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第13話 完全獣化した恋人が、膝で甘えて離れません
「シンさん、良い部屋ですね」
檻の中を、ソファーに向かって歩く成瀬の姿をレオニアと神谷、コレット、龍樹がそれぞれ凝視してくる。
異様な雰囲気だなと感じるけれど、成瀬にはみんなが感じているような不安は無い。
カチャンと檻の扉が閉められて、高瀬の顔が上がった。
美しい縞模様の毛並みが猛々しい筋肉に波打って、高瀬はソファーに立ち上がる。
檻の外が息を呑む
「綺麗ですね。やっぱり、シンさんは綺麗だ」
成瀬は笑いながら高瀬に手を伸ばした。
手のひらに、鼻を寄せ、そのまま首筋まで擦り付けてくる高瀬に、成瀬は飛びつくように抱きしめた。
「シンさん!クリスマス、一人にしないでください!!」
成瀬の一言に、龍樹が吹き出した。
檻の外の空気が緩み、みなの顔の緊張が解かれると同時に驚きの表情に変わっていく。
「……merci……(ありがとう)」
コレットは柔らかく微笑みつつも、両手で口を覆い現状に震えていた。
「シンシア……良かった……成瀬くんも……」
「本当に、なんだろうね。成瀬くんの特別さは……」
「普段からこんな感じなんですか?二人は」
様々な思いで、言葉を口に出す中、龍樹だけはしっかりと記録をとっている。
成瀬はソファーに座った。
その横に、高瀬が座り、成瀬の顔を舐めてくる。
何に怒っていたのか分からなかった怒りが、再度成瀬の胸の中に湧き起こってきた。
そう言えば、文句を言うために来たんだったなと思い出し、高瀬に向かって、鋭く視線を向けた。
「ごめんって言ってます?シンさんはフランス育ちだからクリスマスは家族と過ごすものかもしれませんけど、日本では恋人と過ごすものなんです。俺、初めてクリスマスを好きな人と過ごせると思ってたのに……」
高瀬はピッタリと成瀬の体にもたれ、肩に顎を乗せて何度も首筋を舐めた。
ずっしりと重さを感じる高瀬の体は、艶やかな毛並みが柔らかく、成瀬は撫でているだけで少し不満がおさまってきた。
成瀬は本物の虎に触れたことはないから比べられないが、それでも本物の動物の虎とは違って、優しい包まれるような柔らかい手触りだった。
シンさんの髪に似てる。
毛並みの下の筋肉は、柔らかいけど硬い。
シンさんの体だ。
高瀬の体を触りながら、高瀬の肉体美を思い出し、成瀬は思わず赤面した。
ゴクリと喉を鳴らせば、高瀬はふ~んと鼻息を吐いてソファーに体を丸め、成瀬の膝に頭を乗せる。
太ももに擦り付いて、甘えているようだ。
「あの、まだ少し怒ってますからね?今度からはちゃんと話してください。前もって!」
チラリと成瀬の顔に視線を上げた高瀬は、わかったとでも言うように成瀬の腹に頭を擦り付けてきた。
「これは興味深い。完全獣化しても、しっかりと意思表示ができる人もいるという記録もあったけど、特定の人に対してだけ懐くのは聞いたことがない。それだけ成瀬くんが特別なのか……」
「愛じゃない?」
「うん。愛だね」
神谷とレオニアは嬉しそうに顔を見合わせた。
「愛、と言う言葉だけで良いものなのか……でも、愛ですかね……」
龍樹はペンを走らせながら、幼馴染の甘える光景にむず痒さを感じた。
「私は、部屋に戻るわ。これ以上は二人の世界でしょ。邪魔になっちゃう」
コレットはそう言って、可愛らしく笑うと目を潤ませつつ部屋を出ていった。
「あ、クリスマスは恋人と過ごすんだったね」
「確かに、野暮だね。戻ろうか」
「僕はここに居ますよ。邪魔しないように壁と同化して観察しています」
「ふふっ、龍樹はそれ得意だよね」
レオニアが何かを思い出したように笑う。その笑いはどんどんと大きくなって、楽しそうに息を切らしていた。
「大丈夫か?何を思い出したか知らないけどゆっくり息をしろ」
「ふふふっ、うん。大丈夫、苦しくないよ。楽しい」
神谷は二人のやり取りを見ながら、高瀬に目を向ける。
15年、見てきた彼らの成長を振り返って、成瀬の存在にようやく肩の荷が降りるような気持ちだった。
ずっとニヤニヤと笑い続けているレオニアと、なんだか少し老け込んだ神谷は部屋を出ていった。時々、レオニアの吹き出す声がだんだんと遠くなっていく。
龍樹は檻の中で、言葉を交わしているような二人を見つめ、ペンを握る。
研究者としての興味もあるが、若干、成瀬への嫉妬も感じる。
その気持ちは、どうして彼だけが特別なのかと解き明かしたいという思考へと変化していった。
「龍樹さん、ずっと立ってるの疲れませんか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「あの、ありがとうございます」
「ん?」
「龍樹さんに言われなかったら、俺、何も知らずに一人でシンさんの帰りを待ってました。シンさんもずっと一人でした」
まっすぐに笑みを向けてくる成瀬に、龍樹は視線を逸らした。
「…………君は、疑うことをした方がいいね」
「え?どう言うことですか?」
「………………いや、ごめん。少し、君を利用させてもらったんだ」
龍樹の言葉に、成瀬はどう言う意味かを察せなかった。
「ずっと臣を見てきていたのに、何も成果を得られていない。何か、起爆剤がないかと思っていた」
「あ……俺、シンさんの薬の役に立てるんですか?」
「まだ、分からないけど」
「嬉しいです。龍樹さん、ありがとうございます!」
やはりまっすぐな成瀬の笑顔に、龍樹は完全に毒気を抜かれてしまった。
この純粋で無垢な思考に、高瀬の過去をどれだけ伝えて良いものか、龍樹は研究者と友情の間で揺れていた。
龍樹は思う。
皆、安心したように戻っていったが、高瀬自身はどう感じているのだろうか。
強そうに見えて脆い
彼の心は、今の状況に依存してしまうのではないか。
自分を守るために……
よぎった不安は頭の中にだけ止めておき、古い文献を読んでおこうと龍樹はメモを走らせた。
友人が甘えている恋人は、とにかく優しい目を虎に向けていた。
「戻ってこいよ?臣……」
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