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第11話 笑顔のレッスン

「さあオルヴァ様、次は笑顔の練習をしましょう」 「えっ……? え、笑顔?」    あからさまにオルヴァ様の表情がこわばる。俺はお手本のような営業スマイルを浮かべて頷いた。 「ええ、さっきも申し上げましたとおり、第一印象はとても大事です。仏頂面の御婦人と、笑顔のご婦人、オルヴァ様はどちらの御婦人に好感を持ちますか?」 「うーん………………そりゃあ、笑顔のご婦人のほうが恐ろしくはないだろうが……僕みたいな陰鬱な男に値踏みされるご婦人が気の毒でたまらないな……。というか、同意もなく女性をジロジロ見てたらいやらしいと思われるんじゃないか……? ……せ、性的な嫌がらせにあたるのでは……!?」 「いやいやいや」  王子様なのにセクハラを心配されているようだ。現代であればコンプライアンス的に百点満点の慎ましやかさだけど。 「そんなことはありませんよ。オルヴァ様に微笑みかけられたら、どんなご令嬢でもイチコロです! 誰しもがオルヴァ様を好きになります!!」 「好っ……す、すきに……!!? そ、そんなわけないじゃないか!! あの時だって……」 「戻られてすぐの日のことでしょう? あれは、オルヴァ様に準備ができていなかったせいで起きた事故です。今のあなたが部屋に現れたら、ご令嬢全員があなたの美しさの虜になること間違いなしです!」 「……そ、そんなわけ……」  謙遜しつつもちょっと照れているらしい。オルヴァ様、うっすら頬を赤らめてモジモジしている。 「そういうわけなので、早速笑顔の練習です」 「あ、ああ……よろしく頼むよ」  怒涛の褒めちぎりが効いたのか、オルヴァ様はしおらしく頷いた。  俺はオルヴァ様を促して部屋の中に戻り、ソファに座るようお願いした。  膝頭をピッタリ揃え、大きな身体でちょこんとソファに座るオルヴァ様は慎ましくて可愛らしいのだが、威厳がなさすぎて全然王族に見えない。    さておき、笑顔だ笑顔。 「オルヴァ様。笑顔で一番大切なのは口元です。ここ、口角がきゅっと上がっていれば、多少目が笑ってなくても大丈夫ですよ」 「口元……」  説明がてら、俺は自らの口角に指を当てて軽く持ち上げ、オルヴァ様に向かってにっこり笑って見せた。  すると、オルヴァ様の頬がポッと真っ赤に染まり、ぐるんと180度近く首が回転した。……ものすごい勢いで目を逸らされてしまった。 「あ、あのー……オルヴァ様?」 「すっ、すまない……。久しく他人から笑顔を向けられたことがなかったから、どうしていいかわからなくなってしまって……」 「ああ、そうでしたか。何かご不快だったのかと……」 「ふ、不快だなんてとんでもない! そんなふうに笑いかけられると……その……その」  ちらっ、ちらっとこっちを窺い見るオルヴァ様の頬はいまだに真っ赤だ。笑顔を向けられる機会に恵まれてこなかったオルヴァ様のこれまでを思うと、可哀想すぎて涙が出そうになる。  ——久方ぶりの笑顔が俺のなんかで申し訳ないけど、これからはいくらでもご令嬢に微笑みかけてもらえるようになりますからね……!!  俺はオルヴァ様の幸せを改めて胸の中で強く祈った。 「さあ、やってみましょうオルヴァ様。ニコッ、です」 「にこっ……にこ…………」  ぎぎぎぎ……とオルヴァ様の表情筋がきしみながら持ち上がる。……が、自然な笑顔には程遠い……  口角はまずまず上がっているが、目は全く笑っていなくてむしろ泣きそうだ。この十年、よほど表情筋を使ってこなかったのだろう。  俺は一瞬スンとなりかけたが、すぐに満面の営業スマイルを浮かべて拍手した。 「い、いい感じです! その調子で、少しずつ顔面の筋肉を使っていきましょう!」 「はぁ、はぁ、はぁっ……顔面の筋肉を使う、か。向こうで鍛錬ばかりしていたから筋肉は十分ついたと思ってはいたが、まさか顔面という落とし穴があったとは……!」  サルドラドで筋トレに明け暮れていたせいだろうか、筋肉の話となると少し饒舌になるようだ。そういえば、趣味も筋トレって言ってたっけ。  トレーニング感覚で励ましていけば、笑顔訓練もやる気になってくれるかも……! 「そうです! 自然な表情をつくるには、顔筋を鍛えるのが重要です。表情が豊かな男性を好む女性は多いですし」 「なるほど……。確かに、リオンは表情が豊かだな」 「そ、そうでしょうか」  表情が豊かだなんて初めて言われたから、何だかちょっと照れてしまう。とはいえ、これは営業スマイルだ。若干申し訳なさを感じつつ曖昧に首を傾げると、オルヴァ様は恥じらうようにまつ毛を伏せ、もそもそとこう言った。 「リオンは、すごく女性に好まれそうだなと思ったんだ。笑顔が素敵だし、王族の恥が服を着て歩いているかのような僕にも、紳士で優しい」 「恥!? いやいやなにをおっしゃてるんです!? オルヴァさまは立派です!」    十年にもわたる人質外交をきちんと果たして帰ってこられたのだ。これを立派と言わずなんと言う。  オルヴァ様はさらにうつむき頬を赤らめ、鼻の穴を膨らませながら力説する俺をちらりと見た。 「他人のコン……カツ? に手を貸してやろうと思うくらいだ、きっとリオンは恋人がたくさんいたのだろう」 「え。いや……」

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