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第36話 かつての獣人社会、未来に繋いでくれた想い
金谷のおばちゃんは、店の客足を見て、ゆっくり出来そうだと思ったのだろう、美幸が持たせてくれたおにぎりをテーブルに広げ、よかったら食べなさいと勧めてくれた。
成瀬は早速一つ手にとる。
「忙しい時に申し訳ございません。仙吉さんの親友と言われていた獣人の方についてお聞きしたいのですが」
龍樹は単刀直入に聞く。
「良吉おじさんだね。この写真の人だよ」
おばちゃんは、先ほど手を合わせていた遺影を指して、教えてくれる。
「どんな人だったんですか」
「とにかく、優しかったね。私の爺さんの養子だって聞いていた。だから、私とは血の繋がりはないんだ。でもね、いつも優しく笑っていて、足が不自由だったから、何か手伝うと小さなお菓子をくれたんだよ」
「足が?」
「あぁ、なんか小さい頃に怪我をしたって聞いたよ。山でね。おそらくだけど、おじさんが小さい頃は、満月になったら山に行っていたんじゃないかな。そういう風習があったことを聞いたことがあるから」
「仙吉さんが、半獣化を抑えていたんじゃ無いんですか?」
「そうだよ。でも、それは大人になってからだったんじゃないかな。半獣化を抑えられるなんて神話の話を、信じる大人が居なかったって聞いたことがある」
「そうか。神話の力は信じられてなかったのか……。初めは、本人たちも力を分かってなかった可能性もあるな」
「そうだね。でも、私が覚えてる限り、満月の夜は決まって、仙吉爺さんが離れにあった良吉おじさんの部屋に来てたね。朝までずっと」
「朝まで?」
成瀬はおにぎりを頬張りながら、仙吉の意外な事実を知って驚いた。
仙吉は、成瀬のお婆さんと結婚し、成瀬の父が生まれ、そして成瀬たち兄妹が生まれている。
満月のたびに朝まで一緒に過ごしていたとは、どういう関係だったのだろうか。
チラリと高瀬を見れば、何事もないようにその話を聞いていた。
「他愛のない話をしているだけだって、仙吉爺さんは言っていたね。良吉おじさんとは、子供の時からの付き合いで、この家に引き取られる前から知っていたみたいだし、兄弟みたいなものだったんじゃないかな」
「あ、そうか……」
一晩二人きりだとしても、そこにどんな感情があるかは二人の関係次第だ。
満月の夜に衝動が強くなるとは言え、必ずしもそういった行為が必要なわけではない。
成瀬は自分が思い浮かべたことを少し恥ずかしく思った。
昨日から、ルルと龍樹にあてられているのだ、その思考は仕方ないだろう。
「仙吉さんは、良吉さんを撫でて落ち着かせていたんですか?」
龍樹は、疑問が浮かぶままに質問していく。
おばちゃんも、分かる範囲で答えてくれているようだ。
「おそらくだね。私は実際に半獣化した良吉おじさんを見たことがないんだ。足が悪くてほとんど離れから出てこなかったから」
「仕事はされていたんですか?」
一人で動くこともままならない状態なら、当時の環境を考えればかなり家族の負担になっていただろう。それでも離れの部屋に置いているということは、収入はあったはずだと龍樹は考えた。
「彫刻家だよ。石像とか、色々ね。これも、見たことはないからわからないけど、爪や牙も使っていたんじゃないかって聞いたことがある」
「彫刻……見せていただくことはできますか?」
「多分、もう見てると思うよ。神社の裏の祠にある狛犬みたいな獣の像。あれは良吉おじさんの作品だ」
「えっ?!」
高瀬が身を乗り出して驚いた。
あの石像で、半獣化したばかりか、何か強い意志を感じたからだ。
良吉という人物がどういう人だったのか、詳しく聞きたいと高瀬はおばちゃんに詰め寄った。
「詳しくって言われても、今言ったことぐらいだね。とにかく優しい人だったよ。私の爺ちゃんも、兄弟として育った父さんも、良吉おじさんには結構冷たかったんだ。それでも、この家が好きだと言っていた。この土地にいられることが、救いなんだって」
「土地……」
「多分、仙吉爺さんのことなんじゃないかと思うんだけどね。足が不自由なら、療養所とかの方が不便は無かっただろうに、ここに居たがっていたんだ。家族の冷たい態度にも、優しく笑っていたよ。獣人は怖いだなんて父さんは言っていたけど、私はそうは思わなかったね」
「おばちゃん……」
成瀬は、自分の育った場所に獣人は居ないと思っていたが、ずっと一緒に暮らしていた人がいた事を知って嬉しくなった。
そして、獣人に理解がある。
良吉がどんな人だったのか、遺影の優しい笑顔そのものだったのだろう。
「当時、獣人は良吉さんだけだったんですか?」
「そうだね。この辺りには大昔は多かったって聞いたけど、私が生まれた時にはもう良吉おじさんだけだった。獣人の人には生きづらい時代だっただろうしね」
ルルが、暗い顔をして俯く。
龍樹がそっとルルの手を握り、高瀬に強い視線を送った。
そして口を開く。
「良吉さんは、どうして亡くなったのでしょうか」
最悪の答えも覚悟しての質問だろう。
高瀬の顔に陰りが出るが、龍樹は高瀬と視線を合わせ、強く頷いて見せた。
成瀬も、ゴクリと息をのむ。
「何もないよ。病気さね。病院を嫌う人だったから、拗らせたんだ。最後まで家にいることにこだわっていたよ」
「じ、爺ちゃんは?病院に連れて行こうとしなかったの?」
聞けば、かなり大事な人では無かったのか。
成瀬は仙吉が何をしていたのか気になった。
「何だろうね、多分、一回は病院に行けって言ったとは思うよ。そんなことを言ってた。でも、良吉おじさんに言い伏せられたんだろうね。あいつの好きにしたら良いって言ってたかな」
「そんな、見放したみたいじゃん」
「違うよ。うーん、多分ね、信頼とか?それが愛情だったんじゃないかい?」
「うーん?」
「他人にはよくわからない感情ってあるもんなんだよ」
おばちゃんは、笑いながら成瀬の湯呑みにお茶を注いでくれた。
「仙吉爺さんは家族を大事にするだろ?そういう間柄だったように思うよ、私は。だから、自分の気持ちよりも、良吉おじさんの気持ちを大事にしたんだ」
「爺ちゃん……」
成瀬は不器用な優しさを思い出す。
きっと、引きずってでも病院に連れて行きたかったはずだ。
泣きそうになるのを堪え、拳を握った。
高瀬はそっと成瀬の背を撫でる。
「あーね、そうだ。良吉おじさんの彫刻を持って帰ってくれないかい」
「彫刻?」
「仙吉爺さんの為に作った最後の作品なんだけどね、仙吉爺さんは要らないって言うんだよ。でも、きっと良吉おじさんは持っていてもらいたいと思ってると思うんだ。こっそり居間の隅にでも飾っておいてくれないかい」
そう言って、おばちゃんが持ってきたのは、三段お重くらいの大きさの木彫りの彫刻だった。
「狼?」
「犬だって言ってたよ」
「じゃあ。こっちは?」
「さぁ、聞いておけばよかったね」
彫刻には、犬が満月に向かって遠吠えをしている姿と、柔らかい輪郭の達磨のようなものが彫られていた。
まるで、犬が達磨を守っているようだ。
「いい、彫刻ですね」
高瀬が呟いた。
犬の優しさと、達磨の優しさを感じて、幸せな気持ちになったのだ。
「そうなのかい?私には芸術はわからないけど、ここに良吉おじさんのサインも掘られてるから、これには価値があるよ」
「そうなの?」
「あぁ、最近少しづつ良吉おじさんの作品に高値がつくようになって来たんだ。ま、でもそのお金は全部寄付をするように遺言で言われてるけどね。なんか、どっかの山奥で獣人の薬を作ってるらしいね。そういう研究機関があるんだろ?そこに全額送られてるよ」
龍樹の表情が変わった。
自分が今、研究できているのは良吉のおかげなのかもしれない。
握ったままのルルの手をそっと離す。
そして、遺影に向かって手を合わせた。
良吉は、市場に出回り始めた抑制剤に未来を見て、獣人たちの為に遺言残したのだ。
優しいだけで出来ることでは無い。
高瀬も、ルルも、龍樹に倣って手を合わせた。
成瀬は、彫刻を抱きしめ、遺影に微笑んだ。
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