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第28話 俺の場合

    ◇ 「じゃ、あの、こっちにこう」 「あ、はい。お邪魔します……」  昨日と同様にひとつのベッドに入ったはいいけれど、お互い意識しすぎて昨日以上にぎこちない。しゃちこばりながら、俺たちはふかふかのマットレスに横たわった。  すると、さりげなくオルヴァ様の腕が俺の首の下に差し込まれた。首の下に触れるオルヴァ様の肉体の感触にドキッとした。ウブそうなのに、腕枕っていう概念は知っているのか…… 「うう、う、腕しんどくない……ですか?」 「大丈夫、このほうがそれらしいかなと思ったんだけど……眠りにくかったり迷惑だったらこんなことはすぐにやめ、」 「いや、いいです! らしいです! 恋人とか夫婦ってこんな感じなんじゃないかと思います!」  陰キャモードに入りそうになるのを食い止めるために慌ててフォローを入れた。……ような空気を出してはいるけど、ちょっと下心もあったりする。  オルヴァ様は今後、妻を迎え入れなきゃいけない立場だから、当たり前のように男役をやっている。ちなみに俺はネコなので、心ときめく相手に腕枕をしてもらえるという経験があまりにも役得なのだ。  ——わぁ、オルヴァ様の腕、筋肉質でけっこう太いんだな。すらっとして見えるのに不思議……  オドオドしてるからちょっと小さく見えるけど、オルヴァ様は俺より十五センチくらい背が高いし、俺の何倍も筋肉質な身体をしている。こうして近づいてみると、体格差をまざまざと感じさせられ、これまで以上に胸が騒がしい。  ——それに、あったかい。いい匂い。オルヴァ様、低体温そうに見えて結構体温高いんだな……  婚活で意外と重要視されるのは、匂いだったりする。  写真での外見が好ましく、趣味嗜好が合っていて条件を全てクリアしていたとしても、いざ実際に会ってみると『臭いが生理的に無理だった』とおっしゃられて交際に発展しないというケースはままあるものだ。  女性からお断りが入ることが多いけれど、逆もまた然りだった。たとえ清潔にしていたとしても、食生活や体質によって消えない臭いもあるので、体臭の合う合わないは意外と重要なポイントだったりする。  ——オルヴァ様の匂い、好きだな。ほんのり甘くて、優しい匂いがする……  偉そうに婚活をサポートしたりしているが、俺は他人と寝たことがない。肌の匂い意識するほど他人と接近することなんて、まったくなかった。  高校の修学旅行のときに、ふざけて布団に入ってきたやつがいてドキドキしたけど、あのときはすぐ担任が見回りに来て、BL的な展開にはまったくならなかった。というか、エロ漫画みたいに都合のいいことなんて、現実では起きるわけがないのだ。    ——こういうの、いいなぁ。……もっとくっついてもいいかな……  自分より高い体温。誰かのぬくもり。想像以上に、俺はオルヴァ様の体温に癒されている。  こんな生活になって半年。実はけっこう毎日緊張していたのかもしれない。  死にかけて(実際死んだんだろう)、訳もわからず異世界にやってきて、それなりに仕事をしながら生きてきた。  失敗しないように、ずっと気を抜かずにやってきた。  無意識のうちにずっと張り詰めていた緊張の糸が、オルヴァ様の体温をそばに感じていると緩んでいく。  ——導入と言わず、もうちょっとイチャイチャできたらなぁ。経験豊富そうな雰囲気出してたら、ちょっとくらいエロいことも………………いや、だめだ、化けの皮ってのはすぐ剥がれるもんだ!  ひとりでドキドキしていると、俺のときめきとは裏腹に、オルヴァ様の戸惑いがちな声が聞こえてきた。 「このあと、どうするんだろう……このあと、どうすればいい雰囲気とやらになるんだろう……謎だな……」 「あっ、えっと。……と、とりあえずお喋りでもしてみますか? コミュニケーションは大事なので……」 「な、なるほど。じゃあ、昨日の話の続きをしてくれないか」 「はい!」  やることが決まって少し気が楽になった。……が、不意に、今度は腰の下にするっとオルヴァ様の腕が入り込んできて、俺は声を殺して悲鳴を上げた。  ——え!? なんで腰、腰抱き寄せられてるの!?!?  腕枕だけじゃなく腰まで引き寄せられ、俺たちはベッドの中で正面から向き合って横たわる格好になってしまった。  ひとつだけ点った灯りで、オルヴァ様の国宝級顔面が淡く照らされている。眼福が過ぎる。  俺を見つめる金色にとろめく琥珀色の瞳がわずかに細められ、ゆっくりとまつ毛が上下する。形のいい唇は、下唇がふっくらして柔らかそうだ。  あの唇にキスしたら、どんな感触なんだろう。どんなに気持ちがいいだろう——むくむくと込み上げてくる不埒な欲求を唾液と共に飲み下す。  ——やばい。ちょっと心臓もちそうにないんだけど。俺、一晩中こんな状態でいたら、不整脈で死んじゃうんじゃないか……!? 「ええと。あのー……」 「こっちのほうがそれらしいかと思って……嫌かな?」 「嫌じゃない……です。てか、腕枕やこういう仕草の知識は、どこで得てきたんですか……?」 「サルドラドにいたときに、図書館で読んだ恋愛物語に書いてあった。主人公の男が女性をベッドに誘い込んで、こうやって抱き寄せて口説いてたかと思ったら、急にその……あちこち揉んだり触ったりが始まって……」  「てことは、やはりR18……ってわかんないか。せ、性行為の描写まであったってことですね?」 「……あったよ。それが結構生々しくて……夜、眠れなくなってしまって」 「——なるほど」  この情報をフェルナンが聞きつけたら、『私がお相手になって差し上げます!! さあ、そのまたぐらに燻る猛々しい熱を私の中に! 存分に撒き散らしてください!! 逆でもいいです!!』とかなんとかいってオルヴァ様に襲いかかってそうだな……と俺は思った。  ——そういう事態になんなかったってことは、自慰でなんとかしてたんだろうな……  オルヴァ様も自慰をするのか……と妄想しかけて、大慌てで打ち消した。いくらなんでも不敬がすぎる妄想だ。  しかし、多感な時代をひとりで過ごされていたのかと思うと不憫ではある。って、俺も多感な時期はゲイ動画見ながらアナニーに耽ることしかできなかったわけだけど……  モワモワと過去に閲覧した動画の数々を思い出しそうになったとき、オルヴァ様が身じろぎをして、俺の名前を囁いた。 「リオン」 「……ん?」 「リオンは、いつもどうやって行為に及んでいたんだ?」 「うぐ」 「リオンは優しくて、紳士だ。きっと素敵な恋愛をたくさんしてきたんだろう?」 「え、ええと……」  行為に及ぶどころか、その相手さえいたことがない。なんてことを今更オルヴァ様に告白できるわけもなく、俺は口籠ることしかできなかった。

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