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第9話「打ち合わせ」
──カチャ……カチャン……
「お口に合えば良いのですが……」
「ありがとう、グラーツ部隊長。いただくよ」
重厚な木製のテーブルに、白地のコーヒーカップが丁寧に置かれた。客人用のソファーに案内された僕は、グラーツ部隊長が淹れてくれたコーヒーに口をつける。
三日前、思いがけないきっかけで、グラーツ部隊長と共同研究をすることになった僕は、研究の詳しい打ち合わせのため、騎士団第三部隊の執務室に来ている。正面のソファーに腰掛けるグラーツ部隊長は、砂埃がついた訓練着のままだ。きっと、忙しい合間に時間を作ってくれたのだろう。
「僕はコーヒーが好きでよく飲んでいるのだけど、これは香りがいいね」
「はい。私もこの香りが好きで買っています。ヴァイス魔法薬士様の研究室は、いつもコーヒーのいい香りがしていますよね」
「あはは、コーヒー好きはバレていたみたいだね」
ソーサーの上にカップを下ろして、僕は部屋の中を見渡した。少し色褪せた壁に王国の地図が貼ってあり、その横にはいつの時代のものかわからない銀のサーベルと盾が飾られている。南の窓からは、訓練中の騎士たちの声が聞こえてくる。真新しく静かな自分の研究室と比べ、古びた建物の中に漂う人の気配に歴史の重みを感じていた。
「体調はどうですか」
僕が部屋を観察していると、彼が気遣わしげに声をかけてきた。
「一晩寝たら回復したよ。心配をかけて申し訳なかったね」
僕の返事に、彼は安心したように小さく頷いた。三日前にも思ったけれど、同僚でもない僕の心配をしてくれる彼は、真面目で心配性なのだろう。
「さて、話を始める前に魔法を使わせてもらうよ」
僕は、上着のポケットから手のひら大の球体を取り出した。
「それは魔石ですか?」
「そうだよ。この魔石には、遮断魔法が組み込まれているんだ。内側の音は遮断され、内外からの魔力はある程度なら遮断可能だよ」
持っていた魔石を机の上に置くと、僕はゆっくりと魔力を流し込んだ。すると、魔石の中心が光を灯し、僅かに耳鳴りがしたかと思った時には、僕たちの周囲が魔力の膜に包まれていた。
「通常の遮断魔法と効果は同じですか?少し、違和感があるのですが」
グラーツ部隊長は、魔石に鋭い視線を送りながら聞いてきた。
「すごいね。あなたの魔力感覚は一体どうなっているんだい?普通の人なら気がつかないよ」
彼の研ぎ澄まされた魔法感覚に、僕は純粋に驚きの声を上げた。そして、彼が見やすいように魔石を手のひらに乗せた。
「この魔石から発動した魔法は、魔力探知に引っかからないんだ」
「感知されない魔法……そ、そんな魔道具が存在していたのですか。知りませんでした」
「うん、僕しか使っていないから知らなくても当然だ。趣味で作っているんだよ」
僕の言葉に、彼は目を見開いた。そして、困惑したような表情で口を開いた。
「ヴァイス魔法薬士様、この魔石は魔法薬士長に見せた方がよろしいかと思います。たぶんですが、新たな発明かと思いますので」
「……大袈裟なことになってしまうよ」
「なった方がいいこともあります」
彼は真剣な眼差しで僕を見つめてくる。僕は、彼の視線から逃げるように握った魔石を見つめた。正直、この程度の魔道具なら他にもいくつか製作済みだ。時間が惜しくて申請を怠っていたことも事実だ。この魔石が誰かの手に渡ってしまったら問題になることも理解できる。……うん、彼の言っていることが正しい。
降参した僕は、彼を見つめて苦笑いを返した。
「わかった。しかし、今は時間がなくて無理だ。あなたとの研究が終わったら申請を出すと約束するよ」
「はい。ありがとうございます」
安心したような彼の表情を見て、僕は研究の話を始めるため姿勢を正した。
「さて、それでは研究について話をさせて欲しい」
僕の声に応じるように、目の前の彼も背筋を伸ばした。
「まず、この研究は極秘案件であり他言無用は厳守だ。依頼主の情報は僕も把握していないが、たとえ今後依頼主が判明したとしても、あなたには伝えない。これは、あなたの身を守るためなので了承してほしい」
彼はしっかりと頷いた。
「そして、研究内容については……もう、ほとんど知っていると思うけど、“副作用なしの催淫剤”の研究開発だよ。期限は今年の祝賀会まで。あと47日……報告や調整の期間を考えると、実際に使える時間はもっと短いだろうね」
「期限が短いですね。しかし、なぜ祝賀会までなのでしょうか」
「それは、僕たちが考えることではないよ。深入りは厳禁だ」
僕の言葉に、彼はハッとした様子で頭を下げた。
「……すみません、気をつけます」
「うん。それから、グラーツ部隊長との共同研究についてだけど」
「はい」
「僕の研究も毎日成果があるわけではないし……それに、あなたも忙しい人だ。週末の夜に……三日前のような時間に集まるのはどうだろうか?」
「問題ありません」
「よかった。それでは、週に一度、週末の夜に僕の研究室に来てくれ。……他に何かわからないことはあるかな?」
すると、彼は左右に視線を泳がせながら、ひどく言いにくそうに声を絞り出した。
「その……研究の質問ではないのですが」
「いいよ、何でも聞いてくれ」
「は、はい。あの……ヴァイス魔法薬士様が週末になると服を着ていないのは、何か理由……と言いますか、目的があるのでしょうか」
「服を着ないことに目的はないよ。むしろ服は着ないより着ていた方がいい。ただ、週末になると着られる服がなくなってしまってね」
「そ、それでしたら、私が……」
──コンコン
彼が何かを伝えようとしたその時、ノックの音が聞こえた。僕は机の上の魔石を手に取り、遮断魔法を解除した。
「入れ」
グラーツ部隊長が声をかけると、扉を開け片手に書類を抱えた騎士が部屋に入って来た。その人は僕を見るなり嬉しそうに笑いかけてきた。
「お、アベルじゃん。騎士団の執務室にいるなんて、珍しいこともあるもんだ」
「エルンスト、久しぶりだね。グラーツ部隊長に用事があってお邪魔しているよ」
「へぇ〜、うちの隊長に?よかったな、ヴァルター。用事に感謝だな!」
エルンストはグラーツ部隊長の隣に立つと、その広い背中をポンポンと軽快に叩いた。
「……いや、おい、待て」
すると、グラーツ部隊長はエルンストの手首を掴み、部屋の温度が下がるような低い声で囁いた。
「エルンスト、お前……呼び捨て……だと?」
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