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第6話 何があったんだよ

    そんなわけで、俺はオルヴァ様と庭で昼食を共にすることになった。  メイドさんたちが庭の東屋に食事を準備してくれているところだ。  十分ほど前のこと。  俺は部屋のドアから顔を出し、廊下にいたローゼン氏に「あの……オルヴァ様と食事をすることになりましたので、支度をお願いできますか?」と声をかけた。するとローゼン氏は雷に打たれたような顔で目をカッと見開き、「オルヴァ様と……お、お食事を……!?」と後ろに数歩ふらついた。  だがすぐにキリッとした執事の顔に戻り、てきぱきとランチの手配をしてくれたというわけである。  さすがにモップ頭では食事を取りにくかろうということで、若い女性メイドさんがオルヴァ様の前髪を顔に沿うように編み込みをしようとしてくれたのだが——……あまりの顔の良さに気づいてしまったらしいメイドさんに動悸息切れ手の震えが発生してしまい、続きは俺がやっておいた。見よう見まねだからガタガタだ。  メイドさんの様子を見ていれば、オルヴァ様の顔面に惚れ惚れしているのが丸わかりなのに、当の本人は「ああ……僕があまりに不吉で恐ろしいからあんなことに……僕はなんて有害な存在なんだ……」と頭を抱えてしまった。 「あなたの顔の良さにびっくりしたせいですよ」とフォローしたがオルヴァ様の心に届いた手応えはない。  さておき、キラッキラの顔面を露わにして食卓についたオルヴァ様と視線がぶつからない位置に座り、俺は高貴かつ美しいお顔をじっくりと堪能した。  横から見ても実に美しい。シンプルな白いシャツと黒いズボンと黒いブーツというシンプルな格好ながら、高貴なオーラが溢れている。  ただ、少し顔色が悪いようだ。肌も唇も少し乾燥気味だし、目の下にはがっつりとクマがある。  とはいえ、有り余るほどの造形美のなせるわざか。多少の肌トラブルさえも、いい感じの「アンニュイさ」を漂わせているように見える。  影のある美形が好きなご令嬢が今のオルヴァ様を見たら、垂涎しながら飛びかかってくるだろう。 「改めまして、|鳴海《なるみ》|理音《りおん》二十六歳、職業は教会管理官です。天気のいい日はロードバイクでサイクリングを……していましたが今はできないので、散歩が趣味です。よろしくお願いします!」  うちの結婚相談所は、新規のお客様をお招きして婚活パーティを開催することもあった。司会者をやることも多かった俺は、その場に訪れたお客様の前で、俺はいつも自己紹介の例示をしていたのだ。  目の前に並んだアフタヌーンティーセットのような豪華なランチを前にして、つい仕事感覚が蘇ってしまった。染み付いたその癖のままぺこりと会釈をしつつ自己紹介をすると、オルヴァ様も緩やかに首を垂れた。 「……オルヴァ・レリオルト・アンデルスヴァーン、二十二歳。一応、フィオレアン王国の第三王子である……一応。ええと、趣味……? 趣味は……腕立て伏せと剣の素振り、あとは乗馬、です。人間より馬とのほうが会話が弾む気がしている。……よろしくお願いします」 「あ、これはどうもご丁寧に」  どよんとした表情のままオルヴァ様は自己紹介を終え、微かに震える手でティカップを取った。そして、チラチラとこっちを横目で窺いつつ紅茶を一口。視線が泳ぎまくっている。  超弩級のクールビューティだし所作は流石のように綺麗なのに、一挙手一投足がおどおどしているせいか、王族たる威厳をあまり感じられない……  ——まずはオルヴァ様の態度をどうにかしていかないとな……。素材はこんなにいいんだ。もったいない。  俺はにっこり笑顔を浮かべ、オルヴァ様に倣ってティーカップを取った。紅茶のいい香りがふわりと鼻を抜けてゆく。さすが王室御用達。絶対高いやつだ、これ。 「さっそくですが、質問よろしいですか?」 「……あ。ああ」 「先ほどのお話で、見ず知らずのご令嬢と一つの部屋に詰め込まれたとおっしゃってましたが、どういう状況だったんですか?」  オルヴァ様が、ぱちくりと目を瞬きながらこっちを見た。最初の質問がそれか? という顔だが、あいにく俺は婚活コーディネーターなので、どういう状況での婚活パーティ(?)だったのかが非常に気になるのだ。  オルヴァ様はどよんとした浮かない顔になり、はぁ……と物悲しげなため息をついた。 「こっちに戻ったその足で、呼ばれるまま客間に行った。そうしたら、若いご婦人が大勢部屋に集まっていた」 「大勢、ですか」 「皆が僕を見た瞬間、すごく妙な顔をしたんだ。まるで家畜を見るような目で僕を蔑み、ひそひそとなにか言葉を交わしていた。……彼女たちの視線が恐ろしくて……」 「家畜……ってことはないと思いますが。そのあとは?」  気になって問いかけてみるも、オルヴァ様は貝のように押し黙ってしまった。あまりに暗い顔、微かに震える手…………やばい、また地雷があるのかも。いけない、話題を変えなくては。  俺の狼狽が伝わったのだろう。ごほん、とそばに控えていたローゼン氏の咳払いが聞こえてきた。 「国王の御命令で、十名のご令嬢をお招きしていたのです。歓談の上、気の合うご婦人がいたならば、すぐさまオルヴァ様と結婚させよ——と」 「あ、なるほど。国王陛下のご采配でしたか」  ——てか、歓談ののち結婚? 日本じゃ考えられない状況だな……。政略結婚みたいなのが当たり前の世界だと、普通なのかもしれないけど。 「オルヴァ様はサルドラド帝国からお戻りになった直後でして、お召し替えや整髪などができておりませんでした。ですが、陛下はすでにご婦人方を王宮内に招待しておりました。すでに長時間城でお過ごしいただいていたので、あれ以上お待たせするわけにもいかず……」  ローゼン氏の説明によると——……  オルヴァ様が遣わされていたサルドラド帝国は、北の果てにある軍事国家。  極寒の土地柄ゆえ、サルドラド帝国の男子は髪の毛や体毛を整えない。体毛でさえも貴重な防寒具という考えなのだとか。  衣服も、狩った獣の皮を干したものをワイルドに身につける。サルドラド帝国においては、ワイルドさこそが男の勲章。  そういう環境で少年期を過ごしていたオルヴァ様は、サルドラド帝国で身につけていた衣装のままフィオレアン王国に騎乗して戻ってきた。……で、その直後にご令嬢らとの面会だった。  獣の匂いさえ漂う毛皮を身体に巻きつけ、馬で山や谷を越え髪を振り乱しての帰還を果たしたオルヴァ様の格好は、文明度の高いフィオレアン王国のご婦人方には大不評だったというのである。たぶん、前髪も振り乱れていただろうから、この顔が見えなかったんだろう…… 「それでも、多少手直しをするとかそういうことはできたでしょう?」  つい、俺はローゼン氏に苦言を呈した。するとローゼン氏はゆるゆると首を振り、「仰る通りです。しかし、なにぶん時間がございませんでしたので……」と項垂れてしまった。  すると、今度はオルヴァ様が口を開いた。 「ローゼンを責めないでやってくれ。うまく立ち振る舞えなかった僕が悪いんだ。王族の風上にも置けない情けない男だ、僕は……」 「オルヴァ様……」  不意打ちで庇われたからか、ローゼンさんがたじろいでいる。 「ようやく祖国に戻ったものの、僕をまず出迎えたのは見ず知らずの若い女性たちだ。彼女らの視線が怖くて……その、き、緊張してしまって……」 「まぁ、それは緊張しますよね」  久々の帰省で実家に帰ったら年頃の女の子が集められてたって状況だよな? ……それはちょっとイヤかもしれない。若い男ならどうかな……と思ったが、ゲイの俺でも初対面の男と歓談→結婚はキツイかも。  すると、ローゼンさんがそっと口を挟んだ。 「国王陛下といたしましては、大勢の女性と過ごし憂さを晴らしてくれたら——というお心遣いでした。が、オルヴァ様はお気に召さなかったようで……」 「憂さ、ですか」  俺は察した。国王陛下、ハーレムが好きなタイプと見た。国としては一夫一妻制のようだけど……?  そうなると、国王陛下はオルヴァ様とは正反対のタイプなんだろう。 「以降、僕は人目が怖くて部屋から出られなくなってしまった。本当に情けない…………この国に僕の存在など必要ない。このまま暗い部屋で一人朽ち果ててゆくのが世のため人のためというもの……」 「いや、それはさすがにご自分を卑下しすぎでは……!?」  帰国の日以降、オルヴァ様は半月近く部屋に引きこもっていたというのである。  食事は部屋の扉の前にワゴンを置いておく。メイドが立ち去ると、オルヴァ様はワゴンを引き入れて部屋の中で食事を取っていたらしい。……うん、引きこもり方は現代日本も異世界も同じらしい。  トイレも風呂も部屋にあるから問題なく引きこもれていたようだが、今度は俺という婚活コーディネーターが刺客として送り込まれた。  そして現在に至る……と。  俺は皿からキッシュをひとつ頂戴し、重い雰囲気を変えるべく話題を変えた。

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