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第21話 カイゼル様からの疑念

「オルヴァ様の容姿は、王族の方々とはかけ離れたものでした。国王陛下は前王妃殿下の不貞を疑い、王宮内はかなりギスギスした雰囲気だったと」 「……それは、オルヴァ様からも聞いたことがあります」 「そして、王妃殿下のご体調もよくなることはありませんでした。公務に出られることはなくなり、部屋に篭られて寝たり起きたりという生活を送っておられたそうです」  ギルバートの言葉を継いで、フェルナンが続ける。 「とにかく情緒不安定だったご様子で、カイゼル様はずいぶん悲しい思いをされていたらしいです。わがままを言って侍女たちを困らせたり、物を壊して暴れたりして、ずいぶん周りの者の手を煩わせたと」 「そうですか……。まあ、母親からキツく当たられてたら、子どもも情緒不安定になりますよね……」 「ええ……おいたわしいことですが、カイゼル様は第二王子というお立場もあります。物に当たりたくなるパワーを武芸のほうへ向けるようになってからはメキメキ力をつけられて、今やフィオレアン王国の軍部をまとめるお立場になられました」 「なるほど」  カイゼル様の豪華な軍服。彼はやっぱり軍人なのだ。  確かに、見かけによらず握力すごかった……。顎を掴まれたとき、あのまま骨を砕かれるかと思ったくらいだもんな…… 「オルヴァ様は乳母に育てられていましたが、前王妃殿下はふと我に返ったように『我が御子を返せ!!』と喚いて乳母を殴りつけ、オルヴァ様を奪ったり。かと思えば憎しみをぶつけるかのように、オルヴァ様を乱暴に扱ったりされていたようで」 「それは……ずいぶんひどい状態ですね」  出産前後は女性ホルモンの乱高下するせいで、妊婦さんはメンタルを病んだりすると聞いたことがある。  産後もすぐには元には戻らないというし、身体も出産後でボロボロだ。そんな状況でも生まれたばかりの赤ちゃんを世話しなくてはならないし、母親としての振る舞いを求められるプレッシャーもあり、産後うつになってしまう女性はたくさんいるらしい。  ——前王妃殿下も、そうだったのか?  そうなると、かわいそうなのはカイゼル様だ。  アルヴィス様はすでに成長されていただろうから状況が理解できたかもしれないが、カイゼル様は幼稚園児くらいの年齢だ。弟ができて嬉しい気持ちもあったかもしれないが、大好きな母親が変わってしまったという事実は受け入れ難いものだっただろう。 「そして極めつけが、痛ましいあの事故です。——前王妃殿下が、王宮の螺旋階段から転落されてしまわれました」 「転落……!?」  王宮に招かれた時にまず目についたもの——それは、優美な曲線を描く螺旋階段だった。  上階へと続く白い階段は五、六十段はあるだろう。壁には天使と女神を描いた巨大なステンドグラスが誂えてあり、淡い色ガラス越しに光が差し込む様は、あまりにも美しかった。  その場所で、事故が起きた。 「前王妃殿下が足を滑らせたとか……ですか?」 「ええ、おそらくは……。ただ、そのとき階段の上におられたのは、よちよち歩きを始めたばかりのオルヴァ様だったのです」 「えっ……」  幼いオルヴァ様が母親を突き落としたりするわけがない。だから、これは痛ましい事故に違いない。  だけど、その事実を知ったカイゼル様がどう思うかは……想像に難くない。  大好きだった母を変え、事故の原因を生んだ張本人——それがオルヴァ様だと思っておいでなのだろう。 「その怪我が元で、前王妃殿下は寝たきり状態となり、そのまま……」 「……大変なことがあったんですね」 「ええ。といっても、今お話したことは近衛騎士団内内に伝わっている噂でもあります。真実を知るのは、国王陛下と前王妃殿下のみ……かもしれませんね」  オルヴァ様のお姿を見やる。  カイゼル様の攻めに耐え、時にやり返し、ほぼ互角に剣を打ち合う美しい兄弟の生い立ちに、そんな暗い影があったとは。 「オルヴァ様とカイゼル様は、この先上手くやっていけるのでしょうか。心配ですね……」  腕を摩りながらそう一人ごちると、フェルナンがスッと俺のそばに近づいて耳打ちをしてきた。 「オルヴァ様も心配ですが、『迷い子』のあなたももっと気をつけたほうがいいですよ」 「え?」  ぬ……と数センチの距離にフェルナンのタレ目がある。近すぎてぎょっとしたが、一応話は聞いておこう。 「国によって『迷い子』の扱いはさまざまです。海を隔てたとある国では、公然と『迷い子』がオークションにかけられ、暇を持て余した大貴族のおもちゃにされてますから」 「お、おもちゃ……?」 「年齢問わず、性奴隷のような扱いを受けるようです。『迷い子』は容姿が珍しい者が多いので、貴族の関心を惹くのです。……反吐が出る話です」    ギルバートが吐き捨てる。変態っぽさのいなめないフェルナンも、痛ましげな顔で首を振る。  ついさっきカイゼル様に聞いたこととはいえ——治安の悪そうな場所でこんな話を聞いてしまうと、ぞわぞわと寒気が走る。たくさんの警備兵がそのあたりにいて、フェルナンとギルバートが俺のそばにいても、やっぱり、怖いものは怖い…… 「大丈夫、私たちがいれば平気ですよ」  フェルナンがひょいと身を屈め、俺の顔を覗き込んで微笑んだ。こいつはたぶん変態なんだろうけど、騎士然とした笑顔で頼もしいことを言われるとホッとした。 「オルヴァ様に味方してくださる方は、私たちにとっても大切なお方ですから」 「あ、ありがとうございます……」  よほど俺が不安そうな顔をしていたのか、フェルナンとギルバートがぴったり左右にくっついてくる。心強いが、ガタイのいい男ふたりに至近距離で挟まれるのは多少暑苦しいというか、怖いというか……  そのとき、ガキっと鋭い音がした。  ハッとして音のした方を見ると、カイゼル様の手から弾き飛ばされた木刀が、くるくると空を舞っていた。驚愕の表情を浮かべるカイゼル様と、いつになく鋭い眼差しで兄を見据えるオルヴァ様の姿がある。  ——うわ……オルヴァ様、あんな顔もできるんだ……!  感極まった俺は心の中でオルヴァ様に喝采を送った。つもりが、本当に盛大な拍手をしていた。  するとオルヴァ様がこっちを見て、ぽっと頬を赤らめる。鋭かった目つきが緩み、無防備な笑顔がふわっと漏れた。  ——うぐ、可愛い……。やばいな、オルヴァ様のいろんな一面を見るたび、どんどん沼が深くなる……  だがそのとき、頬にジリッと禍々しい視線を感じて、俺はぴたりと拍手をやめた。  カイゼル様が、俺を射殺すような目で……いや、射殺した上で焼き尽くしてやろういわんばかりの苛烈な目つきで、こっちを見ている。  その視線があまりに怖くて、俺はそろりそろりと拍手していた手を体側に戻した。すると、カイゼル様はサラサラの金髪をさらっと掻き上げ、何事もなかったかのような顔で木刀を拾い上げる。 「やるな、オルヴァ。この僕から一本取るとは大したものだ」 「あ……あ、ありがとうございます……!」  嬉しそうに目を輝かせるオルヴァ様の肩を叩き、カイゼル様はぐるりと辺りを見回した。  隠れてる兵士に何か合図でも送ったのか。それとも、オルヴァ様が引き入れたと疑っているサルドラド兵の気配を探っているのか……?  ——カイゼル様は、オルヴァ様の敵なのか? 今日もなんなく部屋に入ってきたし、油断ならないぞ……  俺の戦闘能力なんてゼロに等しい。第二王子だから、護衛の兵士たちも彼の進入を断れない。  腹の奥が落ち着かない。  草原を渡る強い風が、俺の黒髪をめちゃくちゃに乱して吹き抜けた。

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