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第19話 ふたりの護衛騎士
「ははっ!! 遅い遅い!! もっと打ち込んでこいオルヴァ!」
「は、はい!」
光る汗、弾ける笑顔、麗しき美形兄弟の戯れ——……
シャツの襟を延々としゃぶってくる馬の首を撫でながら、俺は世にも美しい光景にうっとり見惚れていた。
あのあと。
カイゼル様が部屋から出て行ったあと——……オルヴァ様は生まれたての子鹿のごとく震えていた。プルプル膝が笑って、立っていられなくて、逆に俺が支えて差し上げた。
「こ、怖かった……」とガクブルしながら俺に縋るオルヴァ様がいつも通りなことに安堵しつつ、さすさすと背中をさすって差し上げたのだった。
そしてあれよあれよと言うまに馬に乗せられ小一時間。遥か遠くに城を望む高台の草原にやってきた。
そしてカイゼル様に「僕の鍛錬の相手をしろ」とオルヴァ様に木刀を握らせ、カンカンッと小気味いい音を立てながら剣を打ち合っている。
「っ……!! へえ、なかなか重い一撃を打てるようになったじゃないか!」
「はいっ……サルドラドの学校では、武術の授業が一日五、六時間はありましたから……!」
「多すぎるだろ! ……くっ、なんて野蛮な国なんだ。座学よりも武学を優先させて、全ての民を兵として扱おうとしているのか!?」
「あっ……そうじゃなくて! あの国はもともと狩猟民族が興した国なのでその名残で……!!」
「隙あり! 敵の言葉にいちいち動揺していては勝てないぞ!!」
——相変わらずサルドラド帝国への警戒心マックスなのかと思ったら、オルヴァ様を煽ってたのか……
俺は中学高校と陸上部でハイジャンプをやっていて、武術なんぞとは無縁な暮らしをしていたからわからないけど、ああいう駆け引きはなかなか奥が深そうだ。オルヴァ様はピュアだから、敵に何か言われたらすぐ信じてしまいそうだなぁ……
と、のんびりイケメン兄弟を眺めていたら、足音が近づいてきた。草地を踏むたびガシャガシャと音を立てるのは、王族を守護する近衛騎士の甲冑の音だ。
「リオン様、お初にお目にかかります」
「あ、ど、どうも」
ふたりの騎士が、シンクロしたように同時に俺の前で跪く。対応に困った俺は、とりあえずぺこりと深くお辞儀をしておいた。
「私は、国王陛下よりオルヴァ様の護衛騎士を拝命しているフェルナンと申します」
「同じく、ギルバートと申します。オルヴァ様と共に十年間、サルドラド帝国へ赴いておりました」
「えっ、そうなんですか!?」
ああ、よかった。オルヴァ様、まるっきりひとりぼっちってわけじゃなかったんだ。
そう安堵すると同時に、それは当然の対応か……と、俺は思い至った。一国の幼い王子様を、ひとりきりで他国に遣わせるわけがないか。
フェルナンは赤みがかった金髪を肩の辺りまで伸ばした優男。ギルバートは、黒髪でよく日焼けした肌が精悍なスポーツマンタイプって感じの男だ。ふたりとも俺と同じ二十代後半くらいに見える。
「おふたりも、少年の頃からオルヴァ様とあちらの国に……?」
「ええ、十七の頃からオルヴァ様とサルドラドへ参りました」
「そうでしたか、少し安心しました。オルヴァ様は、あちらの国でずいぶん孤独に過ごされていたようですが、話し相手がちゃんといたんですね」
「いや、それが……」
優男のフェルナンがオルヴァ様に親しげな眼差しを向ける。このふたりがいたなら、オルヴァ様は俺が想像していたよりも孤独ではなかったのだろう——と思って尋ねてみたら、ふたりは揃って物憂げな顔をして顔を見合わせる。
そしてフェルナンはクッ……!! と唇を噛んで眉間を押さえ、ものすごい早口でこう言った。
「有事の際以外、気安くオルヴァ様と口をきくべきではないと騎士団長から強く言われておりましたので、我々はただ見守るのみでございました……!! ずっと、ずっと歯痒かったんです……オルヴァ様がおひとりでシクシク泣いておられる夜などは、抱きしめて眠って差し上げたかった……!! でもいけません……!! 王子と護衛の恋などあってはならない! そもそもオルヴァ様はまだお幼くていらしゃったし、私の薄汚れた欲望のままにあの方に触れるわけには……ッ」
「——このようにフェルナンはオルヴァ様に並々ならぬ感情を抱いていましたので、俺はいつの間にやらフェルナンを監視する役になってましたね。ほっといたら、オルヴァ様に何をしでかしたかわかりませんから」
「こ、こらっ!! リオン様になんてことを言うんだっ!」
しれっととんでもないことを言うギルバートに、フェルナンがいきりたつ。……まぁ、ショタオルヴァ様なんて、きっと想像を絶するほど可愛かっただろうから、気持ちはわかる。公序良俗的に絶対わかっちゃいけないけど。
「な、なるほど。でもおふたりがそばにいて、オルヴァ様はお心強かったと思いますよ」
曖昧にニコ……と笑いながらそう言うと、長身のふたりは揃って俺を見下ろした。
「今はリオン様がオルヴァ様の世話役をされていると聞きました。コンカツ、という技をオルヴァ様に授け、つつがなく結婚相手を見つけられるようになる、と」
「技……ではないけど、まあそんなとこです」
「オルヴァ様、サルドラドに染まってすっかり野生み溢れるお姿になられてましたが、やっぱり今の方がいいですね。百獣の王がごとく獣を身に纏いしオルヴァ様のお姿も非常に気高く尊いものでしたが、やはり素顔の方が良い。実に美しい。実に、|愛《う》い……!!」
フェルナンがうっとりしながらオルヴァ様を見つめている。この人、ほっといたらメイドさんと結託してオルヴァ様を夜這いにきそうだな……
「確かにそうですね。あんなにもお美しいのに、ご自分に対する評価が低くて、初めはすこし困りました」
うっとりしているフェルナンにではなく、俺は硬派っぽいギルバートに話しかけた。ギルバートは隙のない目で、じーっと俺を凝視している。
……俺も、フェルナンみたいな危険人物じゃないかと疑われてるのかも。怖いので、俺は必要以上にキリッとした顔をしておいた。
「あちらの国の皆さんとは、あまり会話が弾まなかったとおっしゃってたんですよね。そのことで孤独を深めてしまわれたようで」
「ああ……なるほど。多分それ、誤解だと思いますけどね」
「誤解?」
「サルドラドの人々は皆、頬や顎の骨ががっしりしていて、筋肉質でずんぐりした背格好をした人が多いんです。なのでオルヴァ様は、とにもかくにも目立っていました」
「あ。そういう……」
想像に難くない。
ひとりだけ異様にビジュアルが良いせいで、浮きまくっていたオルヴァ様のお姿が……
「編入した学校でも、それはもう恐ろしく目立っていて、男女問わず皆がオルヴァ様に夢中でした」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
「ええ。ただ、オルヴァ様に話しかける勇気を持つ者は現れず……。触れてはならない偶像、神のような存在として崇められ、オルヴァ様には友人と呼べる存在がついぞ現れませんでした」
「ああ~……全て理解しました」
俺の人生で一番深い頷きが出た。
すると、ギルバートの隣でずっとプルプル震えていたフェルナンが、大量の涙をどばどば流しながら身悶え始めた。
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