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第11話 虎の正体は愛する人
虎の大きな手は、成瀬を押し倒してきて、ずっしりとその体重を感じた。
成瀬は恐怖よりも、目が合った虎の瞳に魅入った。
金色の瞳の奥、揺れているのは不安。
この目は、よく知っている……。
でも……この姿は……?
「大丈夫ですよ。俺は傷ついていません」
ニコリと笑った成瀬は、その虎が高瀬であると確信を持って虎の背中を撫でた。グルグルと喉を鳴らしながら虎は成瀬に擦り寄る。
抱きしめているように身を寄り添わせ、キスをするように唇を舐めている。
「Oh……mon……Dieu…………」
コレットは目の前の光景に信じられないと銃を下ろし、地面にへたり込んだ。
空を見上げ、胸元で十字を切る。何かに祈るように、フランス語で感謝を述べているように成瀬は感じた。
ちょうどそのタイミングで、玄関のポーチに車がついた。
降りてきた神谷は血相を変えて成瀬と虎に近寄る。車の中から見えていたのだろう。
「成瀬くん!」
「神谷支店長?どうしたんですか?」
「あ……ははっ、成瀬くん……君は、本当に……」
虎の様子と、成瀬のきょとんとした顔に神谷は笑いながら、目を潤ませた。
「大丈夫なら良かったよ」
神谷が玄関の方を向いて、頷くと、大きな檻と鎖を持った使用人たちがやってきた。コレットもそれに続いて虎の前に立つ。
「Pardonne-moi… juste un peu.(許してね。少しだけだから)」
コレットが大人しくしている虎に、鎖をかけると、成瀬がその手を掴んだ。
「何をするんですか?」
「大丈夫よ。私の大事な息子に手荒なことはしないわ」
「わかってて、銃を向けてたんですか?」
成瀬は、コレットの持っていた銃を睨みつけ、コレットの手を強く握った。
「成瀬くん」
神谷の声に、成瀬はハッとして力を抜く。
「これは麻酔銃よ。本当の銃弾は入ってない。そんなことするわけないじゃない」
「でも……シンさんは不安でした……」
「そうよね……」
コレットの伏せた目に、成瀬は少し事情を察した。コレットの手を離し、檻に入れられる虎の姿の高瀬をただ見守った。
素直に従う高瀬に、胸が裂けるような思いで、成瀬は拳を握る。
コレットや神谷の様子、檻の用意からして以前から高瀬は完全に虎になっているようだ。
どうして高瀬があんな姿になっているのか、それもわからないが、どうして自分はこの事実を知らされていなかったのか、小さくなっていく檻を見つめながら、成瀬は奥歯を噛み締める。
応接室へ戻ると、レオニアもいた。半獣化しているところを見ると、さっきの騒動に何かあれば飛び込むつもりだったのだろう。
「ケンイチ、ごめんなさい。巻き込んでしまって」
怪我は無いかとコレットが成瀬を抱きしめ体の様子を伺った。
「大丈夫ですよ。巻き込まれたなんて思いません。俺は、シンさんの恋人です」
少し、棘のある言い方だっただろうか。言葉は選んだつもりだが、声色は変えられなかった。
「成瀬くん、座ろうか。立ったままだとレオニアが倒れそうだ」
神谷の落ち着いた声が、成瀬の緊張を少しほぐした。
レオニアを見れば、ライオンの尻尾が揺れている。
「あ……半獣化、治らないんですか?」
「大丈夫だよ。辛くはないからもう治ると思う。君は本当に優しいね」
柔らかく笑った顔が高瀬と被り、成瀬は涙が出そうだった。
「どういう事なんですか?シンさんは……」
少し震えた声で、成瀬は下を向く。
「シンシアはね、クリスマスに完全に獣化するんだ。なんでかはわからないんだけど……」
「獣人の人は、みんなそうなんですか?」
成瀬は、レオニアと神谷を見る。
神谷がゆっくり首を横に振り、答えた。
「いや、僕の知る限り、シンシアだけだ。昔の文献にはそんな記録があったりもするみたいだけど」
「それだけ、シンシアは特異体質なんだ」
「そんな、戻るんですよね?」
「もちろん。明日の朝には戻るよ」
「そう……ですか……」
成瀬は安堵と共に、疑問が湧き、答えを聞くのが怖い質問が浮かんだ。
スンと鼻を鳴らし、匂いを嗅いだのか、成瀬の表情を読み取って、神谷が柔らかい声で話す。
「成瀬くんに言わなかったのはね、シンシアが言えないからだよ」
「どう言うことですか?」
「シンシアは、自分が完全に獣化していることを覚えていない」
成瀬は言葉を失い、一瞬でも大事な話をしなかった高瀬に不満を持ったことを恥じた。
「言わなかったんじゃないよ、言えなかったんだ。だから、僕たちも君に教える事はしないでおこうと決めたんだ。成瀬くんは、素直だからね。信用がないわけじゃない。君はシンシアに近すぎるから、シンシアが傷つかない方法を取らせてもらった。でも、結果、君を傷つけてしまったね。ごめんね」
神谷の言葉は優しく、高瀬と成瀬を見てきたからこその判断だと、成瀬も納得ができた。
「さらに言うとね、おそらく獣化している間は、僕たちのこともわかっていないだろうと思っている」
「え……そんな事……」
神谷の言葉に、成瀬は疑問が浮かぶ。
「それは、違います。さっきのシンさんは、俺のことをわかっていました。キス、してくれていました」
「うん、そうだね……」
「こんなこと、今までなかったの。獣化した姿で、誰かに触られるなんて。いつも、檻に入っていてもらっていたから」
檻と聞いて、さっき運ばれて行った高瀬を思い出した。檻の隅で小さくなって座っていた。
「そんな、あんなに不安そうなのに、誰もそばにいてあげなかったんですか?!」
成瀬は思わず立ち上がる。
高瀬の金色の目が、揺れる目の奥が思い出され拳が震えた。
そっと、レオニアが立ち上がって、成瀬を抱きしめた。
ライオンの尻尾と耳はもう無い。
ゆっくりとした呼吸が聞こえて、優しい声が響く。
「僕らは、シンシアが一番傷つかない方法をとっているんだ。シンシアには、誰も傷つけさせない。少し寂しい思いをしたとしても、それがシンシアにとって最善なんだよ」
「俺は……俺は傷つきません」
「君の右腕は?シンシアが傷つけたんだろ?」
「もう治りました!」
成瀬はレオニアの腕から抜け出すと、真っ直ぐに全員を見て頭を下げた。
「シンさんに、合わせてください!」
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