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第17話 第二王子のカイゼル様
◇
「うー…………ん」
ぴち、ぴちちち。小鳥の声がかすかに聞こえる。
細く開いていたらしいカーテンの隙間から差し込む陽光で、俺はふと目を覚ました。
昨晩は、推定一メートルは間をあけてオルヴァ様と並んで眠った。
リクエストにお応えして、現代日本の話を色々聞かせて差し上げたのだ。
街にはビルがたくさん建っていること、アスファルトで舗装された道路が縦横無尽に伸びていて、自動車がたくさん走っていること。日本のオーソドックスな食事のこと、などなど。
米や味噌汁の話をしながらだんだん眠くなってきてしまい、続きはまた明日ということになった。俺はかなり眠かったけど、オルヴァ様は肘枕で横寝して、興味深そうに俺の話を聞いていてくれたっけ。
——オルヴァ様より先に寝落ちたんだろうな、俺……。先に寝たら不敬罪になったりして。
と、思いつつ寝返りを打つと————オルヴァ様の寝顔がドドンと目の前に……!!
「うわぁぁっ……!!!」
三メートル近いベッドの端と端にいたはずなのに、オルヴァ様の肉体がすぐそこにある。そうか、俺の寝相の悪さが災いして、ごろごろオルヴァ様のほうへ転がってしまったんだ。
すぐに距離を取ろうとしたものの……眠るオルヴァ様の姿に思わず視線を奪われる。
——うわ、うわ~~……まつ毛なっが。
健やかに寝息を立てておられるのを確認して、ジロジロと間近で観察する。つくづく綺麗な顔だ。いつまででも眺めていられる。
——小さい頃はえぐいほどの美少年だったんだろうな……。サルドラド帝国で変なイタズラされなかっただろうな……
孤独な十年を過ごされていたようだが、もうすぐオルヴァ様を大切にしてくれる人との出会いがあるはずだ。なぜなら俺という婚活コーディネーターがここにいるから。
幸せな家庭が築けたならばきっと、オルヴァ様の孤独な日々も過去のものとなるはずだ。
「んん……」
オルヴァ様の眉間に皺が寄り、長いまつげが震えている。悪夢を見ているのかもしれない。
一瞬ためらったけれど、俺はそっと腕を持ち上げて、オルヴァ様の頭を軽く、本当に軽く、ふわりと撫でた。
「よしよし。もう大丈夫」
決して聞こえないだろう小さな声で、静かに囁く。
……だがその瞬間、ぱちっとオルヴァ様の目が開いた。
「えっ!? あ、うわぁっ!」
次の瞬間には、俺はオルヴァ様に腕を捻り上げられ、柔らかなベッドにうつ伏せで押しつけられていた。
生まれてこの方曲がったことのない角度にねじられている腕が悲鳴をあげ、俺はジタバタ暴れながら悲鳴をあげた。
「いたたたた!! い、いたい、いたいですオルヴァ様っ……!!」
「っ……リオン……!?」
我に返ったらしいオルヴァ様がパッと手を離す。
ほんの数秒とはいえねじ伏せられていた身体はすっかり竦んでしまい、俺はうつ伏せに倒れ込んだままオルヴァ様を横顔で見上げた。
「す、すまない……!! 刺客が寝込みを襲ってきたのかと……! 申し訳ない!」
「刺客」
オルヴァ様はがばりとその場で土下座したかと思うと、泣きそうな顔で俺を見上げた。寝癖で乱れた銀色の髪が、土下座の拍子にふわりと揺れる。
俺はもぞりと身体を起こし、腕を摩りながら微笑んで見せた……つもりだけど、びっくりしたし、なんならちょっと怖かったから、多分顔が引き攣っている。
「あの、すみません。寝てるとこ急に触られたらいやですもんね。俺が急に頭を撫でたから……」
「頭を撫でた……?」
「うなされているようだったので、つい……申し訳ありません」
「……」
オルヴァ様は土下座状態から身体を起こし、困惑したような顔で俺を見つめた。ベッドに差し込む光を吸って、オルヴァ様の瞳は琥珀色に澄んで輝いている。
「僕を、撫でようと?」
「あ、はい……。すみません、ご無礼を」
「……いい。そのまま、撫でてほしい」
「へっ?」
かすかにベッドが沈み、四つ這いになったオルヴァ様が迫ってきた。
一体何をおっしゃっているのかと戸惑った俺は、後ろ手をついて後ずさろうとした。だが、伸びてきた大きな手に手首を掴まれてしまう。
「っ……オルヴァ様?」
よほど握力が強いのか、はたまた他人に触れるときの力加減がわからないのか、痛いほどの力だ。
握られた手首が、半ば強引にオルヴァ様のほうへ引き寄せられる。
咄嗟に抵抗したせいで俺はそのまま仰向けに倒れ込んでしまったが、オルヴァ様はそのまま身を乗り出してきて——……
「わあっ……いや、あのっ、なにを……っ!??」
何が何だかわからなくなって思わず大きな声が出てしまう。
するとその時——……バンッ!! と激しい音と共にドアが開け放たれた。
「オルヴァ!? 何かあったのか!?」
あまりにもデジャビュ。まだ王太子のアルヴィスが突撃してきたのかと思いきや……
——ん? アルヴィス様じゃない。
ライオンっぽい風格のあるアルヴィス様よりもひとまわり華奢な男のシルエットがそこにある。アルヴィス様は長髪だったけど、この人は短髪だ。
その男はドアに手をついて、ため息混じりにこう言った。
「……へえ、お前もやることやってんだな、オルヴァ」
「あっ……、カイゼル兄様……!?」
——カイゼル兄様? ってことはこの人が、もう一人の王子様か。
オルヴァ様が、ばっと素早く俺から離れてベッドから降りた。俺も慌てて乱れた寝巻き(リネンぽい素材の普通のパジャマだ)を正してガウンを羽織り、ベッドの上に平伏した。(西洋のマナー的に正解なのかわからないけど)
カイゼルと呼ばれた第二王子はツカツカと部屋の中に進み入り、シャッとカーテンを開け放つ。
白い光が寝室いっぱいに溢れ、オルヴァ様がまた「うああああ、あまりにまぶしい……っ」と、瀕死の吸血鬼状態になって頭を抱えた。
てかこの人、こんな朝っぱらから何をしにきたんだ?
「ひさしぶりだな、オルヴァ。ずいぶんでかくなったじゃないか」
「ああ……うん。兄様も……」
「で? 野蛮なサルドラド帝国の弱点のひとつやふたつ、ちゃんと掴んできたのか?」
カイゼル様はソファにどかっと座ると、オルヴァ様と競えるくらい長い脚を組んで頬杖をついた。
キラキラの金髪はサラサラで、眉のあたりで切り揃えられたぱっつん前髪が印象的だ。隙のない目をしていて、理知的な顔立ちをされている。瞳は赤みの強い赤紫っぽい色をしている。
野生み溢れるアルヴィス様とはまるでタイプが異なるイケメンだ。フィオレアン王族の美形遺伝子のすさまじさよ……
——って、そんな呑気なことを考えてる空気じゃないな。
オルヴァ様は複雑そうな顔で、唇に冷笑をたたえたカイゼル様を見つめている。
「ち、父上から、そんなことは命ぜられてない」
「へえ? じゃあ、ただ漫然とあの国でダラダラ無駄な十年を過ごしてたってこと?」
「っ……」
「はぁ……情けない。愚鈍なお前じゃなく、やはり父上は僕をあの国へ遣るべきだったんだ」
——なっ……!? ぐ、愚鈍!?
カッチーンときた。なんだこいつ? なんなんだ? 十年もの孤独な人質外交に耐えてきたオルヴァ様をつかまえて愚鈍だと!?
「あのっ……」
思わず文句を言いかけた俺の前に、すっとオルヴァ様の腕が伸びる。
見上げたオルヴァ様は、険しい顔でカイゼル様を見据えていた。
「カイゼル兄様がサルドラドへ行けば、争いの種が生まれる。お父様——国王陛下はそうおっしゃった。だから僕が選ばれたんだ。……多分」
「ふん、そりゃあそうだろ。あんな野蛮で危険な国、とっとと滅んでくれたほうが世界のためだ。実際サルドラドで過ごしてどうだった? お前だってそう思っただろう?」
「……野蛮なんて言い方は、しないでほしい」
意外にもしゃんとした声で、オルヴァ様はそう言った。
——おっ……? なんだ? オルヴァ様がおどどしてない。
すごく意外だ。さっきまで目が泳いでたのに、見るからにプライドが高くて思想が強そうな第二王子を前にしていても、まるで怯んでいないように見える。
オルヴァ様は静かに兄のもとへ歩み寄り、赤紫色の瞳を真正面からじっと見つめている。
「サルドラド帝国の人たちは、寡黙で堅実なだけだ。前国王は多少血の気が多くて危うい感じがしたけれど、民は皆真面目で、ひたむきに武道に励んでいる」
「……なるほど? 武力をひっそりと蓄えているということだな。で? その武力を奴らは何に使おうとしている?」
「そ、それは……」
「お前は結局、あいつらが何を考えているのかはわからなかったってことだろ? はぁ、やはりなんの役にも立たなかったな」
「そ、そりゃ、わからないところもある! でも、危険な雰囲気ではなかったし、新しく王位についた女王陛下は聡明な方だ……!」
……どういうことだ? オルヴァ様が、サルドラドの人たちを庇っている。
額に微かな汗を滲ませてサルドラド帝国の人々が危険ではないと熱弁するオルヴァ様の姿に、俺は驚かされていた。
てっきり、自分を冷遇したサルドラド帝国の人たちを嫌っているものと思っていたけれど、そうじゃないのか?
対するカイゼル様はかなり好戦的なお人のようだし、ものすごく排他的な思想を持っているように感じる。確かにこの人がサルドラド帝国に行ってたら、確かに王様とか暗殺してどえらい火種を生み出しそうな気が……
——俺が親ならこの人は他国にやれないな……。国王陛下のお考えは正しかったってことなのかも?
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