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■4-2 ルカ編:怪盗紳士は、本音を盗ませない
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騒ぎが収まると、ホールには再び月光が戻った。
王冠宝石《ルミナ・クラウン》は、透明な魔導ケースの中で静かに光っている。
盗賊団は騎士団に連行され、使用人たちは招待客を落ち着かせている。
さっきの若い使用人が、ルカのところへ来た。
「あの……ありがとうございました」
ルカは一瞬だけいつもの軽口に戻りかけた。
「いや、僕はただ――」
そこで、俺を見る。
「……どういたしまして」
使用人は、ほっとしたように頭を下げた。
ルカは困ったようにモノクルを直す。
「変な感じだね」
「何が」
「礼を受け取るのって、こんなに落ち着かないものだったかな」
「慣れてないだけだろ」
「怪盗が感謝に慣れていたら、少し妙じゃない?」
「嘘で人を守る怪盗なら、別にいいんじゃないか」
「君は本当に簡単に言う」
ルカは笑った。
少しだけ、素に近い笑顔だった。
それから、俺を見る。
「晴人」
「何」
「どうして分かったの? 僕が、逃げてるって」
俺は少し考える。
「お前を見てれば分かるさ」
ルカが、ぴたりと止まった。
「拍手されても一歩引いてた。褒められるたびに軽口で流してた。守ってくれたって言われた時だけ、笑い方が変だった」
「……よく見ているね」
「見えたからな」
ルカはモノクルを指先で押さえた。
月光で、表情の半分が隠れる。
でも、耳が少し赤いのは隠せていなかった。
「それ、怪盗相手に言う台詞じゃないよ」
「何が」
「お前を見てれば分かる、なんて」
ルカはカードを一枚、指先で回した。
「盗まれるよ」
「何を」
「視線とか」
「もう盗んでるだろ」
「ばれてた?」
「ばれてる」
ルカは、今度こそ声を出して笑った。
軽い。
けれど、逃げていない。
月光がホールに広がる。
カードがふわりと浮かび上がり、銀色の光を散らした。
空中に表示が浮かぶ。
【月下仮面舞踏会:成功】
【王冠宝石《ルミナ・クラウン》:保護】
【月蝕団:捕縛】
【使用人疑惑:解消】
ルカは、舞踏会場の月明かりを見ていた。
たぶん、彼には違う形で分かっているのだろう。
嘘で作った舞台の幕が閉じるような。
月が、次の夜を開くような。
****
ホールの喧騒が遠ざかる。
楽団の音も、拍手も、騎士団の足音も、薄くなる。
銀色のカードが、俺とルカの周囲を丸く囲んだ。
ルカはカードの一枚を指先でつまみ、軽く口づける。
「どうやら、今夜の嘘はまだ終わらないらしい」
「また何かする気か」
「俺じゃないよ。月が続きを求めている」
「責任転嫁するな」
「怪盗は月のせいにするものだよ」
「便利だな、月」
「とても便利」
ルカは笑った。
空中に、新しい表示が浮かぶ。
【ナイトステイが発生しました】
対象プリンス:ルカ・ノワール
帰還条件:対象プリンスとのキス
※条件達成後、現実世界への帰還選択が可能になります
「夜の約束?」
「言い方が怪しい」
「怪盗だからね」
ルカは軽く笑う。
けれど、その笑みは、さっきまでより少しだけ落ち着かない。
帰還条件の意味は、彼にも何となく分かっているのだろう。
少なくとも、この夜を閉じるために何が必要かは。
月光が強くなる。
銀色のカードが一斉に舞い、ホールの壁がゆっくり遠ざかった。
気づけば、俺たちは月街区のテラスにいた。
舞踏会場の上階。
白い石の手すり。
青白いネオン。
下には霧に沈む夜の街。
遠くには、月を模した時計盤がゆっくり回っている。
さっきまでの喧騒は、硝子越しの音みたいに遠い。
テラスには、俺とルカだけだった。
「便利な場所替えだな」
「月街区の夜は、気が利くんだ」
「また月のせいか」
「使えるものは使う主義でね」
ルカはそう言って、手すりに寄りかかった。
月光が、彼の銀髪に落ちる。
モノクルが光った。
そのせいで、表情の半分が見えない。
ルカは指先でモノクルに触れた。
「晴人」
「何」
「少しだけ、外してもいい?」
「何を」
「嘘の一部」
言って、ルカはモノクルを外した。
たったそれだけなのに、印象が変わった。
いつもの甘い余裕が、少しだけ薄くなる。
隠れていた片目が、月光の下に出る。
思ったより、真面目な目だった。
「モノクル外しただけだろ」
「怪盗にとっては、仮面を半分外すようなものだよ」
「大げさ」
「そう言ってくれる方が楽だね」
ルカは笑った。
その笑い方は、今度は本当に少しだけ楽そうだった。
テラスの風が、礼装の裾を揺らす。
ルカは胸元のカードを一枚抜き、指先で回した。
「嘘って、便利なんだ」
「知ってる」
「知らないよ、君はたぶん」
ルカはカードを見る。
「嘘をつけば、相手は本当を探す。探している間は、本当の俺に触れない。甘いことを言えば、甘い奴だと思われる。軽く笑えば、軽い奴だと思われる」
「それで楽なのか」
「楽だよ」
ルカはすぐに答えた。
でも、その後で少しだけ黙る。
「……楽なはずだった」
「今日は違ったか」
「君が変なことを言うから」
「嘘で守ったなら堂々としてろってやつか」
「うん」
ルカは小さく息を吐いた。
「嘘で誰かを守るのは、ずるいと思っていた。守ったと認めたら、本気に触れられる。触れられたら、また利用される。だから、俺はただ盗んだだけだって言ってきた」
「でも助けた」
「助けたね」
ルカは、少し照れたように笑った。
「……どういたしまして、なんて言ったの、久しぶりだった」
「慣れてなかったな」
「見てた?」
「見えてた」
「本当に、怪盗泣かせだね」
「泣いてないだろ」
「泣かせてみる?」
「やめろ」
ルカは笑った。
いつもの軽口に戻ったようで、どこか違う。
逃げるためではなく、照れ隠しのための軽口。
その違いくらいは、分かる。
空中の表示が、静かに光っている。
【帰還条件:対象プリンスとのキス】
俺はそれを見て、ルカを見る。
「分かってるか」
「君が帰るための条件だろう?」
「たぶん」
「なら、今夜の最後の嘘にしようか」
「嘘なのか?」
「さあ」
ルカは一歩近づく。
「キスなんて、恋人のふりにはちょうどいい」
「ふりか」
俺が聞き返すと、ルカの笑みが少しだけ止まった。
自分で言って、自分で引っかかった顔だった。
「……ふり、の方が安全だろう?」
「また逃げてる」
「君は容赦ないね」
「見えたからな」
ルカはモノクルを持っていない方の手で、顔の半分を覆いかけた。
でも、途中でやめる。
隠さなかった。
「嫌なら言えよ」
俺が言うと、ルカは目を瞬いた。
「誰が?」
「お前が」
「怪盗に確認を取るんだ?」
「取るだろ」
「盗まれてから気づく方が、怪盗らしいと思うけど」
「それはお前の都合だろ」
ルカはしばらく黙った。
それから、ふっと笑う。
「本当に、君は嘘を綺麗に避けるね」
「そうか?」
「うん。だから、困る」
「嫌なのか」
ルカは、今度は逃げなかった。
「嫌じゃない」
低い声だった。
「驚いてる。少し怖い。たぶん、嘘にするには近すぎる。でも、嫌じゃない」
「そうか」
「君は?」
「嫌じゃない」
答えると、ルカの表情が緩んだ。
それを隠すように、彼はカードを一枚、俺の肩の横へ滑らせた。
カードが月光を受け、銀色の小さな花びらみたいに砕ける。
「晴人」
「何」
「一つだけ、先に盗んでもいい?」
「何を」
「逃げ道」
そう言って、ルカは俺のすぐ近くまで来た。
甘い香水と、月街区の冷たい夜気が混ざる。
近い。
さっきまで会場中の視線を盗んでいた怪盗が、今は妙に静かにこちらを見ている。
モノクルのない目が、逃げずに俺を見ていた。
「今の台詞、ちょっと格好つけすぎじゃないか」
「分かってる」
「分かってるのかよ」
「でも、言わないと逃げそうだったから」
正直だった。
嘘つきのくせに。
こういうところだけ急に正直になるのは、ずるい。
ルカの指が、俺の袖に触れた。
掴むほどではない。
けれど、離れない。
「君は、俺の嘘を暴かなかった」
「暴くほど分からないしな」
「でも、見ていた」
「見えてたからな」
「それが一番厄介だよ」
ルカは笑った。
そして、キスをした。
最初は、舞踏会の挨拶みたいに軽い触れ方だった。
怪盗らしく。
余裕ありげに。
いつでも離れられるように。
でも、すぐに少しだけ変わった。
触れた唇が、離れる前に迷う。
迷って、もう一度確かめるように重なる。
嘘にするには近すぎる、とさっき言った声が、唇の距離で分かる。
ルカの指が、俺の袖を少しだけ強く掴んだ。
ほんの少し。
盗むというより、逃げ道をなくすみたいに。
離れると、ルカは目を伏せていた。
「……今のは」
「何」
「嘘にするには、少し難しいね」
「じゃあ、するな」
ルカが顔を上げる。
「簡単に言う」
ルカは少しだけ黙った。
それから、困ったように笑った。
「嘘にはしたくない」
空中に表示が浮かぶ。
【帰還条件を満たしました】
現実世界へ戻りますか? YES/NO
ルカはテラスの手すりに寄りかかり、モノクルをまだ戻さないまま、こちらを見ていた。
月光の下の顔は、会場にいた怪盗紳士より、少しだけ素に近い。
「戻るのかい」
「戻る」
「そう」
「モノクル、戻さないのか」
ルカは手元のモノクルを見る。
「戻した方がいい?」
「知らん」
「君が知らないと言う時は、だいたい見ている」
「何だそれ」
「観察結果」
「勝手に分析するな」
ルカは笑い、モノクルを胸ポケットにしまった。
「じゃあ、今夜はこのままで見送るよ」
「いいのか」
「いいよ」
少しだけ間があった。
「……少し、怖いけどね」
その声は、軽くなかった。
俺はYESを押す前に言った。
「怖くても、守っただろ」
ルカが目を見開く。
「晴人」
「嘘で守ったのも、お前だろ」
ルカは何も言わなかった。
ただ、モノクルのない目で俺を見た。
それから、少しだけ笑った。
「本当に、怪盗相手に言う台詞じゃない」
「また盗まれるのか」
「もう盗んだかもしれない」
「何を」
「秘密」
「嘘か?」
「さあ」
ルカは片目を閉じた。
今度は、逃げるためではなく。
照れを隠すために。
俺はYESを押した。
銀色の月光が広がる。
最後に見えたのは、モノクルを外したまま、月明かりのテラスで俺を見送るルカの顔だった。
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現実に戻ると、俺はリビングのソファに座っていた。
タブレットの画面には、月下仮面舞踏会の結果が表示されている。
【期間限定イベント】
月下仮面舞踏会と王冠宝石の怪盗
【イベント評価:最大】
【限定スチル:獲得】
【追加ボイス:保存】
【ナイトステイ記録:保存】
画面には、月明かりのテラスが映っていた。
外した仮面。
胸ポケットにしまわれたモノクル。
いつもの甘い笑みより、少しだけ素に近いルカの横顔。
タイトルが表示される。
【限定スチル:嘘にしない夜】
「……怪盗のくせに、顔に出るな」
呟いてから、自分で少し笑った。
姉からメッセージが飛んでくる。
【姉:通知来た】
【姉:限定スチル取れてる!?】
【姉:月明かりテラス!?】
【姉:モノクル外してる!?】
盗んだふりで守ったこと。
守ったことを、嘘にしなかったこと。
モノクルを外した顔。
キスのあとに、嘘にするには難しいと言ったこと。
どれも、メッセージで送るには妙だった。
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