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■4-1 ルカ編:怪盗紳士は、本音を盗ませない

共有タブレットに通知が来ていた。 【姉:今日ルカ】 【姉:月街区】 【姉:怪盗】 【姉:嘘】 【姉:顔がいい】 【姉:頼んだ】 俺はソファに座り、タブレットを開いた。 画面には、月と仮面のアイコンが表示されている。 【期間限定イベント】 月下仮面舞踏会と王冠宝石の怪盗 対象プリンス:ルカ・ノワール ルカ・ノワール。 月街区の情報屋。 怪盗紳士。 淡い銀色の髪。 片目にモノクル。 黒と銀の礼装。 カード型魔導具《ラヴァーズ・デック》。 幻惑魔法と変装魔法を使うプリンス。 立ち絵の時点で、信用できないくらい綺麗だった。 ホームボイスが流れる。 『姫。今夜、俺が盗むのは宝石かな。それとも君の視線かな』 「初手から軽いな」 次のボイス。 『本当のことなんて、すぐ退屈になるよ。少し綺麗な嘘くらい、恋には必要だろ?』 「信用できない」 さらに次。 『俺の手を取って。大丈夫、落としたりしない。……たぶんね』 「たぶんって言ったぞ」 画面の中のルカは、笑っている。 甘く。 軽く。 何も本気にしていないみたいに。 けれど、ホームボイスの最後で、一瞬だけ視線が外れた気がした。 真正面から見られる前に、こちらの目を避けたような。 まあ、気のせいかもしれない。 俺はイベント開始を押した。 **** 蒸都アルカディア、月街区。 夜の街だった。 蒸気の霧に、青白いネオンが滲んでいる。 高い建物の間を魔導ゴンドラが行き交い、遠くには月を模した巨大な時計盤が浮かんでいた。 その中心に、仮面舞踏会の会場がある。 黒と銀のホール。 シャンデリア。 仮面をつけた貴族たち。 床には月光を写すような白い魔導紋が走り、楽団の音に合わせて淡く光っている。 ホール中央には、透明な魔導ケースに入った巨大な宝石が展示されていた。 王冠宝石《ルミナ・クラウン》。 月光を受けると、宝石の中に小さな王冠の光が浮かぶ。 画面上に説明が表示される。 【王冠宝石《ルミナ・クラウン》】 【月街区舞踏会にて一夜限りの披露】 【近頃、盗賊団《月蝕団》による宝石・魔導具盗難が多発中】 会場の空気は華やかだが、少し張り詰めている。 警備員が多い。 宝石ケースの周りには王冠騎士団の出張警備。 使用人たちは盆を持って静かに行き交い、貴族たちは仮面越しに宝石を眺めていた。 その時、会場の照明がふっと落ちた。 悲鳴が上がる。 黒い天井から、一枚のカードが舞い落ちた。 月の紋章。 銀色の文字。 【今宵、月が満ちる頃、王冠宝石をいただく】 ざわめきが走る。 「予告状だ!」 「月下の怪盗だ!」 「ルカ・ノワール!」 シャンデリアの上に、男が立っていた。 黒と銀の礼装。 淡い銀色の髪。 モノクルの奥で、月色の瞳が笑っている。 ルカ・ノワール。 画面で見た時より、ずっと派手だった。 ただ立っているだけで、会場の視線を全部盗んでいる。 『こんばんは、月の紳士淑女たち』 ルカはカードを指先で弾いた。 カード型魔導具《ラヴァーズ・デック》が、銀色の光を散らす。 『退屈な真実を見に来た君たちへ、少し綺麗な嘘をあげよう』 会場中央の王冠宝石が光った。 魔導ケースが開いたように見えた。 次の瞬間、ルカの手の中に《ルミナ・クラウン》がある。 観客が悲鳴を上げた。 「宝石が!」 「盗まれた!」 「警備を!」 警備兵が動く。 だがルカは軽く笑い、カードを一枚投げた。 銀色の幻惑がホールを横切り、ルカの姿が三つに分かれる。 一人はシャンデリアへ。 一人は回廊へ。 一人はバルコニーへ。 観衆の視線が散る。 宝石を持ったルカは、月明かりの中で片目を閉じた。 『追えるものなら、どうぞ』 その一言で、黒い仮面をつけた数人の客が動いた。 客のふりをしていた男たち。 月蝕団。 彼らは警備ではなく、ルカの幻影を追った。 裏回廊へ。 宝石を奪い返すために。 場面が裏回廊へ切り替わる。 黒仮面の男たちは、ルカの幻影を追って飛び込む。 だが、そこには騎士団が待っていた。 金属音。 拘束魔法。 一斉に男たちが取り押さえられる。 ホールの中央へ映像が戻る。 透明な魔導ケースの中。 王冠宝石《ルミナ・クラウン》は、最初からそこにあった。 盗まれていない。 ルカの手の中にあった宝石は、幻惑魔法で作られた偽物だった。 会場が一拍遅れて沸く。 「盗んだふりで、盗賊団を動かしたのか!」 「さすが月下の怪盗!」 「美しい!」 「何がどうなってるんだよ」 俺は思わず呟いた。 すごいのは分かる。 やったことも派手だ。 嘘で宝石を盗むふりをして、本物の盗賊団を動かし、騎士団に捕まえさせた。 見事だった。 でも、引っかかった。 拍手を浴びているのに、ルカは一歩引いている。 褒められるたびに、笑って軽口で逃げる。 誰かが「守ってくれたんですね」と言った瞬間だけ、笑みが薄くなった。 すぐに戻った。 でも、薄くなった。 画面の中で、ルカがこちらへ振り向く。 イベント台詞が表示される。 『どう? 美しいだろ、姫。嘘は真実より、人をよく動かす』 選択肢が表示された。 【美しいです、ルカ様】 【さすが怪盗紳士です】 【まぁ、すごいけど……】 すごい。 美しい。 たぶん、そう答える場面だ。 でも、この男はそれを待っている気がした。 褒められて、軽く受け流して、そのまま本当のところから逃げるために。 俺は三番を押した。 【まぁ、すごいけど……】 画面のルカが、少しだけ目を細める。 『おや。月下の怪盗を前にして、その反応は少し寂しいな』 笑っている。 でも、モノクルの奥の目は、俺を測っている。 『何が気になるのかな。宝石は盗まれていない。盗賊団は捕まった。会場は盛り上がった。嘘としては上出来だろう?』 「……逃げてるな」 口にした瞬間、画面の月光が強くなった。 シャンデリアの光が滲む。 楽団の音が遠くなる。 カードが一枚、画面の外へ滑り出した。 銀色の縁を持つカード。 俺の膝の上に落ちたように見えて、次の瞬間、指先から月光が広がった。 リビングの空気が薄くなる。 仮面舞踏会のざわめきが、耳元へ近づく。 花の香水。 蒸気の霧。 磨かれた床の冷たい匂い。 気づけば、俺は黒と銀のホールに立っていた。 **** 最初に目の前へ差し出されたのは、白い仮面だった。 「どうぞ」 甘い声。 振り向く前に、仮面が俺の顔の前でひらひら揺れた。 「月街区の舞踏会では、素顔で立っている方がよほど怪しい。君、目立ちたいなら才能あるよ」 俺は仮面を見て、それから持ち主を見た。 ルカ・ノワールが、すぐ横に立っていた。 近い。 画面越しより、ずっと胡散臭い。 いや、綺麗なのは綺麗だ。 銀髪も、モノクルも、礼装も、表情の作り方も隙がない。 ただ、その隙のなさが逆に信用できない。 「俺、いつの間にここに」 「さあ。月に招かれたのか、俺に盗まれたのか」 「どっちでも困る」 「困った顔も悪くない」 「初対面でそれ言うか」 ルカは笑って、俺の手に仮面を置いた。 「それで、君は姫かな?」 「違う」 「即答だね」 「男だ」 「見れば分かるよ」 「じゃあ聞くなよ」 「確認じゃない。口実だよ。会話を始めるには、少し嘘があった方が滑らかだろ?」 「滑ってるぞ」 「おっと、厳しい」 ルカは楽しそうに肩をすくめた。 「名前は?」 「晴人」 「晴人」 ルカは、俺の名前をカードの表に書くみたいに軽く口にした。 「姫の代理で、月下の舞踏会へ迷い込んだ男。うん、なかなか面白い。怪盗の相棒役には少し地味だけど」 「相棒になった覚えはない」 「今からなるかもしれない」 「勝手に決めるな」 「怪盗は勝手に決めるものだよ」 ルカは片目を閉じる。 その軽さに、少しだけ苛ついた。 でも、苛ついた理由はたぶん、軽口そのものじゃない。 軽口で、全部の距離を取っているように見えるからだ。 「さっきの」 俺が言うと、ルカはモノクルを指先で直した。 「さっきの?」 「盗賊団を捕まえたやつ」 「美しかった?」 「すごかった」 「ありがとう」 「でも逃げてるな」 ルカの笑みが、ほんの少し止まった。 「怪盗は逃げるものだよ」 「そうじゃない。褒められるのから逃げてる」 「褒め言葉は情報より信用できない。甘い言葉ほど、裏があるからね」 「守ったって言われるのが嫌なのか」 ルカは、少しだけ視線を逸らした。 本当に少し。 見逃してもおかしくない程度。 でも、見えた。 「僕は守ったんじゃない。美しく盗んだだけさ」 「盗んでないだろ」 「盗んだよ。盗賊団の判断力と、観客の退屈を」 「言い方でごまかすな」 「言い方は大事だよ。真実も、綺麗な言葉で包めば嘘になる」 「面倒な奴だな」 「よく言われる」 ルカは笑った。 また、軽い笑い。 何も刺さっていないふりをする笑いだった。 その時、裏回廊から拘束された盗賊団の一人が連れてこられた。 黒い仮面を剥がされ、両手を縛られている。 男は床に落ちた鍵束を見て、急に叫んだ。 「その鍵だ!」 会場の視線が動く。 鍵束のそばに、若い使用人が立っていた。 薄い灰色の給仕服。 まだ年若い顔。 手には空になった盆。 彼女はびくりと肩を震わせる。 「そいつだ! そいつが通路を開けた!」 盗賊が叫ぶ。 「予備鍵を持ってた! 俺たちはそれを使ったんだ!」 会場がざわついた。 「内通者か?」 「だから怪盗が侵入できたのでは……?」 「宝物庫の予備鍵だろう?」 使用人の顔が青ざめる。 「ち、違います……っ。私は、ただ、鍵を運ぶように言われて……混乱して、ぶつかって、落としてしまって……」 声が震えている。 だが、場の空気はもう彼女を見ていた。 鍵束。 宝物庫。 盗賊団。 状況だけを見ると、証拠っぽく見える。 本当かどうかよりも、誰かを責めれば落ち着ける空気だった。 盗賊はそれを分かって叫んでいる。 「そいつだ! そいつが通した! 俺たちは使っただけだ!」 使用人の手が震える。 ルカは、床の鍵束を見た。 次に、使用人を見た。 それから、盗賊を見た。 状況を理解したのだろう。 このままだと、真実ではなく空気で彼女が潰される。 ルカは笑った。 いつもの笑み。 軽くて、甘くて、信用できない笑み。 彼は床に落ちた鍵束を拾い上げ、指先でくるりと回した。 「残念」 会場が静まる。 ルカは鍵束を月明かりにかざした。 「それ、僕が盗んだんだ」 使用人が目を見開く。 盗賊も、一瞬言葉を失う。 「鍵を掏り替えたのも、通路を開けたのも全部僕。怪盗を舐めないでほしいな」 ざわめきの向きが変わった。 使用人へ向いていた視線が、ルカへ移る。 「やはり怪盗が……」 「鍵まで盗んでいたのか」 「さすがというか、何というか」 当然、嘘だ。 俺でも分かる。 たぶんルカは、鍵を盗んでいない。 でも、その嘘で、使用人から視線を盗んだ。 使用人は助かった。 少なくとも、この場で責められ続けることはなくなった。 使用人が震える声で言う。 「あ、ありがとうございます……」 ルカはもう背を向けていた。 「勘違いしないで。僕はただ、舞台を整えただけだから」 礼を受け取る前に逃げた。 俺はそれを見て、確信した。 ルカは嘘が好きなだけじゃない。 本気で守ったと見られるのが怖くて、嘘に隠れている。 「今の、守っただろ」 俺が言うと、ルカは振り向かずに笑った。 「違うよ。視線を盗んだだけ」 「助けた直後に、なんで冗談みたいに笑うんだ」 ルカの背中が止まる。 「晴人」 声だけは軽い。 でも、少しだけ温度が落ちている。 「怪盗の仕事に、感謝状はいらないよ」 「嘘をついても守れるなら、堂々としてろ」 ルカが、ゆっくりこちらを向いた。 モノクルの奥の目が、初めて笑っていなかった。 「嘘をつく人間が、堂々と?」 「助けたならな」 「……君は」 ルカは何か言いかけて、やめた。 月光がモノクルに反射して、表情の半分を隠す。 「嘘を、ずいぶん簡単に扱うね」 「簡単か?」 「嘘はね、便利だけど高くつく」 ルカの声が、少しだけ低くなった。 「一度だけ、本気で誰かを助けたことがある」 **** 唐突だった。 でも、ルカは続けた。 「軽口でも、芝居でも、予告状でもなく、本音で庇った。そうしたら、相手は俺を見て笑った」 ルカの指が、カードの縁をなぞる。 「『あんた、本当は優しいんだね』って」 甘い言葉のはずなのに、ルカの声では刃物みたいだった。 「『だったら、また助けてくれるよね』」 ルカは笑う。 今度の笑顔は、かなり下手だった。 「本気を見せた瞬間、弱みになった。だから俺は嘘を選んだ。本音を盗まれないために」 「だから守ったって言われたくないのか」 「守るという言葉は、借金に似ているからね」 「面倒な覚え方してるな」 「経験から学ぶ怪盗なんだ」 「じゃあ、今日は覚え直せ」 「何を?」 「嘘で守った事実から逃げるな」 ルカは返事をしなかった。 **** その時、ホールの奥で悲鳴が上がった。 捕まったはずの月蝕団。 その本隊が、まだ会場に残っていた。 狙いは王冠宝石ではない。 舞踏会の来賓たちだ。 黒仮面の男たちが、二階回廊の扉を封鎖する。 別の男が煙幕を投げる。 貴族たちが逃げ場を失い、会場が一気に混乱しかけた。 「王冠宝石は囮か」 俺が呟くと、ルカは軽く笑った。 「お互い、嘘が好きみたいだね」 「笑ってる場合か」 「笑っていないと、怪しまれるんだよ」 ルカはいつものようにカードを取り出した。 軽口で逃げる。 たぶん、そうしようとした。 けれど、その指が一瞬止まる。 俺の言葉が残ったのだろう。 助けたならな。 ルカは、ゆっくり息を吸った。 そして、笑った。 今度は逃げるための笑みではなかった。 舞台に立つための笑みだった。 「皆様、ご安心を」 ルカの声が、ホール全体へ響く。 「今宵の余興は、月下の避難劇です」 観客たちが、はっと彼を見る。 「避難、劇?」 「そう。第一幕は予告状。第二幕は怪盗の逃走。そして第三幕は、皆様が華麗に退場する場面」 ルカはカードを扇のように広げた。 「慌てず、走らず、月の道に沿ってお進みください。出口は、こちらが盗んでおきました」 カードが一斉に舞う。 銀色の幻惑魔法が床を走り、回廊まで光の道を作った。 ただの演出に見える。 でも、避難経路だ。 観客たちは、パニックではなく“余興に参加している”と思い込み、光の道に沿って動き始める。 ルカは盗賊団へ向き直った。 「宝石は僕が盗んだ」 黒仮面たちの視線が彼に集まる。 「欲しければ追っておいで」 「おい」 俺が言うと、ルカは片目を閉じた。 「相棒、出番だよ」 「誰が相棒だ」 「君以外に、この場で俺に文句を言いながら動ける人がいる?」 「言い方」 「使用人たちを誘導して。貴族より慣れてる分、彼らの方が先に動ける」 「俺もか?」 「もちろん」 「俺、舞踏会の人間じゃないんだけど」 「今ここにいるなら、今夜の出演者だ」 「勝手に配役するな」 「怪盗は勝手に決めるものだよ」 またそれか。 でも、言っていることは分かった。 俺は使用人たちの方へ走った。 さっき責められかけた若い使用人もいる。 まだ顔色は悪いが、立っていた。 「動けるか」 「は、はい」 「じゃあ、裏の通路分かるか」 「分かります」 「客を流す。使用人側から開けられる扉、使えるか」 「はい!」 声が戻った。 若い使用人が、他の使用人たちに指示を飛ばす。 「西回廊を開けて! 厨房側の扉は塞がないで! 足元に気をつけてください!」 使用人たちが動き出す。 さっきまで責められかけていた彼女が、今は人を逃がしている。 それを横目で見て、ルカが少しだけ笑った。 今度の笑みは、逃げるためじゃない。 嬉しそうだった。 盗賊団がルカへ殺到する。 ルカはカードを一枚弾いた。 「ラヴァーズ・デック、開演」 カードが月明かりを反射し、無数のルカを映し出す。 仮面舞踏会の床に、銀色の影が踊る。 一人のルカがバルコニーへ。 一人のルカが宝石ケースへ。 一人のルカが階段へ。 盗賊たちは惑わされる。 「本物はどれだ!」 「宝石を持っている奴を追え!」 「全部外れか!?」 ルカの声だけが、ホールのあちこちから響いた。 「嘘は嫌い?」 「でも君たちは、嘘に弱い」 カードが一斉に閉じる。 幻影が消えた瞬間、盗賊団の足元に銀色の鎖状の光が絡みついていた。 幻惑で誘導した先。 そこは、最初から王冠騎士団が待機していた拘束陣の上だった。 「終幕」 ルカが指を鳴らす。 拘束陣が起動する。 黒仮面たちは、一斉に床へ膝をついた。 最後の一人が短剣を抜き、逃げる観客へ向かおうとする。 俺は思わず叫んだ。 「ルカ!」 「見えてる」 ルカの声が近くで聞こえた。 いつの間にか、彼は俺の横を抜けていた。 カードを一枚、短剣の柄に貼る。 短剣が花束に変わった。 盗賊が目を剥く。 その隙に、王冠騎士が取り押さえる。 「悪いね」 ルカは軽く礼をする。 「今夜の舞踏会に、刃物は似合わない」 会場が静まり返る。 一拍。 二拍。 そして、拍手が起きた。 最初は小さく。 それから大きく。 「怪盗が守ってくれた!」 「ルカ様!」 「月下の怪盗!」 「使用人たちも、よく誘導してくれた!」 若い使用人が、驚いたように顔を上げる。 周囲から感謝の声が向けられていた。 彼女は少し泣きそうな顔で、それでも深く頭を下げた。 ルカはそれを見ていた。 いつものように軽口で逃げようと、口を開く。 「いやいや、僕はただ美しく盗んだだけで――」 そこで止まった。 俺を見る。 俺は何も言わなかった。 ルカは小さく息を吐く。 「……助けたなら、だったね」 それから、ルカは観客へ向き直った。 胸元に片手を当て、優雅に礼をする。 「どういたしまして」 会場が静かになる。 ルカは少しだけ胸を張った。 「今夜は、僕の嘘に救われてくれてありがとう」 その言葉に、拍手がさらに大きくなった。 ルカは笑っていた。

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