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第3話 獣人上司、匂いでバレてコンプラ違反と怒る
オフィスのコーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、高瀬は欠伸を噛み殺す。
コーヒーはそこまで飲まないが、今日は眠気を吹き飛ばすために摂取している。
「熱っ……」
瞼の落ちそうな目で、コーヒーをこぼし、カップを持っていた手にかけてしまう。大丈夫ですか?と事務の女性スタッフに声をかけられ、高瀬は平然と応えた。
耳をすませば、お客様カウンターから成瀬の元気な声が聞こえる。
成瀬は宅健を取り、お客への案内を全て一人で出来るようになった。最近の仕事ぶりは本当に生き生きとしていて、絶好調だ。成瀬の明るい接客が、お客の気持ちも前向きにさせるのだろう。今日の客もきっと成約になるだろう。
高瀬は、デスクに戻る途中にちらりと見えた成瀬の笑顔に、ふっと笑う。ここ数日、ほぼ毎日どちらかの部屋のベッドで一緒に寝ている。
一緒に寝ているだけで何も起こらないなんてことは、恋人の二人にあるわけがない。昨日も、モジモジとお願いをされ、年甲斐もなく何度も頑張ってしまった。
高瀬は、成瀬を傷つけるのが怖かったが、今になって思えば、成瀬を甘く見ていた。体育会系で体力には自信があると言いながらも熱中症で倒れたり、熱を出して倒れたりと、弱い部分を見てきていた。
獣人は、普通の人間より体力がある。半獣化すれば力も強くなる。力を制御できている獣人は、半獣化するのも思いのままだ。
半獣化で思った通りに力を制御するのは、特異体質の高瀬には難しいことだから、性衝動で成瀬を傷つけないように大事に扱っていた。
(シンさん……もっと……もっと気持ち良くしてください……)
昨日の夜、いや、もう日付は変わっていた。何回目かの吐精後に、成瀬から言われた言葉だ。
高瀬は振り絞って致した直後だったと言うのに、成瀬の甘く可愛い声に若干絶望した。
「お客様ご案内してきます!」
成瀬の体力に自信があるは、伊達ではない。眠気に耐える高瀬と違って、元気に内見に向かっていった。
高瀬だって、成瀬の希望には応えたい。成瀬とできることは、とても嬉しい。
限界からさらに己を奮い立たせて行為に望んでいるが、快感はしっかりとある。
しかし、疲労は蓄積している。
これは、幸せな悩みなのだろう。
だるい腰をゆっくりと椅子に沈め、少しだけ瞼を閉じたら眠りそうになって首を振る。すると、後ろから急に神谷の声が聞こえて驚いた。
「眠いの?高瀬くん」
ビクッと揺れた肩に手を置かれ、首筋の匂いを嗅がれている。
「君が恋をできることは僕にはとても嬉しい事だけれど、仕事はしっかりとしてね」
「すみません……」
高瀬は背筋を伸ばして、デスクに向き合う。
「ふふっ、でも、成瀬くん、体力あるんだね」
スンスンと匂いを嗅いで、高瀬から感じる成瀬の匂いに、神谷は昨晩の行為を察する。若いなと純粋にその体力を羨ましく思ったが、高瀬は神谷に引き攣った顔を向けてきた。
「……匂いで感じ取るのやめてください。セクハラですよ」
「嘘、君の心配をしているのに、これセクハラなの?」
「部下の性事情を分かったとしても、突っ込んで話さないのが普通じゃないですか?」
「いや、君たちのベッド事情じゃなくて、体力が羨ましいなって思ったから。高瀬くんが仕事に支障出るくらい頑張っちゃうのも問題だしね」
神谷は揶揄おうとは思っていないし、詮索する気もないと弁明するが、高瀬の表情は変わらない。
「匂いを嗅ぐことがコンプラ違反です」
「ひどい言いようだね。獣人の挨拶でしょ」
「……その文化は、まぁ……」
高瀬は思春期の子供のようにプイッと神谷から顔を背けた。
「君が言いたいのは、成瀬くんの匂いを嗅ぐなってことでしょ?」
しっかりと独占欲があるんだねと神谷は笑う。
「成瀬には匂いでわかる事は、絶対に言わないでくださいよ」
獣人の中でも、神谷は特別匂いに敏感で、人の気持ちや行動を匂いで嗅ぎ分け察することができる。高瀬は神谷と違い、匂いには少し鈍感だ。
だから、神谷のように、匂いで気持ちが伝わっていると成瀬には思われたくない。
「…………うん」
「言ったんですか?」
「いや、シンシアをよろしくとしか言ってないよ」
高瀬は大きく息を吐き、頭をかかえる。察しの悪い成瀬なら、神谷がどこまで分かっているかはわからないだろうが、神谷に対してイライラが募る。
これは、神谷が単なる上司じゃなくて、子供の頃から知っている親のような存在だから感じる感情だろう。高瀬はつい、オフィスにそぐわない口調で、神谷に言葉をぶつけてしまう。
「過保護だって……」
そんな様子の高瀬に、神谷は自分の高校生の子供を思い出し、緩む口元を手で隠した。
「ごめんね。でも、仕事は頼むよ」
ポンポンと高瀬の肩を叩いて、神谷はクスクス笑いながら自分のデスクに戻った。デスクには卓上のカレンダーにサンタが描かれている。スッと笑みは消え、短く息を吐いた。
「過保護……にもなるよ……」
クルリと椅子を回転させて、神谷は窓の外の冬の空を見上げた。どんよりとした雲は、雪でも降らせそうだ。
「朔夜さん……今年も、もうクリスマスです」
小さく高瀬の父親の名前を口にして、神谷は胸元で十字を切った。
一方、高瀬のデスクではスマホが鳴り、レオニアの名前が通知画面に現れた。
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