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第8話 欲求不満で出発した次の目的地、即・食われかけた

 翌朝、蓮は固いパンを千切りもせずに齧った。  マナーが悪いが気にしない。 「なんだ?寝起き悪いな」  そう言って笑うバルドから顔を背けて、ノーティスのレストランの綺麗な庭を眺める。  外は清々しいほどに晴れていて、花々は瑞々しく朝露に揺れている。 「バルドは童貞を大事にしたんだな」  ノーティスは朝食のスクランブルエッグをテーブルに乗せた。  途端に良い香りがたちこめるが、その皿はほぼテーブルと同じ大きさだ。 「もう童貞じゃないですよ」  バルドは照れ笑いをしながらスクランブルエッグに手を伸ばす。 (いや、まず量おかしいだろ)  ノーティスは同じテーブルに腰掛け、蓮にスクランブルエッグを取り分けた。 「いーや、バルドは守ったんだろ?」 「何をですか?」  ノーティスが何を言いたいのか、蓮は問いかける。 「ははっ、蓮だよ。強い獣はまず、制御できることを覚えないといけない。だから童貞を守らせた」 「ん?」 「蓮が無事で良かった」  笑うノーティスに、蓮はさらにイライラした。  昨夜、マフマフに酔ったバルドは、蓮を守るどころか、何もせず寝た。  ただ寝たのだ。 (無事じゃねぇし。ムラムラし過ぎて禿げそうだし) 「どうせ俺は、マフマフの代替え品なんで、本物には勝てないんですよ」 「ははははっ!」  ノーティスの笑い声が響く中、バルドが慌ててフォローする。 「蓮の香りは蓮だけだ。俺はマフマフより蓮が好きだぞ!」 「なら抱けよ!あの修行ができるなら、もうヤれんだろ!」  蓮の勢いに、バルドは黙る。昨晩は我慢をしたと言うよりかは、マフマフに酔って強制的に眠らされたからだ。  それは蓮にもバレているのだろう。 「なんだ、蓮は抱いて欲しかったのか」  ならバルドを襲えば良いものをと、ノーティスはニヤニヤと呟く。 「し、師匠!そんな事されたら我慢できるか……」 「もう、優しく抱けるんだろ?だから蓮が抱いて欲しいんだ」 「……っ……」  ストレートなノーティスの言葉に、蓮の顔は赤くなり、言葉を失った。 「あ……蓮、じゃあ、今からじっくり一回だけ、ベッド行くか?」  バルドも頬を染めながら、蓮へ手を差し伸ばすが、その手は弾かれた。 「ふざけんなっ!サクッと一回で満足しろ!何時間かけんだよ!」  サッと席を立つ蓮に、ノーティスは笑いながら、そうだったと、一枚の紙を渡してきた。 「今日はワイナリーに行くって言ってただろ、紹介状だ。俺の友人がやってるとこなんだ。これを見せたら優遇してくれるだろ」 「あ、ありがとうございます!なんの連絡も取れなかったので助かります!」 「面白そうなものなら俺のレストランにも卸せって言ってきてくれ」 「はい!おいバルド、行くぞ!」 「あ、あぁっ!師匠、ありがとうございました!」 「おう、欲に負けるなよ!」  蓮とバルドは大きな門を出て、ワイナリーへと出発した。  駐車場では案の定、お婆婆が騒がしく見送ってくれ、しばらく離れるまで結婚行進曲は聞こえていた。  いよいよ、新婚旅行に出発したような気分に強制的にさせられる。 「バルド、ここ進んで大丈夫だと思うか?」 「あー、大丈夫じゃないか?多分」  赤いオープンカーは、二股の道で止まっていた。  右手は暗い日陰だが、道幅もあり、穏やかな起伏の道、左は明るく太陽が差し込んでいるが、よくわからない植物が蠢き、道は狭く途中から途切れているように見える。  おそらく、急な下り坂なのだろう。    助手席のバルドナビは、左の道を進めといっている。 「魔物、出ないよな?」 「出ないだろ~」  能天気に笑うバルドに、蓮は不安気にバルドの右腕を握る。 「い……痛い、蓮……」 「水圧には耐えていたのにか?この腕が治ってないことが不安なんだよ。何かあったら俺はお前を置いてでも逃げるからな?」 「ははっ、あぁ、そうしろ」  バルドはカラッと笑って、絶対に死ぬなよと付け足した。 (死ぬ危険がありそうな道ってことか?)  蓮は、ビビっても始まらないとギアを入れ、クラッチを離した。  ゆっくりと進む車に、道に這っていた植物が避けていく。  どうやら轢かれるのは嫌なようだ。  いや、道を開けてどこか違う道へと誘導されているのだろうか。  上からぶら下がっている果実のようなものから、ポタリと液体が落ちてきて、土がジュワッと音を立てた。 「な、なぁ。あれ、触ったら溶けるのか?」 「溶けるかもな。土が変色した」  ギュンと車のスピードが上がり、バルドは突然のことに体勢を崩す。 「蓮、スピード出しすぎだ」 「溶かされてたまるかっ!もうここは植物の腹の中かもしれない!」 「下り坂だぞ、危ないだろ!」 「まかせろ、サーキットならやったことある」  しかし、車は突然急停止する。 「うおわっ!」  バルドはシートベルトに固定され、止まった反動で、ヘッドレストに頭をぶつけた。  顔を上げれば、前は壁だった。  下り道の下に壁があるなんて、衝突しろと言うようなものだ。ぶつからなかったのは蓮のテクニックだろう。 「まずい……」  後ろを見れば、さっきの植物がジリジリと迫ってきていた。 「クロップがいれば良かったな。こいつらを焼き払えるほどの火力は今難しいぞ」  蓮は、ハンドルを握り、息を詰めた。 「……よし、バルド、囮作戦だ。降りろ」 「おう」  シートベルトを外そうとするバルドに、蓮はまた掴みかかる。 「い、痛い……」 「待て、待て待て待て。俺が一人になる」 「蓮……大丈夫だ。守ってやるから」 「どうやってだ!」  必死な様相の蓮を、バルドは優しく抱きしめる。 「ハンドルをまっすぐにして、アクセルを踏み込めよ。絶対に振り返るな。来た道なら戻れるだろ」 「バルド……」  バルドが車を降りて、蓮はハンドルを持つ。なかなかアクセルを踏み込めないでいると、バルドが叫んだ。 「いけ、蓮!」  弾かれるように踏み込もうとした瞬間、壁の上から声がした。 「お客さんですか?」  見上げれば、熊のような形のシルエットが壁の上から見下ろしていた。

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