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第30話 御岳神社の神話
ヨイショーと一際大きな声が響く。若者が餅つきに加わったからだ。
成瀬は慣れた手つきで杵を振り下ろす。
合の手は金谷のおばちゃんだから、遠慮なく杵を振れた。
毎年の行事に今年も参加できたことが嬉しい。
生き生きと餅をつく成瀬を、高瀬はブルーシートの端から眺めていた。
成瀬が育った環境が一目でわかる。
自治会のおじちゃんは、一際目をひく高瀬とルルと龍樹を観光客だと思い、外国人系の顔をしている高瀬に杵を持たせたがった。
「シンさんもやりましょ」
おじちゃんたちの気持ちを察したわけではないが、成瀬が杵を持って高瀬に駆け寄ってきた。
急に言われても勝手がわからないと遠慮をする高瀬に、せっかくなら体験していけとおじちゃんたちはノリ良く高瀬を臼の前に連れていく。
「えっと……」
「振り下ろせば良いんですよ。金谷のおばちゃんがうまい餅にしてくれますから」
「やだよ、健一くん。職人みたいに言わないで」
杵の柄は意外と細い。
高瀬は折れるのではないかと、緊張しながらそっと杵を下ろした。
「なぁ、ケンチ、お前上司と仲良いな」
ブルーシートを出て、餅つきを囲む輪の中に入った成瀬は、バレー部の仲間に声をかけられる。
普通に見れば高瀬と成瀬のやり取りは上司部下ではないだろう。
「本当な。俺の上司あんなフレンドリーじゃないぞ」
「マジ羨ましい。良い職場だな~」
「あー、その、シンさんは……」
成瀬は、自分を囲む男たちの中で、ボソボソと高瀬は恋人なのだと告げた。
成瀬を中心とした円陣の空気が止まる。
「マジで……?」
「うん、マジ……」
「マジか……」
次第に円陣が崩れていく。
男たちがしゃがみ込み始めたのだ。
「何してんの?」
しゃがみ込んでいる男たちに、雛子が声をかけて不思議そうな顔をしている。
「こいつ、高瀬さんと付き合ってるんだって」
一人が言った言葉に、成瀬の顔がボッと染まり、大声で言うなと身振り手振りで慌て始めた。
「は~ん、みんな失恋したわけか」
「ちょっ、雛子!お前だって……」
「私は、ちゃんと終わらせました!」
「えっ、えっ?何?」
男たちと雛子は成瀬への気持ちの整理の付け方で、盛り上がる。
成瀬は当事者なのに、一人置いて行かれてしまった。
そこに、ルルがニコニコとしながら成瀬の肩を叩いた。
「シンシアは結構ライバル多かったのね~」
「ライバルですか?」
「ケンちゃんは本当に無垢ね~。良くも悪くも……」
ルルの言葉がわからない成瀬は首を傾げながらも、餅をついている高瀬を見る。
おじちゃんたちから、腰が入ってないとヤジを飛ばされながら、力加減をして杵を振り下ろしていた。
あっちはあっちで盛り上がっていて、高瀬が自分の地元の人と交流をしていることを成瀬は嬉しく思った。
「ねぇ、たっちゃんどこかしら?ちょっと目を離したらいなくなっちゃった」
ルルの声に、雛子が反応した。
「さっき、宮司さんの話聞いてから、本殿の裏の方に行きましたよ」
「そう、ありがと」
ルルは、龍樹を追うように本殿へと向かって行った。
そういえば、昔話を調べるとか言ってたっけ。
成瀬が思い出していると、高瀬が若干汗をかきながら戻ってきた。
「結構難しいんだな」
「力いるんです」
「あぁ、壊さないかが心配だった」
「ははっ、壊れないですよ」
額の汗を拭いながら成瀬につられて高瀬も笑う。
二人の笑顔が、二人だけの空間となって冬山の冷たい風にも負けないくらい暖かそうに見えた。
「あれはマジだな」
「だな」
「マジか~」
バレー部の男たちは少し離れたところから、幸せそうな成瀬の顔を、それぞれの気持ちを胸に眺めていた。
そんな男たちを横目に見て、雛子は成瀬と高瀬のそばに駆けていく。
「龍樹と豪は?」
「あ、なんか本殿の裏に行きましたよ」
「なんでそんな所に」
「昔話って言ってたやつですかね?」
高瀬がそういえばと思い出した時、雛子が低い位置から尋ねてきた。
「昔話って、山神様の?」
「雛子知ってるの?」
「図書館の紙芝居で子供の頃やってたでしょ」
「俺知らない」
「えー、みんな知ってるもんだと思ってた」
雛子とは高校からの友達だ。
しかし育った地域は同じだから、同じ図書館を利用していたはずだと雛子は言う。
「その話、教えてくれませんか?」
高瀬のお願いに、雛子は悠々と語り出した。
昔々、山神のいる山には、満月の夜になると凶暴化する獣が、集まった。
山神はその獣たちを鎮めようと、生け贄を捧げることにした。
しかし、生け贄として選ばれた村の子供は、あまりにも儚く無垢だった。
獣たちの為に身を捧げようとする献身的な姿に、山神は心を打たれる。
そして、その生け贄の子供に、神の力を与えた。
自分の体を捧げずとも、獣を落ち着かせられる手を得た子供は、獣と心を通じさせ、山の平和を守り、幸せに暮らしましたとさ。
ー御岳神社の神話よりー
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