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第20話 「mignon」って、もう一度呼んで

 病院に向かうタクシーの中、成瀬は檻に残してきた高瀬を心配していた。  落ち着きは取り戻し、ベッドに寝かせてきたが、起きて一人だと不安じゃないだろうか。  高瀬のそばに居たいと言った成瀬に、龍樹も神谷もコレットも口を合わせて病院に行けと言った。  コレットには、泣きつかれたくらいだ。 「成瀬くん、気持ち悪くなったりしてないかい?」 「はい。大丈夫です」 「レオニアも落ち着いたって、龍樹くんから連絡きたよ」 「良かった……」  神谷は龍樹のメッセージを返しながら、隣の成瀬の様子を伺う。  不安そうな顔は、自分の体のことではないとわかっていた。  成瀬も、高瀬に似たところがある。  自分を顧みない。  しかし、一番違う所は、相手を信じられる所だろう。  信じすぎることもあるけれど。 「成瀬くんは、バレーボールをやってたんだよね」 「はい」 「シンシアもチームスポーツをやらせてみたら良かったかな」 「え?」  神谷の呟きの意味を、成瀬はわからなかったが、今度は高瀬もバレーに誘ってみようかと思った。  高瀬が戻ってきてくれれば……。 「支店長、すみませんが、明日も休ませてください」 「うん。大丈夫だよ。もう、お正月の休暇まで一緒に取ればいいよ」  神谷はこの後仕事に戻るという。  正月明けに、営業所のみんなにしっかりとお礼とお詫びをしよう。  龍樹に言われた検査項目を終え、高瀬の家に着いた時には夜になっていた。  檻の中には、変わらず虎の姿の高瀬が寝ている。 「一日、経っちゃいましたね」 「可能性の話だよ。まだ、なんとも言えない」  戻ってきた時には、おかえりと笑って迎えてくれないかと、少しだけ期待をしていた。  成瀬は、落胆した表情のまま、檻の扉を開けて入っていった。 「シンさん、どこも異常ありませんでしたよ」  話しかけ、笑いかけるが、少しだけ上手く表情が動いていない。  どんな姿でもいいと思ったけど、一緒にバレーはしてみたい。  いや、今、抱きしめてほしい。  込み上げてくるものを抑え込んで、成瀬は高瀬の隣に寝転んだ。  喉を鳴らして、擦り寄ってくる高瀬を抱き寄せる。 「シンさん、俺、やっぱり寂しいです…………」  言葉が、勝手に口から漏れてしまった。 「……シンさんと一緒にいたい。離れません。でも、シンさんの声が聞きたい。名前、呼んでください」  モゾリと高瀬の体が動いた。  成瀬は、強く高瀬を抱きしめて、唇を震わす。  言葉にしてはいけないと思ったが、声が出ていた。 「……mignonて、言ってください……」  震える声が響く。  勢いに任せて言ってしまった。  高瀬にだって、どうすることもできない事だ。  それも分かっているのに、止められなかった。  高瀬を苦しめる言葉を……。  龍樹は、ノートを閉じて出口に向かった。  壁が、涙を流すわけにはいかない。  高瀬は額に冷たいものを感じた。  じわりとそれが広がって、濡れているのだと分かった。  成瀬が泣いている。  でも、顔を見ることはできなかった。  レオニアが父親の言葉を思い出せと、必死に言っていた。 『シンシア、怖くていい。だから強くなれる。怖いから守るんだ。守るために強くなれ』  朔夜は、レオニアと家族を守って欲しいと、死の間際に小さくなった体で笑っていた。  家族……  成瀬の家の小さなウサギを思い出す。  成瀬のギブスを噛んでいた満月に、強くなると言ったのは自分だ。  満月…………  明日は満月だ。  怖いが、父の言葉通り、強くなれると証明したい。  甘えてはいけないと思っていた人達は、充分に甘えさせてくれていた。  自分の居場所は、ずっとあったのだ。  みんなのそばに居たい。  人として、愛する人たちを抱きしめたい。 「ケン……」  そう、呼びかけたかった。  喉から出る声は全く違うが、成瀬は顔を上げてくれた。  成瀬の頬に伝わる涙を舐めると、じわりと体が熱くなった。 「グゥッ……ウゥッ……グゥッアッ!」 「シ……シンさん?」  高瀬は息を詰め、何かに耐えるように背中を丸めている。  成瀬は高瀬に触れ、体の熱さに手を離した。 「龍樹さん!!シンさんがっ!!!」  大声で龍樹を呼ぶ。  檻の前にいるものと思っていたのに、見当たらない。  シーツを引っ掻き破く高瀬に、成瀬は不安と恐怖を感じる。 「シンさん、大丈夫です……俺は、ここにいます」  必死に高瀬の体を撫でるが、苦しむ様子は変わらない。 「龍樹さん!助けてください!」  声を張り上げると、入り口の扉が開いた。 「どうした?!」  龍樹が早足で檻の前まできてくれた。  高瀬の姿を見て、龍樹が檻の格子を掴んだ。 「臣が戻ろうとしてる……」 「え……」 「大丈夫、人間の姿に戻ろうとしてるんだ」 「でも、苦しそうで……」 「撫でてあげていて。体を冷やそう」  龍樹は急いで保冷剤を取りに行った。  成瀬は言われた通りに高瀬の体を撫で続け、熱と痛みが取れるように祈る。  次第に、高瀬の体の骨格が変わっていった。  綺麗な縞模様も無くなり、綺麗に筋肉のついた人の体になっていく。  耳と尻尾が残った状態で、人の体に戻った高瀬は、目を開ける。 「ケン……」  浅い呼吸の途中に紡がれた言葉は、フランス語のように綺麗な響きで成瀬の目に、涙が浮かんできた。

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