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第3話「粗悪品」※
「それで……」
レオンは隣の椅子に腰掛けると、落ち着いた様子で僕に問いかけた。
「薬士長の話はなんだったんだ?」
その言葉に、カップを持つ手が一瞬止まってしまった。
「んー……」
言い淀む僕に、部屋の空気がにわかに張り詰めた。何と答えればいいか、思わず迷ってしまう問いだった。
王族からの依頼内容は──他言無用なのだ。
「あ、そうだ」
突然、ミレイユがポンと手を打った。僕たちは、同時にミレイユへ視線を向けた。
「私、事務に用事があるのを忘れていました。レオンさん、私は先に部屋に戻っていますね」
ミレイユの明るい声で、張り詰めていた空気が和らいだ。
「ミレイユ、事務に行くならついでに製造部に申請書を届けてもらえないかな」
僕は、先ほどグラーツ部隊長から預かった申請書を彼女に手渡した。ミレイユは僕から申請書を受け取ると、にこりと笑って扉に向かった。
「アベルさんにお仕事を頼まれるなんて、今日はいい日になりました。ふふふ……」
ひらひらと手を振って部屋から出ていく彼女を、僕とレオンは静かに見送っていた。
「ミレイユに気を遣わせちまったな」
「え?」
聞き返す僕に、レオンは困ったように笑った。
「たぶん、自分が聞いちゃいけない内容だと思って、俺らだけにしてくれたんだ」
レオンの説明を受けて、ようやくミレイユの意図を理解した。なるほど、彼女の気の回し方には感心するばかりだ。
すると、レオンはギギッ、と椅子を引き寄せ、前のめりになって小声で話を続けた。
「それで、薬士長の話だが……何か言えない理由があるんだな?」
その確信めいた言葉に、僕は目を見開いた。
「素晴らしい考察力だね。その通りだ」
「なるほどな。それだけ聞けば、何となく察しはついた」
レオンは頬杖をつくと、大袈裟に息を吐いて僕を見つめた。
「お前、大丈夫か?ただでさえ忙しいだろ?」
彼の柔らかい声に、僕は困ったように笑ってしまう。
「僕だけじゃないさ。魔法薬士は皆忙しい。ただ……大丈夫か、という問いにはうまく答えられない」
僕は、依頼内容を頭の中に思い浮かべる。
──王族依頼の副作用なしの催淫剤。
それを一ヶ月半ほどで開発しなければならない。期限が短すぎる。しかし、文句を言える相手ではない。
今はまだ、嘘でも“大丈夫”と言える状況ではなかった。
「まぁ、なんだ……」
重たい空気をかき消すように、レオンが明るく声を出した。
「大変だったら手伝うから、何でも言えよ。あと、メシだけはちゃんと食え」
彼の優しさに、胸の奥がスッと軽くなる。
「うん、わかった」
「そんで、ちゃんと服を着ろ」
「……その話はさっき解決しただろう」
「してねーよ!」
レオンが必死に世話を焼いてくれるのが可笑しくて、僕は声を出して笑った。
日が暮れ、廊下に魔光ランプが灯る頃。研究室に一人残った僕は、机の上の小瓶をじっと眺めていた。ガラスの小瓶の中で妖しく微発光する薄ピンクの液体。
──催淫剤。
これは、闇ルートで流通しているという粗悪品だ。騎士団の押収品の中から、検査目的と言って手に入れてきた。実際、押収品を検査することも魔法薬士の仕事だ。今回のことで問題が起きることはないだろう。
僕は小瓶の蓋を開けシャーレに数滴垂らすと、すぐに小瓶に蓋をした。マスクとゴーグルで保護しているが、匂いだけでも影響を出す可能性があるため細心の注意を払う。あらかじめ調合しておいた試験薬を試験管ごと手に取り、シャーレの上に数滴垂らす。すると、薄ピンク色が透明に変色し、シュッと小さな音を立て、跡形もなく霧散した。ここまでの作業が順調に進み、僕はほっと胸をなでおろした。
催淫剤の主薬であるダークスネークの毒に対して、その抗体から精製した試験薬の有効性が確認された。つまり、この試験薬を使えば、副作用が発現しても症状の沈静化が有効である可能性が高い。だが、これはあくまで副作用への対策であり、決して“副作用なしの催淫剤”ではない。
今は霧散して空になったシャーレを見つめて、小さく息を吐いた。
「さて……」
僕は丸椅子から立ち上がると、マスクとゴーグルを外し机の上にそっと置いた。そして、催淫剤の小瓶と試験薬を試験管立てごと手に持ち、部屋の隅にある簡易ベッドへと足を向けた。それらをサイドテーブルに並べ、軋むベッドに腰を下ろした。
現在20時10分。僕は今から、僕自身を検体として臨床試験を開始する。
まず左手首に魔力測定器を取り付け、体内の魔力が正常な数値であることを確認した。そして、僕は小瓶を手に取り慎重に蓋を開けた。僅かに香る甘い匂い。指先に力が入った。
「……んっ」
小瓶を口に運び、ゆっくりと煽った。
……5秒……10秒……15秒。秒針が20秒を過ぎた時だった。
──ドクンッ!
「……っ!?」
胸の奥から大きな衝撃に打たれた。次に感じたのは、体の火照りと僅かな息苦しさ。
「はぁ……はぁ……」
額に手を当てると、じんわりと汗をかいていた。手が震え、視界が霞む。しかし、なぜか思考だけはクリアに感じていた。
その時、下半身の疼きを感じた。手を伸ばし、僕は目を見開く。
「……これは、確かに強力だ」
既に、僕の股間は勃起していた。
「なるほど……はぁ……毒の初期症状に酷似している」
催淫剤の効果が現れたこの瞬間、僕はサイドテーブルの試験管を手に取ると、勢いよく試薬を口に流し入れた。これで深刻な副作用は避けられるはずだ。
「はぁ……うっ……あ……」
それでも催淫剤の効果は弱まらなかった。もはや、性的興奮は理性で抑え込める段階では無くなっていた。
──もう、発散したくて堪らない。
僕は白衣の前をはだけさせ、持ち上がっている下着を少しずらした。硬く脈打つ陰茎を掴むと、堪えきれず手を上下に動かす。
「ああっ……!」
思わず大きな声を出してしまう。僅かな刺激でも、全身が電流に打たれたように震えた。
「はぁ……ぐっ……すぐにっ、達してしまう……」
全身が熱い。呼吸が浅い。自分の声が、どこか遠くから聞こえるようだ。今の僕は、手の中で脈打つ熱を、夢中で擦り上げることしかできない。意思とは無関係に膨れ上がる欲望に、理性などとうに焼き切れていた。
「はぁ……はぁ……んんっ、あ……イクっ……イ……あ、あああああっ!」
苦しいほどに溜まった中心の欲は、喘ぎとともに空中に放たれた。気づいた時には、白濁した液体が床に散っていた。
「うぅ……あっ……ま、まだ……」
手のひらを覗くと、果てたはずの陰茎が未だ硬さを保っていた。──催淫剤の効果が強すぎる。
射精によって僅かに取り戻した理性に、また手に負えない欲望が覆い被さってきた。僕は熱を発散させようと、再び手を動かそうとした──その時だった。
「大丈夫ですか!!!」
大きな声とともに、研究室の扉が勢いよく開かれた。
振り返った先。大きく開かれた扉の向こうで、息を切らした銀髪の男と目が合った。
「グラーツ部隊長……」
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