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第4話 王子……様?
「失礼いたします」
どうしたのだろう。妙に部屋が暗い。
カーテンが締め切られているらしく、部屋の様子はわからない。俺はおずおずと扉を細く開いてするりと身体を中に滑り込ませた。
「オルヴァ様、突然のご無礼をお許しください。私は婚活……えーと、オルヴァ様のご結婚をサポートしに参りました、教会管理官の鳴海|理音《りおん》と申します」
返事はない。俺は暗闇の中でうすら笑みを浮かべながら、静かにオルヴァ様からの反応を待った。……が、十秒ほど待ってもやっぱり反応はない。
「あ、あの~。ローゼン様からすでにお聞きかと存じます。一度、ご結婚相手に関しまして、オルヴァ様のご意見やご意向を教えていただきたく……。お顔を見せていただくことは可能でしょうか?」
相変わらず返事はない。なんなら微かな息遣いや気配さえも感じ取ることができない。……え、まさかこの部屋にいないのか? すでに逃亡したあとだったりして。
カーテンの隙間から差し込む細い光が、うっすらと空間を照らしている。おかげで少しずつ暗がりに目が慣れてきた。
部屋の中心にあるのは、天蓋付きの大きなベッド。教会管理室の狭い事務所が丸ごと入ってしまうんじゃないかっていうくらいでかいベッドだ。
そのほかにうっすらシルエットが見て取れるのは、大きなソファやテーブルか。とりあえず、部屋自体がべらぼうに広いことだけはわかった。……が、オルヴァ様は一体どこに?
「オルヴァ様? あ、あの……許可なくお部屋に入ったことはお詫びいたします。ローゼン様から特別にお許しをいただき……」
「……で、出ていってくれ……!!」
「!?」
突然、暗闇のどこかから声がした。
びっくりはしたが反応を得られた喜びもあり、思わず笑顔が浮かぶ。とはいえ居場所はいまだつかめていない。
「オルヴァ様、お部屋におられたんですね! ええと……どのあたりにおられるのでしょう……?」
「っ、こっちに来るなっ!」
どうやら方向は合っているらしい。だが来るなと言われてさらに距離を詰めていくわけにもいかないため、俺は一旦足を止めた。
俺が向いている先には暖炉がある。今は使われてはいない暖炉のすぐそばで、もぞ……と影が蠢いた。
——ん? あれがオルヴァ様か……?
どういうことだろう。壁から少し突き出した暖炉の陰に隠れるように小さくなっている。
——オルヴァ様、確か二十二歳だか二十三歳だか、だよな。小さい子じゃあるまいし、どうして隠れんぼみたいなことを……
怪訝には感じたが俺はここに仕事をしにきている。自分を落ち着けるべくひとつ大きく深呼吸をして、俺はその場で静かに膝をついた。少しでもオルヴァ様と目線を近づけるためだ。
「オルヴァ様、私はあなたの助けになりたくてここへきました。どうか、お顔を見せてくださいませんか?」
「た、助けなんて必要ない。父が君を呼んだようだけど、僕が結婚なんてできるわけがない。大体、こんな陰鬱な男の元に嫁がされる女性が可哀想だ……僕はね、人を不幸にしたくはないんだよ」
「え。いや、あのー」
「僕のような出来損ないのために人様の貴重な時間を使わせるわけにはいかないよ……。君の手を煩わせるのは申し訳ないし、すぐにでもお帰りいただいて結構だ……」
……う、うん?? イメージしていた王子様像とはかけ離れた返事が来た。
——これは……ちょっと難しそうな予感が……
日本で仕事をしていたときも難しいお客様はたくさんいた。
親に連れられてやってくるタイプのお客様の中には、婚活に対してネガティブな印象を持っている方も大勢いた。スタッフに攻撃的に接したり、頑なに本心を話さずスタッフが苦労することも……
——だが、俺はいかなるタイプのお客様のご要望にもお応えしてきた実績がある。道が困難であればこそ、ご成婚へと導けたときの喜びはかけがえのないものとなるんだ……!!
俺はにっこり営業スマイルを浮かべ、影にしか見えないオルヴァ様に向かって語りかけた。
「オルヴァ様、私は異世界からやってきた『迷い子』で、元いた世界では婚活コーディネーターをやっていました」
俺はまず、自己紹介をすることにした。頑なになっている相手に、いきなり話を聞かせてくれというのは失礼だからな。
するとオルヴァ様のと思しき黒い影がぴくりと動き、こちらに注意を向けてくれる気配を感じた。一歩前進だ。
「迷い子……」
「ええ、そうなんです。突然右も左も分からない世界へ迷い込んで大変でした。正直、今もまだ戸惑っている部分はありますけれど、この国のみなさんのおかげでなんとかやっています」
「……」
もぞ、もぞ……と、オルヴァ様がまた少し動いた。手応えを得て嬉しくなった俺は、微笑みを浮かべつつオルヴァ様のほうへ少し近づく。
「ご結婚を望まれる方のお手伝いをするのが私の仕事です。私の手はいくらでも煩わせてくださって大丈夫です。むしろ目一杯煩わせてください!」
「……」
「さあ、こちらへ。オルヴァ様の望まれる幸せな未来へ、一歩ずつ共に歩んでまいりましょう」
そっと手を伸ばすも…………無反応。だが俺は唇に笑みを湛えたまま、そのまま手を伸ばし続けていた。
たっぷり三十秒ほど間が開いたあと、オルヴァ様のため息が小さく聞こえてきた。
「……わかった」
「……! はい! どうぞよろしくお願い申し上げます!!」
よし!! まずは第一歩!! 俺は心の中で力強く拳を握り締め、膝をついたままさらに少し距離を詰めた。
すると、オルヴァ様らしき影がびくっと震え、またしても小さく縮こまってしまった。……だめだぞ俺。調子に乗っちゃダメだ。慎重に慎重に……
「オルヴァ様、お部屋が暗いので、カーテンを開けてもよろしいですか? 天気もいいですし、窓を開けたら気分転換になりますよ」
「……あぁ、うん……かまわない」
「では、失礼しますね」
立ち上がって窓辺に立ち、ずっしりとしたカーテンを開く。さぁっと白い光がめいっぱい部屋の中に差し込んで、あまりの眩しさに俺は目を細めた。
立派なカーテンの向こうには俺の背丈をゆうに超えるでかい出窓がある。取っ手を掴んでぐっと力を入れると、ガラス張りの重い扉が開き、ふわりとやわらかな風が俺の頬を撫でた。
——ああ、いい風だ。これならオルヴァ様もいい気分になってくれるだろ。
と、清々しい思いで振り返ると…………オルヴァ様は暖炉の影に隠れるようにさらに小さく小さく縮こまり、「ま、眩しい……陽の光で消し炭になってしまう……ッ」と、瀕死の吸血鬼のように呻き声を上げている。
——えと……王子様? だよな? この人……
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