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第15話 そして泊まり込みの仕事へ

  ◇ 「お相手と目を合わせるのに抵抗を感じられるのなら、眉間を見てるといいですよ。なんとなく目が合っているように見えますから」 「眉間……眉間」 「そうですそうです、とっても上手ですよ!」  夕食を終え、俺は引き続きオルヴァ様の表情訓練をしていた。  ちなみに、夕飯のワゴンを押してきたのはメイドではなく、銀色の甲冑に身を包んだ兵士だった。すでにどこぞで格闘でもしてきたのか、ずいぶんボロボロで疲れた様子で……  気になって声をかけたら、「離れに続く渡り廊下で侍女集団に襲撃を受けた」——と。この城の侍女、どんだけ肉食なんだよ。怖すぎるだろ。  といった出来事を経て危機感を新たにした俺は、しばらくオルヴァ様の部屋に住むことになったわけだが……  ——俺、ゲイなんですけど。  侍女も危険だが俺もそこそこ危険な存在だと思うんだが? そりゃ、俺はヘタレだから喜び勇んでオルヴァ様を襲うことは絶対にないけど……  事前に言っておいたほうが良かったのだろうか? でも、あの場で「俺ゲイなんで無理です!」なんて言える空気じゃなかったしな……  疲れた顔で、顔面の筋肉を揉みほぐしているオルヴァ様の横顔を見やる。  アルヴィス様、オルヴァ様には事前に相談してたのかな。オルヴァ様、知り合って二日とかの俺が二十四時間近くにいるとか、絶対耐えられない気がする。 「ところでオルヴァ様」 「ん?」 「ええと、アルヴィス様から新たにご依頼を受けたのですが、聞いておられますか?」 「ああ……リオンがしばらくこの部屋に住むという話だな?」 「もう聞いておられたんですね」 「アリスと遊んでるときにサラッと言われたんだ。だが……」  オルヴァ様の顔が、どよんと澱んだ。……ほらみろ、ほぼ初対面の俺がこの部屋にずっといるなんて、この人には苦痛に違いないんだ。 「……すまない、兄が無理な命令を出した。リオンはいやだろう? 僕みたいなつまらない男と朝も昼も夜も一緒だなんて気づまりに決まってる。嫌で嫌でたまらないだろうが、兄の命令だから仕方なく我慢してここにいてくれているのだろう……?」 「えっ!? い、いやいや、私が心配しているのはそういうことじゃなくて、オルヴァ様のメンタルですよ!」  勢いよくそう言うと、オルヴァ様は「メンタル?」と首を傾げた。 「気づまりなのはオルヴァ様だろうなと思いまして……」 「僕が?」 「ひとりの時間が必要ではと」 「うーん……」 「ただでさえ目の下にクマがあります。お疲れなのでしょう? ひとりでしっかり休む時間があったほうがいいのでは?」  オルヴァ様は顎に手をかけ、小さく唸った。 「疲れというか……これは寝不足のせいだ」 「寝不足なんですか?」 「夜、横になっていると夜中じゅう考え事をしてしまって、寝るタイミングを逃してしまうんだ」 「考え事……ですか」 「悪い想像ばかりが頭をめぐってしまうんだよ。サルドラド帝国から刺客がやってきて、機密を知った可能性のある僕を暗殺しに来やしないかとか……機密なんて知る由もないが」 「暗殺……」 「国王陛下は僕を結婚させたいようだが、ご令嬢たち全員から断られたらどうしよう……とか。とあるご令嬢が僕と無理やり政略結婚させられることになって心を病んで、不幸なまま人生を終えることになってしまったらどうしようだとか……」 「そ、そんなことまで」 「そういうことを考え出すと不安になって思い悩んでいたら、気づくと朝になっているんだ」 「あー……なるほどです」  ——ご令嬢には絶対モテモテになるから、その点は置いとくとして……  昼間にアルヴィス様から聞いた、オルヴァ様の幼少期を思う。  きっと、サルドラド帝国でいろいろあったせいで暗い……というか悲観的な性格になってしまわれたのかと思っていたが、それは違った。  両親から愛されず、周りの大人たちからも冷遇されてきたせいで、こういった性格になってしまわれたのだろう。  もう前王妃殿下は亡くなられているし、俺には当時の詳細な状況を知る立場にない。  だけどオルヴァ様はきっと、忌々しいものを見るような視線に囲まれて育ってきたのだ。  ——オルヴァ様の頑張りを褒めてくれる人はいたんだろうか。存在を丸ごと受け止めて、優しく微笑みかけてくれる人はいなかったのかな……?  救いに感じたのは、アルヴィス様はオルヴァ様を嫌っている様子がなかったこと。 『よく帰ってきた』と歓迎して、『大きくなった』と成長を喜んでいた。オルヴァ様は緊張されていたようだけど、俺はアルヴィス様の振る舞いを見て安堵した。    ただ、暗殺を危惧しながら日々生活するなんて尋常じゃない。今もずっと気を張り詰めていたせいで不眠症なのだろう。  俺も夜中目が覚めたとき、つい悪い想像が浮かんでしまい寝付けなくなってしまうことはある。  一生ひとの温もりを知らないまま処女童貞で死ぬのかなとか。没交渉の親が認知症になったら、さすがに家に戻らなきゃいけないのかなとか——……俺にとっては深刻な不安だけど、オルヴァ様は王子様だし、俺とは比べ物にならないくらい深い悩みがあるのかも……  って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。オルヴァ様の寝不足対策だ。 「そういうことでしたら、私が夜もおそばに控えていることで、気が紛れるかもしれませんね」 「リオンさえよければ、そうしてもらえると助かる……」  血気盛んなメイドが夜這いしてくるかもっていうことは、さすがにオルヴァ様には言っていないようだ。 真実を聞いたら、オルヴィス様は怯え切ってこの城から逃げ出してしまうかもしれないからな…… 「わかりました。私がしばらくおそばにいます」 「あ、ありがとう……!」  ぱぁぁぁ……とオルヴァ様の目が輝いた。よほど心細い夜を過ごしておられたのか、俺みたいな隠れゲイの存在をこんなにも喜んでくれるなんて……!  ——オルヴァ様の安眠のためにも、きちんといいお相手を見つけて差し上げなくては……!    婚活コーディネーター魂が再び激しく燃え上がる。  とはいえ、もう夜も更けてきた。午後からぶっ通しで表情筋の訓練と傾聴や相槌の練習をしていたから、オルヴァ様は相当お疲れの様子だ。そろそろ湯浴みをして眠っていただこう。 「オルヴァ様、本日の訓練はこれくらいにしておきましょう。お疲れ様でした」 「ああ……わかった。はぁ…………コンカツってのは疲れるものなのだな……」  「そうですね……少し詰め込みすぎたかもしれません。明日は少しのんびりしましょうか」  いかんせん時間がないため、少しやりすぎたかもしれない。アルヴィス様から近々婚活パーティを催してもらえると聞いて、俺は少し前のめりになりすぎているようだ。  ——きっとオルヴァ様、明日は顔面筋肉痛だろうし。てか、この人なら黙ってたってご令嬢はいくらでも靡いてくれるだろうけど。  ご令嬢との清らかな結婚のためにも、とりあえず侍女から守って差し上げなくては。といっても俺は腕っぷしには全く自信がないから、もし侍女の襲撃を受けても何もできないかも……  とはいえ、男の俺がここにいることで、多少の抑止力にはなるだろう。多分。 「……リオン」 「え? ……うわっ」  考えごとをしていた俺のすぐそばに、オルヴァ様のお顔がある。心の準備なしに目に写すにはあまりに美しい顔だ。俺はびっくりしてのけぞった。

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