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第18話 戻れないんじゃない、戻りたくないの?
レオニアは、高瀬に向かって両手を広げた。
こっちへおいでというように。
「怖くないよ。僕だって、傷つかない」
高瀬は、成瀬の腕と脇腹の間に頭を入れ、伏せるように腰を落とした。
「シンシアは、誰も傷つけないよ。Papaのことも、シンシアが悪いんじゃない」
グルグルと唸る声が大きくなった高瀬を、成瀬は撫で続ける。レオニアのしたいことはわからないが、高瀬の金色の目が揺れている。大丈夫だと祈りを手に込めた。
『クリスマスに、俺は何をしている?』
高瀬が言っていたことを思い出し、レオニアは隠していたことを後悔した。
もっと、向き合わせるべきだったのだ。
今、あの時と同じ目が、虎の姿と揺れている。
「シンシア、Papaの言葉を思い出して?僕たち、二人なら大丈夫だって言ってくれたでしょ。二人なら……。僕も、シンシアの力になりたいんだ。体を戻して、ここを出よう?」
「やはり、心理的なことなのか?臣の意思で、この体のままが良いと、そう思っているのか」
龍樹は、レオニアの言葉をそう解釈をするが、前例なんてほとんどない状態で、何が正解なのかなんてわからない。
歯噛みする思いで、ペンを走らせる。
「シンシア、戻ってきて……」
コレットも、ロザリオを握りながら祈る。
神谷はレオニアと高瀬へ視線を交互に移し、成瀬を見つめた。
高瀬が、成瀬の太ももに顎を乗せた。
撫で続けられているのが気持ちいのだろう、瞼が落ちそうになっている。
「……シンシア、ここにいれば安全だって思ってる?成瀬くんがいて、撫でてもらえれば、誰も傷つけないって、そう思ってるでしょ。……でも……僕は、入ってきたよ」
レオニアの声が低く変わった。
いつもの明るい調子じゃない。高瀬の声によく似ていて、成瀬が顔を上げる。
高瀬も、最後の言葉に耳を動かした。
「これからは、僕も、神谷さんも、Mamanも、龍樹も入ってこられるようになるよ。外と変わらなくなる。ここの檻は外そうね」
ふぅふぅと、高瀬の息が荒くなっていく。
成瀬は優しく撫で続けるが、次のレオニアの言葉に手が止まった。
「そうしないと、成瀬くんが可哀想でしょ」
ゆらりと、高瀬の頭が持ち上がる。
のそりと、体が動いて、鋭い目でレオニアを見つめる。
レオニアは、怯むことなく、低く、静かな声で言った。
「成瀬くんも、ここに縛るつもりなの?」
ガルっと高瀬が吠えた。
成瀬が慌てて高瀬の体に抱きつく。
「俺は、別に……」
「良いわけないよ。恋人なのに、こんなのは対等じゃない。甘えすぎてるでしょ」
「シンシア……」
コレットは、幼少期からの高瀬を思い出していた。
体が弱かったレオニアに合わせて、自由に遊びも選択しない子供だった。
欲しいものを全てレオニアに譲り、ジッと耐えていることも多かった。
半獣化するようになってからは、距離を取りたがった。
自分たちを傷つけたくないという気持ちなのだと、コレットもわかっていた。
家を出ると言った時も、不安の方が大きかったが、シンシアの気持ちの安定を望んでいた。
「シンシア、もっと、甘えて良かったのよ……」
自分の気持ちを素直に出せるのは、成瀬に対してだけなのかと、コレットは懺悔をするようにロザリオを握り祈る。
その隣で、高瀬の吠えた声に反応するように、檻の格子を握る神谷の手が、狼へと変わっていった。
成瀬は迷う。
高瀬が獣化を異常に怖がっていることは知っていた。
満月の日に近寄るなと言われ、始めて撫でた時、安心したような顔は今も思い出す。
あの時は、高瀬の方が怖かったのだろう。
成瀬が撫でれば落ち着くようになってからは、わかりやすく甘えてくるようになった。
抑制剤が使えなくても、成瀬と一緒なら、満月を乗り越えていけるのだと思っていた。
しかし、完全獣化した姿から戻りたくないという意思は、成瀬の存在があるからではないだろうか。
自分は、高瀬にとって居場所だと言ってくれていたが、それは、受け入れて良い気持ちなのか。
吠えてから唸っている声は、悔しそうで泣いているようで、成瀬は高瀬の体に額をつけて抱きしめる。
「俺は、離れませんよ……どんなシンさんでも…………でも……キスはしたいかな」
成瀬の言葉に高瀬はペロリと顔を舐めてくる。
成瀬は、苦笑を返しながらも、頷いた。
高瀬と成瀬の行動に、レオニアは奥歯を噛み締めた。
そうじゃないだろと、拳を握る。
「ごめんね、成瀬くん。君の覚悟は間違っているよ。シンシアは戻るべきだ。ちゃんと、Papaの言葉を思い出して!シンシアは強くなれるんだ、僕とは違う!僕は、このまま、シンシアと話ができなくなるのは嫌だ!」
言い切ったレオニアが、胸を抑えて背中を丸めると、高瀬は立ち上がった。
止めようとする成瀬の腕を簡単に振り切って、レオニアへと飛び掛かるように走る。
「待って!!シンシアっ!ダメ!」
コレットの叫びに、神谷は半獣化して、檻の扉を開ける。
レオニアは、胸の痛みに耐えながら、大きな虎の手に手を伸ばした。
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