5 / 6

第5話「共同研究」

「あなたでないと、駄目?……その理由を教えてください」 釈然としない表情で、グラーツ部隊長は僕を見つめる。彼から視線を逸らすことなく、僕は説明を始めた。 「その理由は、魔法薬の作用の性質によるものだよ」 「作用の性質……というと。魔法薬は魔力に干渉する、ということですか?」 彼の的確な返答に、思わず頬が緩んだ。 「さすがだね。体内魔力への干渉が、魔法薬の作用の特徴だよ。つまり、魔法薬の効力は、体内魔力量によって変動するんだ」 「体内魔力が多ければ効力も大きく、少なければ効力は小さいということですね」 「その通りだよ。そして、その変動は効力だけでなく、副作用にも当てはまるんだ」 僕の言葉に、グラーツ部隊長はピクッと眉を動かした。彼の反応に小さな喜びを感じながら、僕は話を続けた。 「僕の体内魔力保有量は、約一万マナ。わかりやすく言うと、王族並みということさ」 「一万マナ……」 具体的な数値に、彼の喉が僅かに上下した。驚くのも無理はない。騎士団長クラスでもその数値には到底届かない。僕の計り知れない魔力量に、恐怖を抱かせてしまったかもしれない。 「話を戻すと、僕が検体になる理由は、魔法薬の副作用を確実に発現させ、その副作用への対抗策が有効だと確定するためだ」 言葉を失ってしまったかのような彼に対して、僕は淡々と結論を告げた。 「僕の研究テーマは、『副作用なしの魔法薬』なんだ。つまり、僕の研究には“僕”が必要なんだよ」 「あなたで副作用が現れなければ、他の人でも安全に使用できるということですね。だから、自分を検体にしてずっと研究を……」 グラーツ部隊長は拳に力を入れて、言葉を詰まらせた。 「それならば余計に一人で試験をしてはいけません。何かがあってからでは遅いのですよ」 苦しそうな表情で告げる彼に、僕はそこでようやく彼が心配してくれているのだと気がついた。 「そ、そうだね。うん、グラーツ部隊長の言うことが正しい。一人で試験するのは、危険な行為であったかもしれない。しかし、今回ばかりはそうも言っていられなくて……。実は依頼内容は極秘扱いなんだ」 「極秘扱い?……それなら、私を補助につけてください」 「え!?いや、それはどうだろうか……」 身を乗り出して提案する彼に、僕は慌てた。王族案件の魔法薬研究を、無関係の彼に手伝わせるわけにはいかない。 「事故とはいえ、私は既に研究内容を知ってしまいました。もちろん、騎士の名にかけて口外もしません。私が適役なのではないですか?」 「う、うーん……それは、僕としてはありがたい話だけど……」 彼の言葉に説得力があったせいで、僕はしばらく悩む羽目になった。 「でも、騎士のあなたに研究の手伝いなどさせるわけにはいかないよ。それなら、誰か他の魔法薬士に頼……」 「それはいけません!!!」 グラーツ部隊長は突然席を立ったかと思うと、食い気味に声を張り上げた。僕は大きく体を震わせて、目の前に立つ彼を見上げた。 「な、何か気に触ることでも?」 「あ、いえ……大きな声を出してすみません。しかし、他の誰かに頼むのは、その……あまり良くないかと。私にしていただけると、とても助かると言いますか……」 いつも要領よく明確に返答をする彼にしては、明らかに不自然な態度だった。あまりにも必死な様子だ。僕にはそうまでして研究に関わりたい理由があるように思えた。 そして確信した。──この研究は、彼にとって他人事ではないのだと。 「グラーツ部隊長は、催淫剤研究に興味……もしくは何かしらのメリットがあるのでは?」 僕の言葉に、彼は顔を真っ赤にすると落ち着きがなくなった。どうやら、僕の予想は当たっていたらしい。 「騎士のあなたが魔法薬学に明るく、そして研究に興味を持ってくれることを嬉しく思うよ。是非、研究補助の希望理由を教えて欲しい」 「そ、それは……」 手を開いたり閉じたりを繰り返し、落ち着かない彼の次の言葉を、僕はにこやかに待った。 「わ、私は……その……」 「なんだい?」 「わ、私は……一人で自慰ができないのです!」 思っても見なかった彼の発言に、僕の理解が追いつかなかった。冗談を言ったのかと思ったが、彼の表情は至って真剣に見える。それがまた僕を混乱させた。 部屋の隅で、火にかけたお湯が沸騰している音が聞こえた。小刻みに震える彼と、理解しようとする僕の間には、僅かな静寂が訪れていた。 「……ん?じい?自慰と言ったのかい?」 「はい。自慰です」 どうやら、聞き間違いではないようだ。僕は改めて、彼の言葉の真理に挑んだ。 「部隊長は、何かの病に苦しんでいるのかな?」 「いえ、病ではないのですが……」 僕は、口元に指を当て、深く考え込んだ。しかし、“一人で自慰ができない”という言葉の意味が、どうしても頭の中で噛み合わない。それでも、どうにか答えを見つけようと、僕は必死に言葉を探した。 「もしや、自分一人では発散できない性欲に困っているのかい?」 「えー……っと、はい。そんな感じです……」 「つまり、あなたは催淫剤研究の補助をしながら、催淫剤で性欲の発散をしたいということかな?」 「そ、そうです!はい、まさに!それです!」 ようやく答えに辿り着いて、僕は謎の達成感を感じた。僕が答えに辿り着くと、彼は体を乗り出すようにして口を開いた。 「ですから、魔法薬試験に私の体も使ってください。私は騎士団でも魔法に特化した訓練を受けています。魔力量も少なくありません。もちろん、あなたに無闇に接触することや、無体を働くことは絶対にしません。それに、単純に検体のデータは多い方が良いのではないでしょうか?」 「……なるほど。それは確かに、お互いに合理的と言える」 騎士団の部隊長の魔法薬データが取れるのは、正直僕としても嬉しい話だ。彼自身もこんなに参加したいと言ってくれている。僕は、決意を固め彼を見上げた。 「グラーツ部隊長の好意に感謝するよ。是非、僕の研究の手助けをお願いしたい」 僕は自然と顔を緩め、彼のゴツゴツとした左手を両手で包んだ。彼は僕に触られ一瞬たじろいだように見えたが、すぐに両手で握手を返してくれた。その両手は僕の両手より、ずっと熱く、そして僅かに震えているようだった。 「はい。ヴァイス魔法薬士様のために誠心誠意を尽くします。こちらこそ、よろしくお願いします」 「あはは、あなたは大袈裟だね」 僕が笑うと、無表情な彼の頬も僅かに赤くなった気がした。 そして、この日から祝賀会までの五十日間、僕たちの奇妙な共同研究が始まった。

ともだちにシェアしよう!