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第9話 まずは散髪

 翌日、俺はいつも通り教会管理室に出勤した。  出勤といっても、階段をひとつ降りるだけの楽なものだ。異世界にきて、出勤への労力が大幅に減ってありがたい。 「おはよう、リオンくん」 「おはようございます、ボルンさん。……なんですか? その書類の山」  普段は俺の机の上に無造作に置かれる類の束が、今日はすべてボルンさんの机の上だ。   ボルンさんはせっせと書類にハンコをついていた手を止めて、机の一角に積み上げてあった書類のひと束を俺に渡した。 「リオンくん、これ。王宮からの手紙だよ」 「え? なんでしょうか」  受け取った書類には、王宮に召喚された日に届いた書状と同じフォントでこう書かれていた。 『教会管理官リオン・ナルミの依頼には全て応じよ』——……なんだこれ。 「きみ、よっぽどうまくコンカツをやったんだね。さすがだよ!」 「いえ……昨日はまだ、簡単な自己紹介くらいしかしてませんけど」 「それがすごいことなんだろうさ! その書状を見せれば、この町の商人たちはみーんなリオン君に協力してくれるよ!」 「え?」 「昨日の夜言ってたじゃない、化粧水やヤスリが必要だとか。腕のいい理髪師を知ってるかとか」 「言いましたけど……」  昨晩ここへ戻ったとき、まだ事務室で仕事をしていたボルンさんに軽く報告をした。  確かにそのとき、オルヴァ様を磨き上げるために必要なものがある——という相談をしたけれど、昨晩の今朝でこんな書状が届くとは…… 「すごいなぁ、ボルンさんが上に頼んでくださったんですか?」 「ううん、違うよ。頼む前に向こうからこう言ってくるってことは、よほど王宮の皆さんがリオンくんに期待してるってことだよ」 「そ、そうなのかな……」 「手応えあったんでしょ?」 「あったようななかったような……」  いや、あれはバリバリ成果があったというべきか。オルヴァ様、一応顔は見せてくれたし会話も成立した。ランチまで共にできた。  多少俺に気を許してくれたみたいで、オルヴァ様はあのあとひたすら可愛がっている馬の話を延々と聞かせてくれたのだった。……が、あんまり俺は馬に興味がないので、笑顔で相槌を打つのに疲れてしまった。  ——おかげで顔面筋肉痛だ。……まあ、傾聴は相手からの信頼を得るための第一歩。今日も頑張るぞ!  俺は『王宮からの協力依頼書(ほぼ強制らしい)』なるものをありがたく受け取って、オルヴァ様変身のために必要なものの買い出しに出かけた。    ◇ 「あー、もうちょっと前髪は短くしてもらっていいですか? 後ろスッキリしたので、前もさっぱりしてもらったほうがバランスがいいので」 「あいよ」 「うっ……うう、眩しい……視界が広い……」  陽気な空のもと、シャキシャキと軽快に鳴り響く鋏の音と、オルヴァ様の呻き声が重なって聞こえてくる。  今日は町一番と名高い理髪師をボルンさんに紹介してもらい、王宮へ連れてきた。まずは国宝級の顔面を隠してしまう長い前髪をバッサリ短くしてもらうことにしたのだ。  理髪師は六十歳前後と見えるベテランだ。  オルヴァ様のお姿を目にして一瞬目を瞬き、眉根を寄せて訝しげな表情を浮かべたものの、仕事ぶりはプロだった。  鋏を動かすごとに動揺が消え、俺の指示通りにオルヴァ様の髪を切ってくれた。しかもときどき、「ここはこうしたほうが男前に見えるんじゃねぇか?」と意見をくれる。  おかげで、オルヴァ様の長い銀髪はすっかり短くなった。前髪後ろ髪が全て同じ長さのモップ頭から、さっぱりしたショートヘアへと大変身だ。 「うん、いいですね! カッコいいですよ、オルヴァ様!」 「……そうだろうか。僕なんかの顔を公衆の面前に晒していていいものだろうか……」 「なに言ってるんですか!? そのお顔を隠し続けるなんて、それこそ人類の損失です! ねぇ!? あなたもそう思うでしょ!?」 「おう、間違いねぇ!」  俺の隣で満足げにオルヴァ様のニューヘアスタイルを眺め回していた理髪師に同意を求めると、勢いのいい返事が返ってきた。 「ローゼンさんもそう思いますよね!?」 「はい……はい……! とてもお似合いです、ご立派です……!」  ついでにローゼン氏にも同意を求める。するとローゼンさん、今日もまた白いハンカチで目元を押さえている。クールに見えて感激屋なのかもしれない。  ローゼンさんの評価も良いようで、俺は安堵して胸を撫で下ろした。  この世界の男性たちは、現代と同じように短髪が多い。美的感覚があまり変わらないようなので、オルヴァ様を変身させる上でも自分のセンスを信じることができだ。  ——うんうん、最高の出来栄えだ! オルヴァ様がもうちょい明るくて活発なお人だったら、アイドルにでもなんでもなれるぞ!  俺は改めて、オルヴァ様を三六〇度から眺め回して見た。  眉の下あたりまで短くなってしまった前髪をつまみ、オルヴァ様はどこか不服げな表情だ。くるんと上を向いた長いまつ毛に縁取られた双眸はきれいな二重で、日の光を吸ってキラキラとまばゆく輝く瞳は、まるで宝石のように美しい。  ——ああ~~こうやって見てるとほんと顔が良いな~。この顔でアイドルみたいににっこり笑ってみてほしい……!  初めてこの人の顔を見た時からうっすら感じてはいたけれど、オルヴァ様の顔、けっこうタイプかもしれない。  けっこうというか……かなりタイプだ。

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