19 / 37
第19話 「薬をくれ」と、虎が吠えた
龍樹は、子供の頃から医者を目指していた。
しかし高校生の時、恋人が、半獣化した友達に噛まれ、怪我をした。
憎らしいと思った。
でも、同時に、満月の光に照らされた目が、耳が、尻尾が、美しいと思った。
高瀬の孤独も知っていた。
不器用で、兄想いなことも。
何より、家族を大切にしたいと思っていることも。
怖がりなことも、自分を犠牲にするしか生きる場所を手に入れられない不器用なところも、守ってやりたいと思っていた。
高瀬のためと言いつつ、自分の好奇心が向いていることもわかっていた。
恋人が許してくれたから、高瀬の為の研究で離れて暮らしている。
しかし、そこまでしても、ほとんど成果は無かった。
高瀬の特異性は、前例がほとんど無い。
使える抑制剤を研究しても見つけられない。
この前もダメだった。
今、高瀬のために、レオニアが体を張っている。
飛び掛かる高瀬を龍樹は平然と見ていた。
高瀬が、レオニアを傷つけるわけがないと、わかっていたから。
「シンシア……」
レオニアが伸ばした手は、いつものように掴まれることはない。
代わりに、虎の大きな顔が、レオニアのポケットを探っていた。
「シンシア……僕は、信じてるから……戻って……きて……ね?」
高瀬は薬を探り当てることが出来ず、レオニアは意識を失った。
ズルリとソファーからレオニアの体が落ちる。
高瀬はレオニアを支えようとしたのか、体を寄せるが、無情にもレオニアの体は床に落ち、ぐったりと動かなくなった。
「あっ、レオニアさん!えっと……どうしたら……」
成瀬がレオニアに駆け寄ろうとした時、レオニアを鼻先で突いた高瀬が吠えた。
短く、でも強く、その絶望の咆哮は、地下室に響く。
そして、壁に吸収された。
「シンさん、大丈夫です。レオニアさんは俺が……」
成瀬が高瀬に触れた瞬間、大きな前足が振られた。
守ろうとする本能だろう。
成瀬の近くにあった景色が、一瞬で遠くなる。
バンっという音と一緒に、背中の痛みと息が出来なくなった。
視界が白くなってから、落ちる感覚があって、床に足がついたと思ったら、もう一度体が衝撃を受けた。
「「成瀬くんっ!!」」
神谷の声と、龍樹の声が遠くに聞こえる。
それよりも、グルグルという唸り声が不安そうで、そばに行きたかった。
何も見えない白い視界の中、音を頼りに動こうとしたら、龍樹の声が成瀬を止めた。
「動いたらダメだ!頭を打ってるかもしれない!」
成瀬が動きを止めた瞬間、ドスドスと足音が聞こえて、ガシャンと檻に何かがぶつかった。
「シンシア、落ち着いて!」
コレットの声。
ガシャンガシャンと何度も檻に何かがぶつかっている。
「あなたが怪我をするわ!」
コレットの叫びから、高瀬が檻に体をぶつけているのだとわかった。
「シンさん……」
成瀬が何度か瞬きをすると、ようやくうっすらと視界が開けた。
高瀬が体をぶつける檻の、その向かいに龍樹が立っている。
龍樹に縋るように、高瀬は檻に体を打ち付けていた。
「抑制剤を……くれと、言ってるのか……」
龍樹は、床に膝をついた。
「ごめんね、シンシア。あなたを傷つけたくないの。誰も傷ついてほしくないから……」
カチャリと音がする方を見ると、コレットが麻酔銃を構えていた。
高瀬の目が揺れる。
ふぅふぅと短く呼吸をしながら、コレットを見つめて、受け入れるように頭を下げた。
「シンシア……ごめんね……」
コレットは引き金を引けない。
成瀬は床を這いながら、檻へと近づいていく。
そして、叫んだ。
「ダメだ!撃ったらダメです!シンさんは、俺が……」
言うことを聞かない体に怒りが湧く。
早く、シンさんのところへ、安心させてあげないと……。
ふわりと体が浮いたかと思ったら、半獣化している神谷の顔が目の前にあった。
その顔に、成瀬は少しホッとした。
動く視界の先に、ベッドに寝かされているレオニアを見つける。
良かった……
神谷は、成瀬を高瀬のところまで連れて行く。
すぐに抱きしめるように、成瀬は高瀬に腕を回した。
グルグルと唸る声が、徐々に小さくなっていった。
「大丈夫、大丈夫です。みんな無事ですよ」
神谷は二人を見下ろしながら、拳を握る。
なぜ、高瀬だけがこんなに酷な試練を与えられているのかと思っていた。
しかし、今、目の前に救いのかけらが見えている。
これを、信じたい。
「シンシア、戻っておいで。大丈夫だから」
きっと、朔夜が言うであろう言葉を、神谷はつぶやいた。
ともだちにシェアしよう!

