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第6話「美しいひと」ーヴァルター視点ー

一年前の王国主催の祝賀会。王都では珍しく雪が降り、来賓の馬車が立ち往生する騒ぎまで起きていた。華やかな会場には、どこか慌ただしい空気が漂っていた。 この年に街道沿いの魔獣討伐が成功し、俺は騎士団第3部隊副隊長として、初めて招待を受けていた。 「俺は方々に挨拶に行ってくるが、いいか?」 隣からワインを片手に、ガルド第三部隊長が声をかけてきた。 「はい。私はここで待機しています」 「待機って、お前な……。まあ、いいか。少しは楽しめよ」 そう言って、部隊長は群衆の中に消えていった。俺は全く減っていないワイングラスをただ右手に持ち、柱の横で姿勢を正していた。 本来ならば、部隊長だけの参加で良かったはず。彼は侯爵家の出身で、王国主催の社交場にも慣れている。いくら部隊で活躍したからといって、子爵家次男の俺なんか場違いにも程がある。そもそも、俺は社交界が大の苦手だ。爵位の低さから同年代の貴族からは軽んじられ、女性からは見向きもされない。……まあ、それは俺の見た目のせいでもあるが。とにかく、人の欲や醜聞が渦巻く貴族の集まりというものを、俺は好きにはなれなかった。 騎士団の方々に挨拶をしたら、先に帰らせてもらおう。 そう思い、一歩踏み出そうとした時だった。 「こんばんは。あなたは、騎士団の方ですか?」 すぐ隣から声をかけられた。そこには、流れるような茶髪を後ろで一つに結んだ、儚い印象の男性が立っていた。その凛とした佇まいに、一瞬で目を奪われた。 まさか、俺のような者に声をかけてくれる人がいるとは思わず、一瞬反応が遅れた。 「……あ、はい。第三部隊副隊長を務めています、ヴァルター・グラーツと申します」 「僕は王宮魔法薬研究室のアベル・ヴァイスです。ところで、第三部隊ということは、先日の大型魔獣の討伐をされていたのでは?」 「はい、その前衛指揮をとっていました」 「素晴らしいね!大型魔獣は確か、シュバルツヴェルフェの群れだったと聞いたけど、魔法装具で防ぎきれたのかな?」 「いえ、魔法装具では属性不利でしたので、個々に魔法壁を張っておりました」 「魔法壁を張りながら攻撃もできるのか。前衛でそれを維持できるなんて、信じられないね!」 「……ありがとう、ございます」 嬉々として話す彼に、俺は困惑した。騎士以外の人が、興味を持って魔獣の話を聞いてくれたことは今まで一度もなかった。ましてや、俺個人を褒められることなど初めての経験だった。 「それで、前衛の魔力増強剤の使用は……」 「こんばんは」 彼が話を続けようとすると、俺たちの間に割り込んで、中年の男性が声をかけてきた。 「お話中すみません、美しい人が見えたので、ついご挨拶したくなりましてね」 男は胸に手を当て、優雅に一礼した。 「こんばんは。お声をかけていただきありがとうございます。私はアベル・ヴァイス、魔法薬士をしております」 「私は……」 「おお、ヴァイス伯爵家の三番目のご子息ではありませんか!お噂に違わぬ美しさですね。私は、テオドール・ケーニヒと申しまして、しがない商売人でございます」 テオドール・ケーニヒ、聞いたことがある名前だった。街道が整備されてきたことで他国の製品を卸し、莫大な利益を得た豪商だ。そして、どうやらこの男の目には俺は写っていないらしい。貴族よりもよほど欲がわかりやすい男だ。 「いや、しかし……あなたのような人がいるならば、私も貴族になってみたいものですな」 「貴族に?」 「ええ、貴族では跡目争いを避けるために、同性婚が認められているでしょう?羨ましい話ですよ」 そう言って、男は卑しく笑っていた。嫌悪感から、ワイングラスを持つ手に力が入る。早くこの男から離れたい……。 「羨ましいですか。面白いことを言いますね」 俺の反応とは打って変わり、テオドールのあからさまな色目にも、彼は一瞬も動揺することなく話を続けていた。一体、何が面白いのだろうか。俺には彼の言葉の意味が、全く理解できなかった。 「美しいものを手元に飾っておきたくなる性分でしてね。あなたのその流れるような髪も、独り占めしたいくらいですよ」 テオドールは、許可も得ず彼の長い髪を一房手に取ると、そのままキスを落とした。 「このっ……」 あまりの愚行に腹が立ち、俺がテオドールを止めようとした時だった。 「いいですよ」 「……は?」 「……え?」 彼の声に、俺たちは時が止まったように動かなくなった。彼が何を了承したのか分からなかったからだ。 すると、彼は近くにいたウェイターからボトルナイフを借り、躊躇することなく一つに束ねていた髪を勢いよく切ってしまった。 「あ!」 俺は思わず声を上げた。短く切られた髪が、さらりと彼の横顔に流れ落ちていく。そのあまりにも美しい光景に、一瞬にして胸を鷲掴みにされた。 「この髪がお好きでしたら、どうぞ」 結ったリボンごとテオドールに渡そうとする彼は、穏やかに笑っていた。その表情から、ただ善意で渡しているのだと読み取れた。俺からすると、その行動はあまりにも純粋で、美しく、恐ろしいくらいだった。 テオドールを見ると、今や顔を引き攣らせてなんとか笑顔を保っていた。 「あ、いえ……はは、冗談がすぎますよ」 「冗談?」 彼の不思議そうな表情を見て、男は体をビクつかせていた。 「はは……は……。で、では、私は失礼しますよ」 よろめきながら人混みに消えていくテオドールを見て、俺は気持ちがスカッとした。 「あれ?いらなかったのかな」 彼は、どこか腑に落ちないような表情でテオドールの背を見ていた。自分自身で歪んだ欲を跳ね除けたことにも気がついていない。俺は、そんな彼を可愛らしく思い、堪えきれず笑ってしまった。 「あはは。それより、髪……切って良かったのですか?」 「うん、特に伸ばしていた理由もなかったしね。この髪を使ってもらえたなら、切る価値もあるだろう?」 俺は、肩まで短くなった髪を揺らす彼を見つめた。こんな透き通るような心の持ち主が貴族にもいるのか、と思った。美しく、それでいて合理的で。もう、目が離せなくなっていた。 「その髪、私にいただけませんか?」 気づいたら、そんなことを言っていた。 「何か使い道があるのかい?」 使い道?そんなものはない。それこそ、ただ眺めていたい。それだけだった。 でも、そんな理由で、この合理主義の彼が納得するとは思えなかった。俺は、咄嗟に嘘をついた。 「魔道具に使ってみたいのです」 彼から貰った一房の髪は、今も俺の引き出しの中に大事にしまわれている。

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