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第12話 コンプラは大事です
——そもそも、女性に好まれても困るんだよ俺は……
結局人目が怖くてカミングアウトできなかったし、勇気が持てなくてゲイ専用マッチングアプリにも手を出せなかった。
お客様には「勇気を持って一歩前に進みましょう!」とお伝えしまくっていたくせに、俺のプライベートは孤独で侘しいものだった。恋人がいたこともなければ、子ども時代に幸せな結婚を目にしたこともない。
——俺にあるのは、ハリボテの理想だけ。こんなことを知られたら、オルヴァ様やローゼンさん、それに国王陛下もがっかりされるだろうな。
「……リオン? す、すまない。僕はなにか無神経なことを聞いてしまっただろうか?」
「あっ……いえいえ! そんなことはありません! ……ですが、婚活中に女性に過去の恋愛遍歴を尋ねることは避けたほうがいいです。気をつけてください」
「っ……!? そ、そうなのか……!?」
明らかにショックをうけているオルヴァ様である。俺は慌てて取り繕った。
「私に尋ねる分にはかまいませんが……。といっても、日本——元いた国でも、もっと華やかだったり、男らしい方はたくさんいましたので、彼らのほうが断然モテてましたよ」
「ニホン……か。確かに、きみの顔は綺麗に整っているけれど、この国の人間に比べると多少あっさりしている感じが…………って、すまない! 失礼なことを言った!」
「構いませんよ、実際そうですからね」
『あっさり』の部分よりも『綺麗に整っている』の部分にちょっとドキッとしてしまったけれどそこには触れず、さらりと流す。
だが不意に、オルヴァ様はずいと俺ににじり寄ってきた。
「すまない、変な意味じゃないんだ! 僕は好きだ、リオンの顔も、笑顔も、優しくて好きだ!」
「へっ……」
「っ……いや、すまない! 僕なんかにそんなことを言われても気持ち悪いだけだよな……す、すまない…………」
「あっ、いえ、そんな」
たどたどしく早口でそう言ったあと、オルヴァ様ははっと我に返ったような顔をして、ずずーんと落ち込んでしまった。
早くフォローしなきゃいけないのに、言葉が出ない。
——す、好きって言われた……。いや、顔のことってわかってる。わかってるだろ、俺。
こんなことで動揺してしまうなんてどうかしている。もう二十六歳だっていうのにやばいだろ。アラサーだぞ。もっと大人の余裕を持たないとダメだ……!
俺は淡く早鐘を打つ胸を理性で抑えて、にっこり営業スマイルを浮かべた。
「お……お、お気になさらず。えーと……あ! 笑顔のレッスンを続けましょう! うん、頬骨のあたりの筋肉をきゅっと持ち上げるイメージで、やりましょう!」
「あ、ああ。そうだな、訓練……」
「ええと、そうではなく……。唇を横に広げるのではなく、こう、きゅっと」
ぬーんと横一文字に伸びていく唇がもどかしく、俺はすっと両手を伸ばしてオルヴァ様の頬骨あたりに指先で触れた。
つるんとした白い肌の感触が指先に触れるか触れないかの一瞬——オルヴァ様がソファの上から、消えた。
あまりに速くて目で追えなかった。すさまじい身体能力を見せつけられて呆気にとられてしまったが……ハッとする。
いけない、みだりに王族に触れる行為は不敬にあたるのか……!?
「も、申し訳ありません! 高貴なお体に触れてしまって……!!」
勢いよく頭を下げると、ソファの向こう側まで飛びすさったオルヴァ様が、慌てたようにこう言った。
「あっ! ち、違う! サルドラドにいるときはいついかなるときも暗殺を警戒していたから、触られそうになると咄嗟に距離を取る癖がついているんだ!」
「暗殺」
「すまない。リオンに触られたくないわけじゃない」
オルヴァ様はつかつかと俺のそばに戻ってくるや、ずいっと距離を詰めて俺のそばに腰を下ろした。
吐息がかかるほどの距離に世界クラスの国宝級顔面が迫り、俺は思わず息を呑んだ。言葉を失うほどに美しい相貌に圧倒されていると、オルヴァ様がガシッと俺の両手を掴んだ。
「ほら、大丈夫だ! 驚かせてすまなかった」
「あっ……あの、はい、わかり、わかりましたので……っ」
「訓練に付き合おうとしてくれていたのに、僕ときたらなんて非礼な行動を……! ほら、ちゃんと触って指導してくれ」
「あっ……」
握られた両手が持ち上げられ、俺の手のひらがオルヴァ様の頬を包み込む。
ほんの十センチという至近距離に宝石のごとき瞳があり、オルヴァ様の手と頬の温もりが直に伝わってくる。
——わ、わっ……すごい、すごい。こんな綺麗なひとに触っちゃった……
つるんとした頬、高い鼻、長いまつ毛、憂いを孕んだ美しい瞳。
そして、俺の手をたやすく包み込むサイズの大きな手——……
途端に心臓がバクバクバクと早鐘を打ち始め、頬がカッと熱くなる。
——ちょっと待て。俺、偉そうに笑顔の指導だなんだってやってるけど、他人に触られるとか触るとか、そういうのも未経験だった……!
日本じゃこんなふうに積極的に距離を詰めてくるお客様なんていなかった。しかも他人に——こんなにもいい男に手を握られるなんて初めてだ。俺はひそかに大パニックに陥った。
いつも縮こまっているからわからなかったが、オルヴァ様は身体がでかい。日本人の平均身長の俺の手がまるで女性のそれのようなサイズ感で、なんだか妙に頼りないものに思えてきて……
急激に込み上げてきた感情に操られ、俺は思わず身を引いた。
「あっあの……す、すみません! 俺も、その、びっくりして……!」
いきなり離れたから、オルヴァ様が己を卑下して落ち込んでしまうかも……と思ったが、予想に反して彼は静かなままだった。
オルヴァ様はぱちぱちと目を瞬き、俺を見ている。
「あ、あの……?」
「素のリオンは、自分のことを『おれ』って言うのか。……なんだか新鮮だ」
「え? あ、漏れてました? すみません……」
「どうして謝るんだい?」
「その……無礼に聞こえたのではないかと」
『不敬罪は厳罰』という言葉が脳裡をぐるぐる巡り、冷や汗が流れる。てか、厳罰ってなんだろう? 鞭で何百回もぶっ叩かれるとかかな……!?
しかし、俺の不安とは裏腹に、オルヴァ様は眉根を緩め、ふっと笑った。
それはいい具合に気の抜けた自然な笑みで、思いのほか可愛い。というか、すごく可愛い。
いつも不安げな表情ばかり見ているから余計に笑顔が際立って、たおやかな微笑みに目を奪われてしまう。
——これは、やばい。
さっきから高鳴り続けている胸が、きゅんきゅん妙な音を立てはじめていることに気づくやいなや、プロ根性を忘れかけている自分を、俺は内心タコ殴りにした。
「無礼だなんて感じないよ。なんというか……ちょっといいなと、思った」
「えっ……え?」
「リオンは大人だし、とてもきちんとしている。そういう人の素顔が見えると、少し嬉しいものだな」
あどけなく気の抜けた笑顔のまま、オルヴァ様が頬を掻く。
「リオンが素でいてくれると、少し気が楽になる。僕とふたりきりのときは、過度に社交的でいるのはやめてくれないか」
「えっ。過度、でしたか?」
「うん、なんとなく……。仕事で『コンカツ』を施してくれているのはわかってるんだ。でも、もう少し砕けた口調で話してもらえると気負わず訓練ができそうだ」
忘れかけていたが、オルヴァ様は四つも年下の青年だ。日本で関わってきたお客様はほとんどが年上だったから、丁寧な言葉遣いや礼儀を心がけてきたけれど、年下のオルヴァ様には少し固すぎたのだろうか。
——どうしよう。やったことないけど、お兄さんキャラとかでいったらいいってこと?
「砕けた口調、ですか……」
「だめかな?」
オルヴァ様は申し訳なさそうに眉を寄せ、俺の表情を窺うようにこっちを見た。
その表情も可愛い。イケメンなのに実に可愛い。可愛すぎて、暴れる胸の鼓動は止まらない——が、『砕けた態度』もお客様たるオルヴァ様からのご要望だ。
高鳴る胸元を抑えながら、俺は「善処いたし……わ、わかりました」と絞り出すように返事をした。
と、その時——……
「オルヴァ!? オルヴァが帰還していると聞いたぞ!? ここか!?」
若い男の勇ましい声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
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