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第23話 一つの誤解が解けて
オルヴァ様がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。そう思えたら、胸の多くで黒々とつっかえていた疑念がスッと消え、少し心が軽くなる。
テラス席で通されたのは、四人がけくらいの大きさのソファ席だ。カップルシートにしては大きいサイズで、座面はフカフカのクッションでできている。
眩しい陽光を遮るパラソルの下、オルヴァ様の瞳はいつになく怜悧な色を湛えていた。
「すみません。食事前に盗賊の話なんかしてしまって」
「いや、怖い思いをさせたのならば悪かった。……ところで……」
グラスをテーブルに置いたオルヴァ様が、ずいっと俺のほうへ尻をずらして近づいてきた。
「今日、フェルナンたちと何を話していたんだ?」
「えっ? いえ、別に大したことは……」
「これくらい、ものすごく距離が近かった。どうして? 普通の会話をするだけなら、あんなに顔を近づける必要はなかったはずだ」
「えっ? いや、それは……」
フェルナンの距離の取り方が変っていうのもあったけど、オルヴァ様には聞かれたくない内容の話をしていたからだ——とは言えず、ちょっとバツが悪くなってしまった。
——あのふたりも、許可なくオルヴァ様の家族関係について俺にも話したって知られたらマズいのかな……どうなんだ?
「べ、別に、本当に大した話はしてなくて……」
「……そう、なのか?」
オルヴァ様が珍しく不服げだ。凹んだり卑屈になったり泣いたり怖がったりっていうお顔じゃなく、なんだかちょっと悔しそうな顔をしてるように見える。
——あっ。留学中、唯一自分のそばにいてくれた騎士たちと俺がいきなり仲良さそうにしてたから、兄貴を取られたみたいな気持ちになっちゃったのかな?
だとしたら、確かに面白くはない眺めだったろう。俺は心から反省し、「……すみませんでした」と謝った。
するとオルヴァ様は首を傾げる。
「どうして謝るんだい?」
「きっと、あのふたりがオルヴァ様ではなく私に注意を向けていたから、気に触ったんですよね?」
「……ん? うーん…………違う。それは違う」
「え……えーと?」
オルヴァ様が首を捻っている隙をついて、俺はじりりとソファの端に尻をずらした。そうすると、オルヴァ様がまたずずいと距離を詰めてきて、俺は反対側の肘掛けに退路を塞がれてしまった。
——え、近っ……。それに、なんなんだよその顔は……っ。
眉間に微かに皺を寄せ、オルヴァ様がじっと俺を見据えているのだ。見慣れた悲しげな顔じゃない。どことなく雄々しさを秘めた、複雑そうな顔だった。
「オルヴァ様……?」
「リオンはコンカツができるから、僕よりずっと人とうまく付き合えるってことは知ってる。……でも、目の前であんなふうに他の者と顔を近づけたり、身体を寄せ合っているところを見せつけられるのは……なんだか、すごく嫌……嫌っていうか……すごく、落ち着かなかった」
「……へ?」
「早々に兄様との打ち合いを切り上げたかったんだ。そう簡単には勝たせてもらえなくて、もどかしかった」
「っ……」
「リオンは、僕の友だろう? なのにフェルナンたちともあんなふうに…………いや、それはおかしい。リオンが誰と親しくしようとリオンの自由だ。…………わかってるんだ。すまない、僕はなんて図々しいことを…………」
——え? えっ? それってつまり、嫉妬……か?
人間関係の乏しそうな……というか、ほぼまっさらそうなオルヴァ様は、『嫉妬』という感情を初めて経験したのかもしれない。
てか、俺があのふたりと仲良くすると機嫌が悪くなる?
むず……と胸の奥がくすぐったい。オルヴァ様が可愛くて、嬉しくて、むずがゆくてたまらない。
俺はにやけそうになるのをグッと堪えて、オルヴァ様に微笑んだ。
「あのときは、オルヴァ様のお話を聞いていたんですよ」
「僕の? ……ああ、なるほど、僕がサルドラドでいかに孤独で惨めだったかを…………」
「違いますって」
俺は、フェルナンたちからきいたサルドラド帝国での誤解について、オルヴァ様に包み隠さず話して聞かせた。
初めは「まさか、そんなことあるわけないよ。あのふたりが僕を慰めようとして作った夢物語だ……」とどよどよしていたが、真摯に話し続けていると、ようやく信じてくれたっぽい。
やがて、オルヴァ様は少しずつ落ち着いた表情になり、ほう……と気の抜けたため息をついた。
「僕は、嫌われていたわけじゃなかったってことなのか……?」
「そういうことです。オルヴァ様が美しすぎて、誰もあなたに声をかけられなかったってことです」
「そんな、そういうことならもっと早く教えてくれたらよかったのに……フェルナンめ」
「まあまあ、余計なことを言わないようにと、騎士団長から釘を刺されていたみたいですから」
「うーん……」
オルヴァ様はぎゅっと目を閉じ、膝に肘をついて前のめりになった。そしてまたため息をついている。
「嫌われてなかったなら、よかったよ。……はあ、僕の苦労はいったいなんだったんだろう」
「ふふ、ほんとですね。というか、オルヴァ様を嫌う人なんてそもそもこの世界にいやしませんよ」
「それは言い過ぎだと思うけど……」
「言い過ぎじゃないですよ。オルヴァ様は優しくて、強くて、民のことをきちんと考えられる思慮深い人です。この数日一緒にいただけで、私にはそれが伝わっています。きっとすぐに、この国の人たちもオルヴァ様の魅力に気づくはずです!」
「……」
うる……と、オルヴァ様の琥珀色の瞳が潤む。とろめくように金色が揺れ、涙の幕に覆われた瞳の美しさは言わずもがなだが、今日はいつもより一段と瞳が明るいような気がする。
「……リオンは優しいな」
「お、恐れ入ります。当然のことを申し上げているだけですが……」
「いや、優しいさ。僕は……僕らは、王位継承権を持つ者として幼い頃から厳しく育てられてきた。手放しで褒められた経験があまりないせいかな……リオンの言葉のひとつひとつが、すごく、嬉しいんだよ」
「オルヴァ様……」
少しだけ寂しげに微笑むオルヴァ様がいじらしくて、胸がさらにぎゅうんと締め付けられる。
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