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第37話 先達の想い、我慢できない思い

 金谷のおばちゃんからおせちと天ぷらをもらって、良吉の彫刻を乗せたら、後部座席はいっぱいになってしまった。 「これは、通常の量なのか?」 「そうですね。多分」 「ははっ、成瀬さんちは人が多いからね。健一くんが人を連れてくるからって、美幸さん張り切って注文してたよ」 「でも多分すぐ無くなっちゃうよ」 「足りなかったら、明日の餅撒きでたくさん餅を取るしかないね。明日はどこの店もやってないから」  成瀬と金谷のおばちゃんは笑い合っているが、高瀬はよくわからなかった。  餅撒きという単語は聞いたことがあるが、何をするのかは知らない。  正月に一件も店が開いてない地域も初めてだ。 「私たち、神社に寄ってから帰るわ。なんか、たっちゃんがあの祠、気になるんだって。シンシアは来ない方が良いだろうから、このまま歩いて行ってくるわね」 「祠じゃない。狛犬の方だ」 「わかった……俺も、もう一度くらい会っておきたい……かな……」  珍しく、高瀬が自分の気持ちを言葉にした。  小さな声で、聞き取れるか微妙な大きさだ。 「シンさん……」 「いや、迷惑になるな。何でもない」 「じゃあ、明日行きますか?初詣!神社までなら大丈夫でしょ?」  成瀬の提案に、高瀬は微笑み成瀬の頭を撫でた。  本当は強く抱きしめたいが、店先では成瀬が嫌がるだろう。  手を離すと、物足りなそうな顔が見上げてきて、高瀬が驚いた。  抱きしめて良いのなら、そうしようかと手を伸ばしたら、金谷のおばちゃんがもう一つお重を持ってきた。 「これは、サービスね」 「わっ、胡桃みそ?!」 「餅たくさんもらって食べな。神様の力がもらえるからね」 「なんかそんなのあったね。みんな喜ぶよ、ありがとう」  会話が弾む成瀬とおばちゃんに、高瀬は広げた腕を閉じて、助手席へ向かった。  ルルは真剣に石像を調べる龍樹を後ろから眺めている。  夢中になって何かに没頭している時の龍樹の背中が好きなのだ。  昔から、教室の後ろの席から、ずっと見ていた大好きな背中だ。 「豪、この石像の目を見て、何か感じるか?」 「え?んー可愛い」 「そうか」  ルルの返答は間違っていたらしいが、龍樹は特に気にすることなく石像の裏手に回る。  そして一点を見つめ、生えている苔を指で擦り始めた。 「の、ら、き、ち?」  石像には、サインが彫られていた。  と言うことは良吉のサインだろう。  さっきのサインは、よく見る前に成瀬が彫刻を抱きしめてしまったから、良吉の作家ネームを確認することはできなかった。 「何してんだ」  ルルと龍樹が石像を眺めていると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。  仙吉だ。  何でこんな所にいるんだと言わんばかりの不機嫌さに、仙吉がここに来ていることを知られたくなかったのだとルルは察した。 「あ、可愛い像だなって思って。ここに、文字も彫ってあるから、作った人の名前なのかなって話していたんです」 「あ?あーまぁ、名前ってか悪口だ」 「え?」 「見終わったなら帰れ。獣が出るぞ」  仙吉はそう言うと、胸元から小さな握り飯を取り出して、祠に供えた。  そして、綺麗に手を合わせしばらくの間、拝んでいた。  ルルと龍樹は、そっと仙吉の横をすり抜けて、神社へと降りていく。 「さすがに、壁にはなれないな」 「やめなさいよ!」 「なぁ、あの小さいおにぎりを食べたら、神の力が手に入ったりしないか?」 「その仮説で本当に良いの?」 「………………豪は鋭いな」 「何年も見て来てるからね」  美幸の軽自動車は、小回りが効く。  成瀬は母屋の台所の裏に車を停め、そのまま勝手口から荷物を運び入れた。 「胡桃みそ貰ったの?」 「うん。餅たくさん食べなだって」 「餅もいいけど……つけそばにして胡桃ダレもいいわね」 「いいねっ!あ、でも餅でも食べたいな。そんなに量ある?」 「そばは天ぷらもあるし、胡桃ダレは少しにすれば明日もまだ残るでしょ」  夕飯のメニューが決まって、美幸は早速取り掛かり始めた。  高瀬はとりあえず、大量のおせちを運び入れ、彫刻をそっと成瀬に渡した。  成瀬は彫刻を居間へ運ぶが、どこに置くのがいいかと見渡す。  仙吉がよく座る場所の隣にある食器棚に、ちょうど良い隙間があった。  見つかるかも分からない場所へ、仙吉の事を彫刻の犬が見ていられるように位置を調節して、こっそり置いておく。  イタズラを仕掛けたみたいな気分になり、成瀬はにんまりと笑った。  台所へ戻ると、美幸が高瀬に何かを食べさせていた。  美幸が持つ箸から、高瀬の口に運ばれる料理……。  成瀬の中に何かが渦巻いて、ムッとした。  美味しいですと笑う高瀬の腕を、何も言わずに引っ張って勝手口を出た。 「どうした?」  口の中のものを咀嚼しながら高瀬は何事かと聞いてくる。  聞かれたって成瀬にも分からない。 「車、駐車場に戻しますから、乗ってください」 「え?」  駐車場としている屋根付きの倉庫は目と鼻の先だ。  わざわざ乗るまでもないと訝しむと、成瀬が助手席のドアを開けた。  渋々乗り込み、駐車場まで行く。  多少車体が曲がっているのが気になるが、成瀬は駐車場に軽自動車を入れ込んでエンジンを切った。 「何怒ってるんだ?」 「怒ってなんか……」 「怒ってないか?」 「…………わかりません」 「何かしたか?」 「いえ」 「じゃあ、何かして欲しいのか?」  成瀬の動きが止まり、高瀬の方を向いた顔は、期待をした表情だった。  その表情だけで何をして欲しいのかはわかる。 「ケン、お前の実家だぞ?」 「シンさんの実家でもしました」 「…………でもな……」 「ルルさん達だって……」 「あれは真似しようとするな」  狭い軽自動車の中少し手を動かすだけで、高瀬の腕に触れる。  誘うように腕を撫で、そこから高瀬の太ももまで手を這わす。 「だめ?ですか?」 「……我慢してるんだ。帰るまで待てないか?」 「もう、無理……です……」  成瀬の潤んだ瞳に吸い寄せられるように、高瀬は唇を重ねた。

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