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第16話 隠れゲイの俺と同衾……!?
「な、なんでしょうか」
「コンカツ訓練が終わったのなら、その喋り方はやめてくれないか」
「え? ああ……」
いつぞや、もっと砕けた口調で話してほしいと言われたんだった。
「ええと……はい、わかりました。でも、いきなりタメ口というのはハードルが高いですね」
「ためぐち?」
「ええとですね、友人に話しかけるような口調といいますか」
「友人、か………………」
あああ、オルヴァ様の表情がまたしても物悲しげなものに……。ひょっとして友達いないのかな……って、そりゃ難しいか。十二歳から他国で人質みたいな生活してたんだもんな。
「わ、わかりました!!」
「え?」
「夜、ふたりきりの時だけは……もう少し軽い口調でいかせていただきます」
「ほんとに?」
「はい……ローゼンさんも聞いてませんし。自由時間にまで婚活コーディネーターが目の前にいたら嫌ですもんね」
わぁ、すごい。琥珀色の瞳がうるうるキラキラしている。涙の膜が揺れるたび、とろめくように金色が揺れる様がまた美しく、気を抜くとうっとり見つめてしまいそうになる。
——期待のこもりまくったピュアな眼差しを前にしたら、もう後に引けないな……!
俺はごほんと咳払いをして、深呼吸をした。
「え、えと……オルヴァ様。本当にいいの? 俺のこと、あとで無礼者だって怒らない?」
ビクビクしながらそう問いかけてみると——……オルヴァ様は首がもげそうな勢いでブンブン首を縦に振り、「もちろん怒らない! 怒るわけがない!」と言ってくれた。
「わ、わぁ……すごい……家族以外で僕に敬語を使わない人なんて初めてだ。とても新鮮だ……!!」
「恐れ多い……」
「サルドラドでも、話しかけてくる重臣たちは一応みんな敬語だったから……って、まあ、ただの事務連絡だがな……好き好んで僕に話しかける人なんていなかったから………………」
いけない、またオルヴァ様がどんよりしおしおし始めた。俺は慌てて、話題を変えた。
「あ、あの!! アリス様とは何をして遊んだんです!?」
「ああ……。アリスが花冠の作り方を教えてくれたんだ。初めてにしてはけっこう上手にできたみたいで、アリスが褒めてくれた」
「そっか、よかったね……!」
そう語るオルヴァ様の表情は純粋に嬉しそうだ。五歳児に褒められてここまで喜べる成人男性がいたとは……清らかすぎる。このマインド、大切にしてほしい……
「よくできた子だ。僕を気味悪がることもなく、ずっと笑顔で遊んでくれて……。おじ様はお父様と違ってお花が似合うわねって、いろいろつくってくれた」
「確かにそうだね。オルヴァ様、毛皮より花冠のほうが似合うよ」
「そう、だろうか……。今度、リオンにもつくってあげるね」
「えっ、あ、ありがと……。でも、二十六のおっさんに花冠って」
「おっさん?」
オルヴァ様が首を傾げる。……ああ、そっか。俺ってこっちの世界じゃけっこう若く見えるんだ。
「オルヴァ様から見て、俺って何歳くらいに見えるの?」
「そうだな……」
オルヴァ様はソファに腰掛けたまま長い脚を組み、顎に手を当てて俺を凝視し始めた。
やたら真剣な顔。え、普通にかっこいいんですけど。絵になりすぎてるんですけど???
今日は襟の高い黒いシャツで、下はグレーのズボン、黒いブーツというシンプル極まりない格好だけど、それでもやばい。
オドオドしてなくて、ただ椅子に座ってるだけなのに、めちゃくちゃかっこいいんだが? こんなイケメン、現代にいたら速攻トップスターだわ。
——いつもこれくらい凛々しくいてくださったら、結婚相手なんて一秒で決まるんだけどな……
なんて、畏れ多くてそんなこと言えないけど。
もっと自信をつけてもらって、内から滲み出すような威厳を身につけていただけたら、きっと全てうまくいくはずだ。
たっぷり一分くらい考え込んでいたオルヴァ様が、ようやくみじろぎをしてこう言った。
「同じ歳……くらいかな…………いや、でも格好によってはきっと歳下にも見えるかもしれないな…………うーん、なのに四歳も年上なのか……ニホンって世界はいったいどうなってるんだ……?」
俺を凝視したまま苦悶の表情を浮かべている。オルヴァ様、ピュアで真面目すぎて生きていくの大変そうだなぁ……。俺はニコッと営業スマイルを浮かべ、軽い口調でこう言った。
「あ、そんなに悩まなくていいよ。ただの雑談だし、軽く捉えてもらえたら……」
「ざ、雑談? 雑談ってなんだ……? どうやってやるんだ? なにを、話せば…………」
いけない、またオルヴァ様が頭を抱えてしまった。
確かに雑談しろって言われると難しいのはわかる。そこそこのコミュ力がないと、ほぼ初対面の相手と雑談なんてできないものだ。だからこそ、婚活パーティではプロフィールカードを用意して、初対面同士でも会話ができるよう配慮されているわけで……
「ま、まあ、雑談はこれからゆっくり練習していこう。今日のところは婚活訓練は終わりだから、リラックスしてください」
「……面目ない」
心底くたびれた表情を浮かべつつも、オルヴァ様が胸を撫で下ろしている。
さっき凛々しい顔をしていたせいで顔面が疲れたのか、オルヴァ様は眉間を押さえてため息をついている。やばい、寝不足解消のためにも風呂はキャンセルしてただちに眠っていただいたほうがいいかもしれない。
今日一日、オルヴァ様は俺の課した訓練を真面目にこなしてくださった。健気に努力する姿を思い出すと、自然とねぎらいの笑顔が浮かんだ。
「疲れてるみたいだし、今日はもう寝たほうがいいよ。今日もよく頑張ったね」
「……っ?」
すると、オルヴァ様はまた少しびっくりしたような顔で俺を見た。
何に驚いているのかわからなくて、俺は戸惑いがちに首を傾げる。
「どうしたの?」
「……あ、いや。リオンはいつも僕を褒めてくれるけど……タメ口? ってやつで褒められると……何だか、すごくくすぐったいな」
はにかんだ笑みを浮かべるオルヴァ様が可愛くて、どきりと胸が騒いだ。
素の俺に褒められてこんなに喜んでくれるなんて……こっちまで嬉しくなっちゃうじゃないか。なんだか俺まで照れ臭くなってきてしまった。
「……だ、だって、本当によく頑張ってるから」
「う、うん」
「あ、あああ……あのー、そうだ! だからオルヴァ様、もう寝たほうがいいよ! 俺、このソファで寝るから、」
「そんな。ソファでなんてだめだ。リオンも疲れてるだろう?」
「え。でも」
「ベッドで寝たらいい。僕なんかがひとりで占領するにはあまりにも広いから、リオンにも使ってほしい」
「そっ……それは、いくらなんでも……!」
——だめだろ。王子様と隠れゲイの俺が同衾なんてどう考えてもだめだろ……!! そりゃ俺、歳下たぶらかして襲えるような色気も度胸もないけど、それでもさすがにアブナイのでは……!?
ちら、とベッドを見やる。壁際にででんと鎮座するベッドは天蓋つき。確かに、クイーンサイズを二つ並べたくらいの大きさでかなりのでかさだが、さすがにちょっと……
すると、オルヴァ様の顔色がまたしてもほんのり青白くなり、自虐っぽく引き攣った笑顔になってしまった。
「あは、あはは…………そ、そうだな。僕みたいなのと一つのベッドなんて、気持ち悪いっていうか気味が悪いっていうか……そんな当たり前のこともわからないで、僕はなんてふしだらな提案を…………忘れてくれ。なんなら僕がソファで、」
「あーっ! あの! 俺って寝相が悪いから! オルヴァ様の睡眠を妨げたらいけないなと思っただけなんで!!」
大慌てでフォローを入れる。
するとオルヴァ様は、青白い顔のまま少しだけホッとした顔になり、ちらりとベッドに目をやった。
「寝相か……。まあ、ベッドは広いから大丈夫だろう。僕は寝てる時微動だにしないし、リオンはのびのび使ってくれたらいい」
「微動だにしない、んだ……」
「サルドラド帝国は清貧を国のモットーにしてて、ベッドがとても狭くて……寝返りを打った先は冷たい石の床だから、動かず寝る癖がついたんだ。……まあ、清貧という点は見習うべきところもあるなと思ったけど、さすがにちょっとやりすぎだったかな」
またもサルドラド帝国での日々を思い出してしまわれたようだ。
いけない、このままではまた不眠になってしまう。
俺はつかつかとベッドに直行すると、そっとマットレスに腰を下ろした。
「わ、うわ~~すごい!! フッカフカ! 俺もベッドで寝かせてもらうよ!」
「……そう?」
「ソファもふかふかだけど、このベッドには敵わないよな~疲れがめっちゃ取れそうだな~!」
ちょっとわざとらしく聞こえたかなと思ったけど……あ、大丈夫そう。嬉しそうな顔してる。
「う、うん。そうしてくれ。ずっとソファじゃ僕も心苦しいからな」
「じゃあ……恐れ多いけど、ここで寝させてもらうよ」
「あ……そうだ。眠る前に、ニホンの話を聞かせてほしい」
ゴールドラメ入りの琥珀色の瞳がキラキラして、わくわくしてる様子が手に取るように伝わってくる。
わかったぞ。オルヴァ様、眠くなるまでおしゃべりがしたいんだ。修学旅行の夜みたいな、あんな感じだきっと。
『お前、好きな子いんの? 教えろよ~』『やだよ、おまえ絶対言いふらすじゃん』『言わないって~』みたいな、ああいうノリに憧れてるんだ、きっと。
「いいよ、いっぱい喋ろう」
「……わぁ……」
ぱぁぁぁぁ……と顔を輝かせるオルヴァ様の可愛いこと可愛いこと。
ぎゅんぎゅん胸がときめいていることに気づきつつも、不敬な感情には理性の力で蓋をするとして——……
俺たちは順番に軽く湯浴みを済ませ、一定の距離を空けてひとつのベッドに入った。
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