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第18話 カイゼル様との兄弟関係

「わかった、もういい」    カイゼル様はなおも冷ややかな笑みを湛えたまま、すっと音もなく立ち上がった。こうして兄弟が並んだところを見ると、カイゼル様はオルヴァ様より少し小柄だ。  身じろぎするたびに紺色の詰襟の衣装に金色の飾緒がキラキラきらめき、カイゼル様の硬質な美しさを引き立たせている。  アルヴィス様は貴族服って感じだったけど、この人が身に纏っている衣装は軍服のようだ。腰には剣をも帯びているし、軍人なのかもしれない。 「はぁ……まったく、どいつもこいつも腰抜けだ。十年もの長い時間を無駄にするとは」 「……っ」 「僕が行けば、この世界の構図は変わっていただろう。フィオレアンはもっと豊かになり、周辺諸国はもっと栄え——」 「……いい加減にしてください」  もう黙っていられない。オルヴァ様がこの世界の均衡を保つために費やした時間をすべて無駄だったかのように吐き捨てるカイゼル様の言葉を、俺はこれ以上聞いていられなかった。  カイゼル様が目線だけをこちらに向ける。俺は目に力を込めて、努めて静かな声でこう言った。 「私は『迷い子』で、この世界のことをよく知りません。ですが、やはり無駄な争いはすべきではないと思います」 「……へえ?」 「オルヴァ様が、あちらの国でどれほど苦労されてきたか、あなたはご存知なのですか? 何も知らないあなたに、オルヴァ様を貶す権利はないかと思います」 「……リ、リオン!」  オルヴァ様の声が微かに震える。  だが俺は、カイゼル様を睨みつける瞳から力を抜くことができなかった。 「ふーん……おもしろい。こいつがオルヴァの世話をしているっていう『迷い子』か」  ニィ……と、カイゼル様が酷薄な笑みを浮かべる。部屋中が凍りつくような冷たい微笑みだ。俺は今になって、ほんの数秒前の自分をタコ殴りにしたくなった。  ——うわ……怖……怖すぎ……。どうしよ、めっちゃくちゃ怒ってるじゃん……  『不敬罪は厳罰』という言葉が今更になってぐるぐる頭の中を高速回転しているが、時すでに遅し。  俺は気絶しそうなほどの後悔に溺れそうになりながら、なんとか足を踏ん張ってその場に立ち尽くすことしかできないでいた。 「『迷い子』、か。ふーん……どれどれ?」  不意に痛いほどの力で顎を掴まれ、強引に引き寄せられた。  顎を掴まれた拍子に俺はふらつき、カイゼル様のほうへ二、三歩たたらを踏む。 「だらしない格好だな。オルヴァと同じベッドに入っていたということは、あいつに閨指導でもしているのか?」 「? ねや、指導……?」 「妙な病気はもってないだろうな。『迷い子』は容姿の珍しさから、性奴隷として高値で取引されることもある。お前、どこぞで保護された奴隷か何かか?」 「せ、せせ、せいどれい……!? ち、違います!! 俺は、この国であたたかく迎え入れていただきました! そんなひどい仕打ちは一度も受けていません!」  カイゼル様の言う現実の残酷さに、俺はゾッとさせられる。青くなりながら首を振ろうとしたが、顎をみしみし掴まれているから動けない。  思わずカイゼル様の手首を掴んで解放してもらおうとしたら……  突然ぐんっと身体が引き寄せられ、ふわっとした甘い香りに包まれた。 「離してください」  オルヴィス様が俺を身体ごと抱き取って、きつい視線で兄を睨みつけている。  頭上でばちばちと火花が散っているように見え、俺はきょとんとなって凛々しいオルヴァ様を見上げた。 「リオンは僕の教師であり友人です。乱暴なことをしないでください」 「ふーん……教師で友人、ねぇ」 「リオンには、僕がちゃんと結婚できるように色々なことを教えてもらっている最中なんです。邪魔をしないでください」    ——う、うわ。オルヴァ様が堂々としている……!!  凛とした姿を間近で目の当たりにして、どくんと胸が高鳴る。怖すぎるカイゼル様の乱暴な手から救ってもらったこともあいまって、オルヴァ様がめちゃくちゃ頼もしく、かっこよく見えた。   「……面白い」  カイゼル様は全く面白くなさそう声でひとこと。薄い唇にはあいもかわらず氷のような笑みが張り付いていて怖すぎる。 「オルヴァがそこまで言うのなら、貴様の無礼はひとまず不問にしてやろう」 「……っ……申し訳ありません……」  喉から謝罪を絞り出したものの、カイゼル様からまたしてもひと睨みされ、身が竦む。目から刃が飛び出してきそうなほど凄みのある目つきだ。怖いからこっちを見ないでほしい……   「ふ、そうだオルヴァ。遠乗りに行くぞ」 「え? ……今からですか?」 「ああ、そうだ。この僕が直々に、お前がどれほど成長したか見てやろう」  カイゼル様はそう言い置いて、マントを翻して部屋を出て行こうとした。  そして扉のところで一旦足を止め、横顔でこっちを振り返る。 「その『迷い子』も連れてこい。その男はずいぶんと世間知らずなようだ、もう少し見聞を広げさせたほうがいい」  肩を抱かれたまま、俺はバッとオルヴァ様を見上げた。  え、嫌すぎるんですけど。あの人と馬で遠くへ行くとか嫌すぎるんですけど!?   事故に見せかけて馬から落とされたり、矢とか打ち込まれたり、人気のないところで処刑とかしてきそうで怖いんですけど……!?  だが、オルヴァ様に俺の必死の訴えは通じていないようで。 「わかりました」  あっさり承諾されてしまった。  俺の異世界生活、今日で終わりかもしれない。

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