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第22話 レストランで休憩を
カイゼル様は仕事があるといって、さっさと城へ戻って行った。
この高台の丘までは馬で一時間かかり、道中そこそこ大きな街の中も駆け抜けた。
せっかく城壁の外の街に出てきたのだし、護衛の騎士たちも揃っている。
そういうわけで、俺はオルヴァ様に街の散策をしてみたいと申し出てみた。
「カイゼル兄様もリオンに見聞を広げさせろって言ってたし、ちょうどいいかもしれないな」と言って、オルヴァ様は俺の申し出を許可してくれ、フェルナンたちも「街中なら盗賊も襲ってくることはないでしょう」といって了承してくれた。
街中を歩いているだけで派手に目立つであろうオルヴァ様は、すでにマントのフードを目深に被っている。それでも、すらりとした長身や身に纏う高貴な空気は隠しようがない。街の人々の密やかな視線を感じつつ、俺たちは街を歩いた。
王宮を囲う高い城壁の中に広がる街も活気があるが、この街もかなり賑やかだ。港にも近いとあって、このあたりは珍しい商品を売る店がたくさん軒を連ねている。
俺はひそかに、婚活イベントで必要になりそうなものを物色した。
プロフィールカードに使う紙、ご令嬢に出す招待状に使う封筒や便箋、オルヴァ様に似合いそうなジャケットやマント、ブーツなどなど。
目をつけた店には後日改めて訪問するとして、オルヴァ様と俺は食事を取ることになり、いかにも高級そうなカフェテラスに入った。
「え? カイゼルお兄様がどんな人か……?」
先に店に入り店主と交渉してきたギルバートが案内してくれたのは、広々としたテラス席だった。二階のテラスを貸切にしたというので、ここならオルヴァ様もフードを脱いで食事ができる。
「そうだな……アルヴィスお兄様より年が近かったから、カイゼルお兄様はよく遊んでくれた」
「えっ? 仲がよろしかったのですか?」
「あまりお会いする機会はなかったけれど、僕に剣技や体術を教えてくれたのはカイゼル兄様だ。かなり熱心に扱かれたのを覚えているよ」
「へ、へえ……」
「アルヴィス兄様は寄宿舎にお住まいだったから、あまり会えなくてね。僕は、カイゼル兄様が会いにきてくれる日が楽しみだった。ものすごくスパルタで青あざが絶えなかったけれど、僕にとっては唯一、普通に接してくれる家族だったからね」
唇に微笑みを湛えながら懐かしげに語るオルヴァ様の横顔を見つめながら、俺はちょっとだけ邪推をしてしまう。
それって、武術を教えることにかこつけてオルヴァ様をサンドバッグにしてたんじゃないのか……と……いや、だめだ。そんな不躾なことを考えてはいけないぞ……
「サルドラドへ行く話がお父様から出たとき、カイゼルお兄様は一番反対していた。こんな甘ったれのノロマじゃなく、僕が行くべきだとおっしゃっていた。……ああ……そうだ、あのとき初めてお兄様にノロマと言われて、僕はすっかり自信を失ってしまって……」
しまった! 思い出したくもない過去を思い出させてしまったようだ。
俺は風のようにオルヴァ様の目の前に膝をつき、「きっとオルヴァ様を庇いたかったんですよ!! それ以外考えられないっ!!」とすかさずフォローした。
「どうだろうね……僕は、頼もしいカイゼルお兄様にすっかり甘えて、自分で何かを考えるってことをしてこなかった。甘ったれのノロマと言われても仕方がないさ。今日も愚鈍と言われてしまったしな……」
「オルヴァ様は愚鈍じゃありません!! 馬に乗るのも上手だったし、剣もとってもお強かったです!!」
「そ、そうかな……」
「まるで本当に馬と会話してるみたいに自由自在に操ってて、すごかったです!」
オルヴァ様は、俺が乗る予定の馬におっとりと語りかけていたのだ。
「リオンは馬に乗るのは初めてだから、ゆっくり優しく走るんだよ? きみのご主人様になる素晴らしい人だ。しっかり守ってあげるんだ」と、首を撫でられながら語りかけらていた馬の目がだんだんキラキラしていく様子を、俺は近くで見守っていたのである。
おかげで、俺は馬に振り落とされることなく乗馬ができたし、襟をしゃぶられたり鼻先を擦りつけられたりと、ものすごい懐かれた。人より馬と会話が弾むってのはダテじゃないのかもしれない……
「あと、護衛騎士の方々に聞いたのですが……今日行った森のそばは、とても危険な場所らしいですね」
「ああ……盗賊が出るらしいな。早急になんとかしないと」
オルヴァ様は椅子の肘掛けに軽く体重を預け、手元のグラスに目を落とす。
『カイゼル様は、どうしてそんな場所にオルヴァ様を連れて行ったんでしょうか』『あなたがスパイ行為をしているかもと疑っておられるらしいですよ。早急に否定されたほうがいいのでは!?』などなど、カイゼル様が怖いがゆえに色々意見を投げかけたくなったが、兄弟関係に亀裂を入れたくはないので黙っておく。そもそも、俺が口出ししていいことなのかどうかも、わからない。
なので曖昧に「怖いですね……盗賊なんて」と呟くと、オルヴァ様はっとしたように目を瞬き、おもむろに俺の手を握りしめてきた。びっくりした俺は思わず手を引っ込めかけたけど、オルヴァ様の握力には敵わない。俺は戸惑いがちにオルヴァ様を見上げた。
「ええと。あの……」
「大丈夫だ、リオンのことは僕が守るよ」
「へっ?」
「慣れない街歩きで不安になったんだろう? 大丈夫、不審な輩の気配があれば、僕がすぐになんとかする」
「あ、ありがとうございます……」
思いがけず頼もしいことを言われてしまった。俺に向けられた凛々しく真摯な眼差しから眼が離せず、胸はどきどき早鐘を打っている。
——守ってくれるって言ってるのか……? 俺を……?
いや、ダメだ。勘違いするな。
オルヴァ様は思慮深く民に優しい王子様なんだ。その優しさを一瞬向けてもらえたからといって勘違いしちゃいけない。
俺はときめきかけている胸を必死で宥め、ぎこちなくニコッと笑った。
「い……いいですね! 男前な台詞、カッコいいです! ご令嬢たちもときめくこと間違いなしです!」
「……え? あ、いや、これは」
「カ、カイゼル様の兵もあのあたりを警戒しておられるとのことですし! オルヴァ様の護衛騎士のおふたりもいますしね!」
早口にそう言って、さりげなくオルヴァ様の手からするりと逃れる。
触れられていた場所が妙に熱くて、俺はそっとその手を胸元で握りしめた。
必死で話題を逸らした甲斐があったようだ。オルヴァ様は自らの顎に触れ、なにか逡巡するように視線を落とした。
「カイゼル兄様の兵、か。確かに幾つも視線を感じたな……」
「え、すごいですね。私は何も感じませんでした」
「兄様は隠密行動が得意な部隊を創って、国のそこここで見張りを立てているらしい。遠乗りに出た直後から、ずっと数人の気配があった」
「へえ……」
——隠密行動ができるのか、まるで忍者だなぁ。
初めての乗馬にすっかり気を取られていたこともあり、俺はそんな気配はまるで感じなかった。てか、馬を降りてからも何も気づかなかったけど……
「つまりそれだけ、あのあたりは物騒ってことですよね……?」
「……。兄様は多分、僕にあの土地の現状を見せておきたかったんだと思う。あの近くには、昔小さな村があったはずなのに、なくなっていた。皆、もっと安全な土地に越したらしい」
「そうですか……。確かに、盗賊が頻出する場所に住みたくないかも」
「街道から少し離れた辺鄙な場所だが、王族の支配がきちんと及んでいることが盗賊に示せたら、あのあたりで悪さをすることもなくなるだろう。……と、お兄様はお考えなんだよ、きっと」
「そうですか……」
真剣な表情で物静かにそう語るオルヴァ様のお姿は、とても立派な王子様に見えた。……って、もともと何もしなくたって立派な王子様なんだけど、思慮深い一面が垣間見えたことで、俺はオルヴァ様を見直した。
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