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第14話 身辺警護が必要です

「まあ、あんなことがあってはな……自分を責めてしまうのも仕方がないだろう」 「えっ? あんなこと、とは? 何かあったのですか?」 「ん? オルヴァから聞いていないのか? ……まあ、家族のことだしなぁ」  アルヴィス様は腕組みをしたまま顎を撫で、庭で遊ぶ我が子と弟に視線を向ける。  そんなもったいぶった言い方されたら、気になるに決まってるじゃないか——……という想いをこめて、俺はアルヴィス様を見上げた。  俺の訴えるような目つきに気づいたらしいアルヴィス様は、肩をすくめてこう言った。 「前王妃——つまり俺たちの母親は九年前に亡くなった。ずっと気の病を患っていたのだが……王族の中には、オルヴァを産んだせいでそうなったと考えている者が多い」 「えっ……? オルヴァ様のせいで……」  ぎょっとするような内容だ。  アルヴィス様は腕組みをしてゆっくりと息を吐きつつ話を続けた。 「真相はわからない。……が、俺は当時十代前半。母上の様子がおかしいことには気づいていたが、子を孕んだがゆえに体調がすぐれないだけだと思っていた」 「様子がおかしかったんですか……?」  妊娠初期はホルモンバランスの変化が激しく、女性は体調や精神面に不調をきたすことがある——ということは、情報として知っている。職場の先輩が「嫁の性格が変わった。とにかく怖い」とこぼしていたことがあったし。王妃様も、そういうタイプだったってことはないのか……? 「母上はとても聡明で穏やかな女性だった。俺は、そんな母を尊敬していた。懐妊を喜ぶ父上とは裏腹に、母上はひどく具合が悪く、みるみる痩せ細っていってな……。妙に気性が荒くなられてしまい、まだ幼かった弟——第二王子のカイゼルはひどく寂しい思いをしたことだろう」 「そんな大変なことが……」 「まあ、オルヴァを出産した時の母は四十を過ぎていて高齢だった、そのせいで障りが多かったのかもしれない。出産後にしっかり養生すれば落ち着くだろうと思っていたんだが……」  アルヴィス様は物憂げな表情で、庭で遊ぶ我が子と弟のほうへ視線をやる。 「産後も母上の様子は変わらなかった。むしろ悪化したといったほうがいいかもしれない。……変わってしまった母上を見るのが辛くて、俺はほとんどこの城に戻らなくなった。……ちょうどその頃だったな、痛ましい事故が起きたと聞いたのは」 「事故……」 「その時の怪我のせいで、母上は寝たきりになってしまった。オルヴァがサルドラド帝国へ遣わされた次の年に、母上は亡くなった。……もう九年前になるのか」 「どうして……お母様がお亡くなりになったときに、オルヴァ様を呼び戻して差し上げなかったんですか?」  母の死に目に会えなかったとおっしゃっていたオルヴァ様の姿が脳裏に浮かび、俺は思わずそう尋ねていた。  王太子殿下に対して、非礼に当たる行動かもしれない。だけど聞かずにはいられない。  アルヴィス様が、やや面食らったような顔をして俺を見下ろす。  深入りしすぎだと叱られるかと思ったが……意外にも、アルヴィス様は微かに笑った。  そしてやや声を顰めて、こう言った。 「当時、権力を持っていた貴族たちは、オルヴァの存在を疎んでいた。母上の親戚筋の者たちだ」 「……その人たちが反対したから、呼び戻されなかったのですか?」 「そうだ。そして父上は、そいつらの意見に従われた。……なんて意志が弱い王なのかと、俺は父に幻滅したものだ」 「……」  ——派閥争いってやつか? 俺にはわからないけど、今もこの城の中にはいろんな思惑が渦巻いている、とか……?  オルヴァ様のせいで前王妃殿下が病んだとか、事故があったとか……。オルヴァ様の幼少期、ずいぶん不穏な出来事が続いたようだ、そのせいでご自身の存在を『不吉』と感じておられるのだろう。  だがそもそも、前王妃殿下がオルヴァ様を身籠ったせいで情緒不安定になった確証なんてない。  それに、オルヴァ様が他のご兄弟と容姿が異なることについても、事情はわからない。  ——邪推だけど、前王妃殿下が不倫して、それを気に病んでおられたとか……? いや、こんなこと口に出せないけど、そういう理由なら説明がつきそうな気も……  こんな下世話な推理は誰にも確かめられないが……と考え込みかけて、俺は慌てて考えることをやめた。  『迷い子』で庶民の俺が首を突っ込んでいい問題じゃない。  そのとき、アルヴィス様ははたと何かを思い出したような顔で拳を打った。 「ああ、そうだ。ときに相談なのだが」  腰を少し折って身を屈めたアルヴィス様が、俺に顔を近づけてきた。  雄々しく整った顔面が迫ってきてのけぞりそうになったけれど、無礼かと思いなんとか堪える。  オルヴァ様と違って、アルヴィス様からは『漢(暑苦しいフォント)』って感じのギラギラオーラが溢れていて、気圧されてしまうのだ。 「昨日、若い侍女がオルヴァの姿を見ただろう?」 「あ……はい。昼食の支度をしていただいたので、その時に……」 「その侍女が、オルヴァが弩級の美形であることや、押しに弱そうなタイプってことをあちこちで噂して回っているらしいんだ」 「え?」 「若い侍女は王家の内情を知らない者が多い。許嫁のいない第三王子に見初められる好機と思っているらしくてな」 「なるほど……」  確かに、昨日はふたりのメイドさんが昼食の支度をしてくれた。二十代前半くらいに見えるメイドさんが、オルヴァ様の髪を結おうとして目を回してしまったことを思い出す。  もうひとりのメイドさんも同じくらいの年頃だった。ふたりともオルヴァ様のお姿に目が釘付けだったっけ。  ——そりゃ噂にもなるよなぁ。こないだまで獣の生皮を着て髪の毛振り乱していた王子様が、実はめちゃくちゃ美形だったわけだし。 「それで、ご相談というのは……?」 「城中の侍女がこぞってこの部屋に食事を運びたがっている。ここは王宮の離れだが、渡り廊下に警備兵を置いてなんとか食い止めている状況だ」 「……は、はい?」  思わず耳を疑って、俺は無礼を忘れてアルヴィス様の瞳を直視した。  アルヴィス様はゆるく被りを振り、ため息をついた。 「漏れ聞こえてくる話によると、一部の侍女がこの部屋へ夜這いを企てているらしい」 「夜這い」 「押しに弱く、どうも女慣れもしていなさそうなオルヴァと既成事実をつくり、あわよくば王族に加わってやろうと画策しているんだ。うちには向上心の強すぎる侍女がたくさんいるらしくてな……」 「向上心」  アルヴィス様はひょいと背を伸ばし、天井を仰いでため息をついた。 「遊びならいい。だが、オルヴァはあの通り純粋だ。侍女に襲われ、もし子でも孕ませてしまったら困るんだよ」 「襲わ……確かに、そうですね」 「第三王子の立場に相応しいご令嬢と縁を結ぶためにも、オルヴァには清廉潔白でいてほしいのだ」 「それはそうですね」 「そこでだ。リオン・ナルミよ、そなたに命令を下す」 「は、はい!」  いきなり名前を呼ばれて、背筋がシャキッと伸びる。   「オルヴァの結婚相手が決まるまで、リオンにはこの部屋に住んでもらう」 「……え?」 「もちろん、部屋の外には兵を置く。隣の部屋にはローゼンもいる。だが、城の内部を知り尽くした侍女たちがどこから忍び込んでくるかわからない。四六時中オルヴァのそばにいて、弟の貞操を守ってくれ」 「貞操を、守る……!? 私がここに住んで……!?」  声が裏返ってしまった。アルヴィス様は深く頷き、さらにこう言った。 「教会管理官の仕事はしばらく休んでもらう。そなたの上司にはすでに話をつけてある」 「ボルンさん……!」 「必要なものがあればローゼンに言いなさい。全て用意させる」 「あ、あの、でも」 「ローゼンから聞いたぞ。そなたの希望通り、後日改めてご令嬢たちとの席を設ける予定だ。それまでに、オルヴァをもう少し人慣れさせておいてくれ」 「人慣れ……」  そう言って、アルヴィス様は満足げに微笑んだ。てか、まだ俺、やるともなんとも言ってないんだけどな?  この国の王太子殿下ともなれば、命令すればみんな従うんだろうし、こっちの意思なんて関係ないんだろうけど…… 「じゃ、よろしく頼むぞ! 俺も庭で遊んでくる!」  アルヴィス様はくるっと軽快に踵を返し、娘と弟が遊んでいる庭へと早足に向かっていった。  ちらっとローゼンさんを見やる。  ローゼンさんは無言で深々と頷いて、胸の前で拳をぐっと握った。  ……たぶん、頑張れって言うメッセージだろう。

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