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第5話 すさまじいポテンシャル
困惑はするが、このままでは埒が明かない。俺はオルヴァ様を刺激しないようにゆっくりと彼のそばに近づいた。そろりそろりと正座をして、物陰で怯えている捨て犬に近づく要領で、膝でにじり寄る。
明るい場所でオルヴァ様を見て、俺は少し驚いた。
オルヴァ様、思いのほか身体がでかい。長い手足を思いっきり縮こめて壁に埋もれる勢いで小さくなっているが、多分180センチはあるだろう。172センチの俺よりでかいじゃないか。
体躯もすらりとしていて、全然ゴリラじゃない。野蛮な雰囲気ってなんだったんだ?
それに、部屋の中をさんさんと照らす陽光を受けてキラキラと輝く銀色の髪の美しいこと。
俺がこれまでフィオレアン王国で出会った人たちの髪色は赤茶色だったが、オルヴァ様の髪は白に近い綺麗な銀色だ。
ただ問題なのは、その髪が顎の下あたりまで伸びていて、顔面をほぼ覆い隠していることくらい……か。
また振り出しに戻ったような気分で、俺は一旦天を仰ぎ——……顔面をパッと営業スマイルに切り替えた。
「オルヴァ様、ずいぶん髪を長く伸ばしていらっしゃるのですね。こんなに綺麗な銀髪は初めて見ました」
「綺麗? ……何を言ってるんだ、不吉の間違いだろう……」
「不吉? この世界では、銀髪は不吉なのですか?」
「……ああ、きみは迷い子だから知らないのか。そう、不吉なんだ。だから僕はあんなひどい国へ……」
「え?」
——ボルンさんはサルドラド帝国に“遣わされていた”と言っていたけど、ひどい国ってどういう意味なんだ……?
この世界の外交手段についてはまだわからないことが多い。不穏な言葉の意味を理解しかねていると、銀色のモップのような姿のオルヴァ様が、ふるふると全身を震わせはじめた。
「っ……だから父上——いや、国王陛下はこっちに戻った僕にいまだお会いにならない。その上、母上は亡くなっている……うっ……しかも、いきなり見ず知らずのご令嬢たちと一つの部屋に詰め込まれたかと思えば、全員からおぞましい化け物を見るような目で見られて……」
銀色のモップからぼたぼたと水が滴り落ち始め——……違う、オルヴァ様が泣いている。
しかも、聞き捨てならない言葉もちらほらあって、俺は思わず前のめりになってしまった。
「ちょっ……あの、一旦これまでの経緯をお話しいただけませんか?」
「僕の話など聞く必要はない。時間の無駄だ」
「さきほど、あなたは私に婚活を依頼しました。ご結婚相手を探していくためにも、話を——」
「ううっ……やはり結婚なんて土台無理な話なんだ……!! もう僕のことは放っておいてくれ……!!」
オルヴァ様はそう言って、顔を覆う銀髪をしっとりしとしと濡らしながら膝を抱えてしまった。
——いやいや、ちょっと待て。いくら王子様だからって、一旦了承しておいて断るってのはどうなんだ?
じとじとしたオルヴァ様の態度にとうとう痺れを切らした俺は、ガッと膝立ちになってオルヴァ様に接近し、銀色の長い前髪を勢いよく掻き上げた。
「そんなことはありません! あなたは今日から私のクライエントです! 私には、あなたの思いすべてを受け止める義務があります!!」
「ひっ……!!」
「さあ、お話聞かせていただきます!! 全て話していただきますよ!」
突然の暴挙に出た俺に、オルヴァ様が恐れ慄いた表情を浮かべている。
露わになったその顔を見て、俺は思わず息を呑んだ。
——……う、うわぁ……すっごい美形……
眉間に皺を寄せ、驚愕と怯えの表情を浮かべたオルヴァ様のお顔が見えた。
その顔立ちは、一度目に映したら視線を外せなくなってしまうほどに端整だ。現代ならスーパーモデルだろうがハリウッドスターだろうが、なんにでもなれそうだ。
だが、オルヴァ様は痛いほどの強い力で俺の手を振り払い、こっちに背を向けた。
「み、見るな無礼者っ!!」
「あっ……」
気になったことがあるといえば——オルヴァ様の瞳が、一瞬|燐光《りんこう》を帯びたように見えたこと。
まるで暗闇の中に潜んでいた猫のような。
暗がりに差し込む陽光を受け、金色にぎらりと輝いたような……
——え、すごい。なんかすごい綺麗だった。異世界だからそんな感じの瞳なのか?
一瞬びっくりはしたけど、ここは異世界。いろんな瞳の色があっても不思議じゃない。ラノベじゃいろんな色の目をしたキャラ、たくさんいるしな。
「オルヴァ様、とても珍しい瞳の色をされているのですね」
「っ……!? 見たのか、僕の目を……!?」
「え……と。はい、私の国は黒い目をした人が多いもので、あまりに美しい色をしていたので驚きました」
「…………うつ、くしい……?」
「オルヴァ様。よろしければ、もっとよく見せていただけませんか?」
「……」
こっちに背を向けてまた壁に埋もれようとしていたオルヴァ様が、身じろぎをやめた。
そして、そろりそろりと、モップ頭がこっちを向く。
——えーと? こっちを見てるってことは、顔を見てもいいってことだよな……?
高貴な王子様にまたしても無礼を働いていいのかどうか迷ったが、こっちを見てるし動かないし、きっと髪をめくってもいいってことだよな?
俺はそう解釈して、そろりそろりとまた慎重に手を伸ばし、オルヴァ様の顎下まである前髪をそっとよけてみた。
——うわぁ……すごい。金色の瞳……?
長い銀色のまつ毛に縁取られた怜悧な瞳は、太陽の光を溶かし込んだような色をしていた。
たとえるなら色味の明るい琥珀色、といったところか。そこに金色がとろめくように混ざり込んでいる。
「わぁ……綺麗ですね……!」
心からの感嘆が漏れる。まるで宝物を見つけたような気分だった。
そして瞳の色だけじゃなく、顔立ちの美しさもまたすばらしい。
すっと筋の通った高い鼻に、切れ長の端整な双眸。顔立ちが整っているからか、二十一歳にしてはとても大人びて見える。
視線を奪われて、俺はしばし蕩然としてオルヴァ様のお顔に見惚れていた。
だが、突然ブンっと顔を逸らされてしまい、オルヴァ様はまたモップ頭に戻ってしまう。
「い、い、いつまで見てるんだ。人の顔をジロジロ見るなんて無礼じゃないか……!」
「あっ……、も、申し訳ございません!」
「……そりゃ僕は馬糞よりも役に立たない無益な存在だから人様に何をされても文句は言えないが……」
「!? いやっ、馬糞だなんて何をおっしゃるんですか! 私は、こんなにも美しい人をこれまでに見たことがありませんよ!!」
「んなっ……!? な、な、なにを言ってるんだ!? 僕は不吉の象徴なんだ!! きみはこの世界の常識を知らなすぎる……!!」
「いいですか、オルヴァ様。あなたにはポテンシャル……ご自身でも気づいていない素晴らしい魅力があります! 私はずっと自分の感覚を信じて結果を出してきました! 私の目に狂いはありません、あなたを選ぶ女性は必ず現れます!!」
自信たっぷりに言い放ったものの——俺の脳裏に、ふっとあの男の怒りの形相がよぎった。
——あの男の不誠実さを見抜けなかったくせに、どの口が『結果を出してきた』だ。
しおしおと正座に戻り、俺はいいようのない苦い味を思い出しながら唇を噛んだ。
すると、静かになった俺を不審に思ったのか、ゆっくりと銀色のモップ頭が動く。こっちを見ているようだ。
俺は思わず首を垂れ、そのまま床に手をついて土下座した。
「……度重なるご無礼、大変申し訳ありませんでした。一国の王子様に、私はなんてことを」
「い、いや……」
「反省いたします。今日は帰りますので……」
「え……帰るのか?」
「え?」
寂しげな声がした気がして、俺は土下座をしたまま視線を上げた。
すると、オルヴァ様はじりじりと俺のほうへ向き直り、俺と膝を突き合わせるような格好で正座をする。
「ぼ、僕の話を聞きたいというのなら……ちょっとくらい、いいかなと思ったんだが……」
「……え。本当ですか?」
こくん、と銀色のモップが揺れた。
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