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第31話 演技

「……えっ?」  あえてキビキビした口調で、俺はそう言い放った。  握られたままの手をすっと引き抜き、シャツの胸元が乱れたオルヴァ様の上半身をぐいと押す。    すると、思いのほかたやすく、オルヴァ様は俺の上からどいてくれた。わけがわからないといった表情を浮かべて俺を見ているオルヴァ様に、俺はにっこり営業スマイルを向けた。   「とてもいい導入だったと思います。完璧です!」 「リオン……?」 「他人だった相手と対話し、徐々に距離を詰めていく。とてもお上手でした。さすがです」 「ちょっ……ちょっと待ってくれ。リオン、いったい何を言ってるんだ」  オルヴァ様が、苛立ったような、泣きたいような、とても悲しいお顔をされている。  俺も内心泣きそうだ。こんなこと言いたくなかった。  だけど、きちんと身の程をわきまえなくては。 「私の演技力、なかなかのものだったでしょう?」 「え……演技? どこから?」 「どこもなにも。ずっとですよ」 「……ずっと?」 「すべては、あなたに素晴らしい結婚相手を見つけていただくためにやっていることです。明日も頑張りましょうね」 「……」  オルヴァ様の表情が凍りついてゆく。  そんな顔させたくない。この人はふわふわ緩く笑っている顔が一番可愛くて、一番この人らしいのに。  でも、これ以上はだめだ。  俺はぐっと拳を握り締め、かろうじて笑顔を浮かべた。 「お互い、少し身体を冷ましたほうがいいですね。私はしばらく外に出ていますから、落ち着かせておいてくださると助かります」 「……リオン」 「フェルナンたちにドアの外にいてもらいますから。安心してください」  ふいとオルヴァ様に背を向け、つとめて冷静なしぐさを装ってベッドを抜け出す。  そしてそのまま、オルヴァ様の部屋を後にした。       ◇ 「はぁ~~~~~~~~~~……………………」  月明かりで、城の庭園はほの明るい。  国王陛下が国政をおこなう王宮と、オルヴァ様が住んでいる離宮の間には、きれいに整備された広い広い庭園がある。  離宮を囲うように俺の背丈くらいの樹が植っていて、それを彩るように色とりどりの花が咲いている。  どこをどう歩いてきたのか、わからない。オルヴァ様の悲しげな顔を記憶から振り払うように歩き続けて、ようやく身体に燻る熱が引いてきた。  ——ひどいこと言っちゃった。俺、オルヴァ様を傷つけた。  バラのような甘い香りを漂わせる白い花のそばに置かれたベンチ。俺はどさりとそこに腰を落とし、頭を抱えた。 「……ああ~~~もう……いやだ。こんなの。オルヴァ様、絶対泣いてるじゃん……」  突き放すにしても、もっといい言い方はなかったのか? 全部演技だなんてひどすぎるだろ。     これまでたくさん褒めたり、励ましたりしたのは本心なのに。あれも演技だと思われていたらどうしよう。  オルヴァ様の魅力は確かなものだからこそ、俺は彼を褒めちぎった。婚活のために自信をつけてほしいという一面ももちろんあるけど、それ以上に、この人自身が気づいていない魅力に気づいて欲しくて、たくさん褒めた。  ——厳しく育てられてきて褒められ慣れてないみたいだし、だからこそすごく嬉しそうにされてて、可愛かった。……そういうのも全部嘘だと思われてたら、どうしよう……  でも、方向性としては間違ってないはずだ。  オルヴァ様とはきちんと距離をとって、いち婚活コーディネーターとしての立場をわきまえなくてはならないのだから。  オルヴァ様の魅力に惑わされ、フラフラ公私混同した自分を殴りたい。プロ失格だ。一体俺はなにをしてるんだ。 「……明日からどういう顔で、俺はオルヴァ様と過ごせばいいんだ」    わしゃわしゃ髪を掻き回していると、くしゃみが出た。……寒い。勢いで出てきたからパジャマ一枚だ。  この国の今の気候は、日本でいう春のはじまりくらいか。あたたかくなってはきたけど、朝晩はひどく冷え込むあの感じ。ダウンを着るかトレンチを着るか迷って、結局トレンチじゃ寒くて……みたいな。  梅の花がちらほら咲き始めて、職場の花見の予定なんかを確認し始めるような——あの空気感が、不意に懐かしくなる。 「……なんだか、夢の中にいるみたいな気分だなぁ……」 「ほう、夢?」 「!!?」  突然の冷たい声に、俺はベンチの上で飛び上がる。  ばっと背後を見ると、軍服にマントを羽織ったカイゼル様が、木にもたれて腕を組んでいる。 「カイゼル様……!」 「みっともない。なんて無防備な格好だ。……まったく、これを着ろ」  冷ややかな口調だが、カイゼル様は俺にマントを羽織らせてくれた。重くてしっかりした生地のマントは、ほんのりとカイゼル様の体温を孕んでいてあたたかい。 「……すみません」 「どうしてひとりでこんなところに? オルヴァはどうした」 「お部屋におられます。フェルナンたちがついていますので、大丈夫かと」 「あいつか……。それは大丈夫なのか?」 「ギルバートもいるので……」 「そうか」  曇りかけたカイゼル様の顔が元に戻る。……あれ? フェルナンの変態っぷりって有名なのかな……? 「で、どうしてこんなところにいるんだ。あいつと喧嘩でもしたのか?」 「い、いえ……そういうわけでは」 「? ……城内とはいえ、こんなところに長居するもんじゃない。早く戻れ」 「い、いや……それは、ちょっと……」  オルヴァ様の傷ついた顔を思い出し、俺は曖昧に言葉を濁す。  するとカイゼル様がつかつかと俺の座るベンチに近づき、背もたれに片手をついて身をかがめ、至近距離で顔を近づけてきた。  身じろぎをしようとしたが、カイゼル様の凍りつくような眼差しに射竦められ、身体が動かない。  だがふと、カイゼル様の指の背が目元に触れ、俺はビクッとなって身を引いた。 「目も頬も赤いな。……そうか、オルヴァと寝たのか」 「ねっ!? ね、寝てません!! 寝るわけないじゃないですか!」 「何をムキになってるんだ。閨指導もお前の仕事だろう?」 「そ、それは……」  思わず口籠った俺を見下ろすカイゼル様が、唇を歪めてニヤリと笑う。  すぐそこにあるカイゼル様の硬質な美貌。オルヴァ様とよく似た面差しだが、やっぱりこの人の目つきはあまりにも怖い。  だって目に光がなくてのっぺりしてるし。人を殺しても平気そうだし……って、それは言い過ぎか。 「なんですか……?」 「お前はこれまでに何人の人間とベッドを共にしてきたんだ?」 「は、はい!?」 「コンカツとかいう訓練の中には閨指導も含まれるんだろ? ハリス侯爵家の息子とも寝たのか」 「ね、ね、寝てませんよ!!」 「ふん……父上は脇が甘い。後妻の王妃の学友だからといって、ハリス家との距離が近すぎるのも考えものだ。挙句、貴様のような何処の馬の骨ともわからない男をオルヴァのそばに置くとは」  小さくそうぼやいたカイゼル様の細い唇が、ふと三日月のようにしなる。俺の顎に、カイゼル様の右手がかかった。

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