた」
アルヴィンは前を見た。
「迷いは罪だ。不確定は切る。隊列の乱れは許さない。私が完璧であれば、誰も傷つかない」
「でも、さっきの若い騎士は守ろうとしてた」
「守ろうとして失敗すれば、責任は誰が取る」
「一緒に取ればいいだろ」
アルヴィンが俺を見る。
「軽い言葉だ」
「そうかもな」
俺は肩をすくめた。
「でも、一人で全部背負って苦しそうな顔してる奴よりは、ましだろ」
アルヴィンは返事をしなかった。
****
その時だった。
大通りの反対側から、悲鳴が上がった。
今度は、演出ではない。
花車の影。
観衆の密集した端。
さっき拘束された侵入者とは別の黒外套が、数人、一斉に動いた。
本隊。
狙いは王冠でも、王族でもない。
観衆の混乱だった。
黒外套の一人が煙玉を投げる。
白い煙が大通りに広がり、子どもが泣き出した。
別の侵入者が花車の車輪へ魔導具を投げる。
花車が大きく傾く。
さらに、王族席の後方へ回り込む影がある。
一つずつなら、アルヴィンは止められる。
正面の敵も。
傾く花車も。
王族席の背後も。
民衆の混乱も。
でも、同時には無理だ。
アルヴィンの王冠剣が金色に光る。
彼は一歩前へ出た。
全部を一人で処理しようとしている。
その横顔を見て、俺はさっきの言葉をもう一度投げた。
「アルヴィン」
「黙って下がれ」
「綺麗に勝つことより、守ることが大事だろ」
アルヴィンの足が止まった。
止まったのは、一秒にも満たない。
でも、その一秒で、アルヴィンは変わった。
王冠剣を掲げる。
今度は、剣を振るうためじゃない。
命令を飛ばすために。
「第一隊、東側の民衆を誘導!」
若い騎士が顔を上げる。
「はい!」
「第二隊、花車の支柱を押さえろ! 魔導具の処理は任せる!」
「了解!」
「第三隊、王族席後方へ回れ。敵を追うな、退路を塞げ!」
騎士たちが動く。
隊列は乱れた。
完璧な一枚絵ではなくなった。
けれど、誰も迷っていなかった。
アルヴィンが俺を見た。
「晴人」
「何」
「民衆の誘導を手伝え」
「俺もか?」
「当たり前だろう」
「さっきまで下がれって言ってたのに」
「状況が変わった」
「便利だな、王冠騎士」
「口を動かす前に足を動かせ」
「はいはい」
俺は煙の方へ走った。
観衆が押し合っている。
小さな子どもが泣いていて、母親が人波に押されて動けない。
「こっち!」
俺は近くの柵を開いた。
「そこの人、子ども先! 押すな! 走るな!」
自分でも雑な誘導だと思った。
でも、何も言わないよりはましだ。
若い騎士が隣へ来る。
さっき、アルヴィンに止められた騎士だった。
「こちらへ! 足元に気をつけてください!」
声が震えている。
けれど、ちゃんと出ている。
俺は言った。
「今度は止まるなよ」
若い騎士が一瞬俺を見る。
それから、強く頷いた。
「はい!」
その声に、周囲の人が動く。
煙の中で、王冠光が走った。
アルヴィンの剣だ。
正面の侵入者が、金色の光に縛られる。
花車の傾きは、第二隊が支えている。
王族席の後方では、第三隊が黒外套の退路を塞いだ。
誰か一人が完璧だったわけじゃない。
あちこちで声が飛び、足音が乱れ、予定された美しい隊列は崩れている。
でも、誰も傷ついていない。
花車の飾りが少し落ちた。
紙吹雪が煙で湿った。
王冠騎士団の行進は、予定表どおりではなくなった。
それでも、観衆が叫んだ。
『王冠騎士団が守ってくれた!』
『アルヴィン様!』
『騎士たちが全員で守ったぞ!』
歓声が戻ってくる。
今度の歓声は、さっきより少し違った。
完璧な演目に向けた歓声ではない。
守られた人間の、ほっとした声だった。
最後の侵入者が、アルヴィンの前へ飛び出す。
黒い短剣。
煙の残り。
アルヴィンは真正面から見据えた。
王冠剣が金色に輝く。
一閃。
侵入者の短剣は宙を舞い、王冠光の輪に絡め取られた。
アルヴィンは、相手を斬らなかった。
剣の光で動きを封じ、そのまま地面へ膝をつかせる。
「拘束しろ」
騎士たちが駆け寄る。
若い騎士も、その中にいた。
今度は、アルヴィンは止めなかった。
****
騒ぎが収まると、大通りには大きな拍手が起きた。
王冠旗は揺れている。
花車は少し傾いたままだが、支えられている。
子どもは母親に抱かれて泣いていたが、怪我はなさそうだった。
若い騎士が、アルヴィンの前に立つ。
「団長、申し訳ありません。先ほどは、勝手に動こうとして」
アルヴィンはしばらく黙っていた。
いつもの完璧な顔で、若い騎士を見る。
若い騎士の肩が強張る。
また叱られると思ったのだろう。
だが、アルヴィンは言った。
「先ほどの判断は、民を見ていたからこそのものだった」
若い騎士が目を見開く。
「ただし、次からは声を出せ。黙って動けば隊列は乱れる。だが、目的を告げれば周囲が支えられる」
「……はい!」
若い騎士の声が、今度ははっきり響いた。
アルヴィンは頷いた。
その横顔は、まだ硬い。
簡単に変わるようなものではないのだろう。
それでも、さっきより息がしやすそうに見えた。
アルヴィンがこちらを見る。
「晴人」
「何」
「どうして分かった」
「何が」
「私が、完璧であることに囚われていたと」
そんな大げさなことを聞かれると思っていなかった。
俺は少し考える。
「お前を見てれば分かるさ」
アルヴィンが黙った。
「勝った後なのに、全然安心してなかった。拍手されても、次のミス探してた。完璧なのに、苦しそうだった」
「……苦しそう」
「そう見えた」
「王冠騎士に、そのような顔は似合わない」
「してたぞ」
「無礼な男だ」
「よく言われる」
アルヴィンは視線を逸らした。
少しだけ、耳が赤い。
本当に少しだけだ。
でも、白金礼装の完璧な騎士には、妙に目立った。
「だが」
アルヴィンは王冠剣を鞘へ納める。
「隣に立つことは、許してやる」
「何で上からなんだよ」
「私が王冠騎士だからだ」
「関係あるか?」
「ある」
アルヴィンは少しだけ笑った。
さっきまでの作られた笑みとは違う。
ほんのわずかに、力が抜けた顔だった。
「晴人」
「何」
「今日の勝利は、私だけのものではない」
大通りに、王冠光がふわりと広がる。
観衆の声が遠のく。
紙吹雪の動きがゆっくりになる。
アルヴィンの白金礼装が、淡い光に包まれた。
空中に表示が浮かぶ。
【王冠パレード:成功】
【民衆被害:なし】
【王冠騎士団連携評価:更新】
街の音が、さらに遠くなる。
白金の光が、俺とアルヴィンの周りを丸く囲んだ。
空中に、新しい表示が浮かぶ。
【ナイトステイが発生しました】
対象プリンス:アルヴィン・ヴァイスクラウン
帰還条件:対象プリンスとのキス
※条件達成後、現実世界への帰還選択が可能になります
「来たか」
思わず声が出た。
アルヴィンが眉を上げる。
「君が戻るための条件が開いた、ということか」
「たぶん」
「ならば、果たせばよい」
「軽く言うな」
「王冠騎士は、必要な契約をためらわない」
「その理屈で押し切るな」
俺が言うと、アルヴィンは少しだけ口元を緩めた。
「怖じ気づいたか」
「そういう煽り方するな」
「では、嫌か」
真正面から聞かれて、返事に詰まった。
アルヴィンは近い。
白金礼装の金具が、街の光を拾っている。
さっきまで観衆の前で完璧な王冠騎士だった男が、今は少しだけ肩の力を抜いて、俺だけを見ている。
「嫌なら言う」
俺が先に言うと、アルヴィンの目がわずかに揺れた。
「君が?」
「お前が」
「私が嫌がると思うのか」
「思うとかじゃなくて、確認だろ」
アルヴィンは黙った。
それから、ゆっくり息を吐いた。
「……君は、妙なところで律儀だな」
「悪いか」
「いや」
アルヴィンは王冠剣を剣掛けのように現れた光の台座へ置いた。
手袋を片方ずつ外す。
白金の騎士礼装が、少しだけ緩む。
完璧な王冠騎士の形が、ほんの少しだけ崩れる。
「嫌ではない」
低い声だった。
「むしろ、今日の契約を閉じる相手が君であることに、不満はない」
「言い方が偉そう」
「事実を述べただけだ」
「はいはい」
「晴人」
名前を呼ばれた。
さっきより、少しだけ音が違う。
観衆の前で確認するための名前ではない。
俺一人へ向けた声だった。
アルヴィンは一歩近づいた。
「私は、完璧でなければ隣に立つ資格がないと思っていた」
「重いな」
「茶化すな」
「悪い」
アルヴィンは一瞬だけ目を伏せた。
「だが君は、乱れた一秒ごと私を認めた。隊列を崩した私を、王冠騎士ではないとは言わなかった」
「守れたなら、それでいいだろ」
「それを、簡単に言う」
「難しく言われても困る」
アルヴィンは小さく笑った。
今度は、さっきよりはっきり笑った。
「無礼で、軽くて、妙に鋭い」
「褒めてないな」
「褒めている」
「絶対嘘だろ」
「嘘ではない」
アルヴィンは、俺の手を取った。
騎士らしい動作だった。
指先に、外したばかりの手袋の名残みたいな温度がある。
そのまま、俺の手の甲へ口づけようとして、アルヴィンは動きを止めた。
「どうした」
「……いや」
「何だよ」
「君は姫ではないと言っていたな」
「男だな」
「ならば、形式だけ姫のように扱うのは違う」
アルヴィンは俺の手を離した。
それから、まっすぐにこちらを見る。
「晴人」
「何」
「隣に立て」
「今?」
「今だ」
「命令か?」
「願いだ」
その言葉に、少しだけ驚いた。
アルヴィンも、自分で言った後に気づいたような顔をした。
命令ではなく。
願い。
たぶん、この男には慣れていない言葉だ。
俺は少しだけ息を吐いて、アルヴィンの隣に立った。
肩が並ぶ。
白金の光の中で、アルヴィンの横顔が近い。
「これでいいのか」
「ああ」
アルヴィンは、俺の方へ向き直った。
「今度は、私一人の勝利ではない」
「分かったって」
「だから」
「だから?」
「君にも、責任を取ってもらう」
「何の責任だよ」
「私に、不完全でもよいと思わせた責任だ」
「重い」
「逃がす気はない」
そう言って、アルヴィンは近づいた。
最初は、儀礼みたいな動きだった。
王冠騎士として。
契約を閉じるために。
けれど、唇が触れる直前、アルヴィンの視線がわずかに揺れた。
完璧な角度ではない。
少しだけ迷った。
俺はそれを見てしまった。
「迷ってもいいだろ」
言うと、アルヴィンの目が見開かれた。
「晴人」
「迷っても、別にお前が王冠騎士じゃなくなるわけじゃない」
アルヴィンは、一瞬だけ苦しそうな顔をした。
それから、俺の肩にそっと手を置いた。
キスは、思ったより静かだった。
白金の光の中で、唇が触れる。
触れるだけでは終わらなかった。
けれど、深すぎるわけでもない。
王冠騎士らしく、形を保とうとしているのに、途中で少しだけ息が乱れる。
その乱れを、アルヴィン自身が驚いたように受け止めていた。
離れると、アルヴィンは視線を逸らした。
耳が赤い。
さっきより、明らかに赤い。
「……条件は、満たされたか」
「たぶん」
「ならば、よい」
「本当にそれだけか?」
アルヴィンがこちらを見る。
「君は、意地が悪いな」
「よく言われる」
「誰にだ」
「さあな」
空中に表示が浮かぶ。
【帰還条件を満たしました】
現実世界へ戻りますか? YES/NO
俺は少しだけ、それを見た。
アルヴィンは何も言わなかった。
ただ、まっすぐ立っている。
白金礼装は少し崩れている。
手袋は外れている。
王冠剣は光の台座に置かれている。
完璧な一枚絵ではない。
でも、たぶん今日のこいつには、その方がいい。
「じゃあ、戻る」
「晴人」
「何」
「次に王冠の隣に立つ時も、君がいい」
「だから、そういうことを普通に言うな」
「普通ではないのか」
「普通じゃない」
「では、覚えておけ」
「何を」
アルヴィンは、少しだけ笑った。
「私は普通ではないことを、君に言った」
返しに困る。
俺はごまかすようにYESを押した。
白金の光が広がる。
最後に見えたのは、アルヴィンが王冠剣を取らず、手袋も戻さないまま、俺を見送っている姿だった。
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現実に戻ると、俺はリビングのソファに座っていた。
タブレットの画面には、王冠パレードの結果が表示されている。
【期間限定イベント】
王冠パレードと断罪の剣
【イベント評価:最大】
【限定スチル:獲得】
【追加ボイス:保存】
【ナイトステイ記録:保存】
画面には、白金礼装を少し崩したアルヴィンが映っていた。
剣掛けに置かれた王冠剣。
外された手袋。
そして、隣に立てと言った王冠騎士の横顔。
タイトルが表示される。
【限定スチル:隣に立つ王冠】
「……取れたな」
呟くと、少し遅れて姉からメッセージが飛んできた。
【姉:通知来た】
【姉:限定スチル取れてる!?】
【姉:晴人!?】
【姉:何したの!?】
【姉:いや今は聞かない】
【姉:あとで見せて】
「参加してないのに反応だけ早いな」
俺は返信せず、しばらく画面を見た。
アルヴィンは、画面の中で完璧に立っていない。
少しだけ礼装が乱れている。
でも、その顔は、パレードの最初よりずっと楽そうだった。
「綺麗に勝つことより、守ることが大事、か」
自分で言った言葉なのに、少しだけ照れくさかった。
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