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第8話「嘘から始まる共同研究」ーヴァルター視点視点ー ※
「ヴァイス様!ヴァイス様!?」
声をかけながら、彼の肩を揺するが反応が無い。意識のない彼の姿に、俺の背筋は一気に冷めていった。彼は一体どうしてしまったというのか……。
俺は彼の異常行動の原因を探るため、部屋の中を見回した。すると、サイドテーブルの上に見覚えのある小瓶を見つけた。
「これは……押収された催淫剤?……まさか、これを飲んだのか?」
空になっている小瓶を見て、事態の深刻さに気がついた。
俺は慌てて彼の口元に顔を近づけ、手首に指を当てた。呼吸も心拍も少し速いが、大丈夫そうだ。手首に装着されている魔力測定器を確認すると、数値を示す波形が急低下していることがわかった。しかし、生死に関わるほどではなさそうだ。
俺は、最近勉強した催淫剤についての記憶を辿った。確か、催淫剤の副作用は激しいものだったはず。吐き気から始まり、血圧低下、意識の混濁……。彼の様子を見る限り、副作用が発現した可能性は低そうだ。むしろ、魔力の放出過多で倒れたように見える。それなら、しばらくすれば意識も戻るだろう。緊急事態ではないとわかった途端、フッと体の力が抜けていった。
俺は、彼が横たわっているベッドの横にしゃがみ込むと、いくらか冷静になった思考で彼を見つめた。そして、彼のあられもない姿を視界に入れた瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
一年前より伸びた艶やかな茶髪が、一つに結われたまま乱れたシーツの上を流れている。はだけた白衣から覗く吸い込まれそうな白い肌に、吐き出したばかりの精が垂れている。まだ赤みの引かない頬には、涙の跡が光っている。
──美しい。
「……っ!」
俺は反射的に彼から手を離し、目を逸らした。
──ドッ、ドッ、ドッ……
心臓が張り裂けんばかりに鼓動している。全身から汗が噴き出してきた。
こ、これは……どうしたらいいんだ。俺が介抱しなければ、彼の体は冷え切ってしまう。だ、だが……彼の裸体をこれ以上目に写したら、俺はすぐにでも理性が吹き飛んでしまうだろう。いや、待てよ……。そ、そうだ……目を瞑りながら介抱すればいいのか。
俺は、部屋の中にあったタオルを手に取ると、彼の近くにしゃがみ込んだ。そして、ギュッと目を瞑り、彼を見ないようにしながら、タオルでその肌を拭っていく。一瞬の記憶を頼りに彼の体を拭い、そのまま下着を履かせようとした。すると、僅かに俺の手の甲が彼の性器に触れてしまった。
「あっ……」
「っ……!!!」
意識を失っているはずの彼が小さく声をあげ、俺は驚きで手を離してしまった。目を閉じているせいで、感覚ばかりが妙に鋭くなっている。彼のものに触れた手の甲が、ジンジンと疼いてくる。邪な気持ちが膨らんで、今すぐ彼をこの手で──。
「ダ、ダメだ!」
──バシンッ!!!
俺は、汚い下心を払うため、自分の頬を思い切り叩いた。
「はぁ……はぁ……俺は、騎士だ……。彼の服を、着せなければ……」
そこからの俺の行動は速かった。自分の頬の痛みが消える前に、冷静でいられるうちに、とにかく行動を急いだ。彼に服を着せ、布団を掛け、床を綺麗に磨き上げた。
「や、やり切った……」
やかんを火にかけて、俺は息を吐いた。訓練でもしてきたような量の汗が、額から流れ落ちてくる。
今は小さな寝息をたてる彼を見つめて、任務完遂の達成感を感じていた。
「しかし……これは、ヴァイス魔法薬士様に見せるわけにいかないな」
自分の下半身に目を向けると、そこには俺の気持ちを無視して息巻いているものが主張していた。それを睨みつけて、頭を抱えた。たぶん、勝手に落ち着いてくれることはなさそうだ。彼に気づかれる前に処理しよう。ついでに、水でも汲んでくるか。
俺はタライを掴むと、ぎこちない姿勢のまま研究室の扉を開けた。
次に研究室に戻った時には、ヴァイス魔法薬士様は目を覚ましベッドの上に起き上がっていた。
「ヴァイス魔法薬士様、起きたのですね。ご気分はどうですか」
俺は声をかけると、タライの水にやかんのお湯を注いだ。ちょうどいい温度になると、タオルを絞り彼に手渡した。
気持ち良さそうにタオルを目元に当てる彼の姿に、胸を撫で下ろした。
しばらくすると、彼は魔力測定値を確認しながら、魔力放出が多かったことを話してくれた。やはり、副作用ではなかったようで、俺の緊張もやっと解くことができた。
「それと……後始末をさせてしまったようで、申し訳なかった」
彼の謝罪に俺は顔を引き攣らせた。まさか、下心だらけで介抱していたことなど、彼は考えもつかないだろう。
「いえ、それは…………本当に……お気になさらず」
なんとか答えはしたが、それは歯切れの悪いものになってしまった。自分の欲望を抑え切ることができずにトイレで処理してきたことなど、俺を信用してくれている彼に言えるはずもない。
それから、彼から催淫剤研究の話を聞いた。自ら検体になるという危険な行為に、俺は心配で堪らなくなった。しかし、他の人間を研究補助につけて、彼の淫らな姿を見られることだけは、絶対に阻止したい。彼への独占欲を堪えきれず、つい語気が強くなってしまった。しどろもどろになっていく俺の様子に、困惑していた様子の彼は、何かひらめいたように質問してきた。
「グラーツ部隊長は、催淫剤研究に興味……もしくは何かしらのメリットがあるのでは?」
彼の言葉に、俺の体から汗が噴き出てきた。俺が彼を慕う気持ちがバレてしまったのかと思ったからだ。しかし、彼は微笑むと言葉を続けた。
「騎士のあなたが魔法薬学に明るく、そして研究に興味を持ってくれることを嬉しく思うよ。是非、研究補助の希望理由を教えて欲しい」
その言葉を聞いて、彼に気持ちが全くバレていないことがわかった。しかし、彼は俺が純粋に興味があり、何かしらの合理的理由があると考えついたらしい。
これは、好機かもしれない。俺が合理的理由を作ることができれば、彼の隣で研究の補助ができるかもしれない。
「そ、それは……」
俺は、必死に頭を回転させ合理的理由を探し始めた。魔法薬に興味がある……いや、この理由では他の魔法薬士に勝つことはできない。もっと、俺だけにメリットがある理由が必要だ。
「わ、私は……その……」
「なんだい?」
俺の言葉を嬉しそうに待つ彼が、今はプレッシャーとなり、俺を追い詰めていく。
俺のメリット……催淫剤を使う理由……合理的な……。何か……何か性的な悩みを……!
「わ、私は……一人で自慰ができないのです!」
俺の口から出てきた言葉に、血の気が引いた。一人で自慰ができないとは、何を言っているんだ俺は!?いくらなんでも無理がありすぎる。一人で自慰ができないなど、よく言えたものだ。さっきしてきたばかりだろうが!!!
おそるおそる俺の顔色を窺うと、彼は言葉を失ったようにこちらを見つめていた。
「……ん?じい?自慰と言ったのかい?」
「はい。自慰です」
彼の質問に、当然かのように答えた。もう、しらを切るしかないと腹を括った。この嘘を貫き通して、研究補助の座を掴み取るしかない!
そして、俺は全身の震えを必死に隠しながら、彼の研究に参加する権利を勝ち取った。
「グラーツ部隊長の好意に感謝するよ。是非、僕の研究の手助けをお願いしたい」
そう言って、彼は両手で俺のマメだらけの手を包んできた。その手は、白く柔らかく、俺が触れてはいけないようなものに感じた。しかし、俺も彼の純粋な好意に答えるため、慌てて握手を返した。体の震えだけは、彼にバレてしまったかもしれない。
「はい。ヴァイス魔法薬士様のために誠心誠意を尽くします。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺の嘘から、奇妙な共同研究が始まった。だが、その研究には、俺が思っていた以上に複雑な事情が絡んでいた。この時の俺はただ浮かれ、まだ何も知ることはなかった。
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