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第32話 カイゼル様の本音

「っ……は、離してください」 「警戒心が強く臆病なオルヴァが、お前には随分早く懐いたな。どんな手を使ってるんだ?」 「ど、どんな手って言われても……」 「閨指導にかこつけてあいつを籠絡し、言いなりにしてるんじゃないんだろうな。オルヴァが妻を娶ったあとも、あいつをいいように使うために」 「は、はぁ!?」  ちょっと待ってくれ、言いがかりも甚だしい。オルヴァ様が俺に懐いてくれているのは、褒められ慣れていないあの人を褒めちぎったせいかとは思う。だけど、オルヴァ様を籠絡する? いいように使う? いったい何を言い出すんだこの人は。 「おっしゃっている意味がわからないです」 「お前はこうして王族との繋がりを得た。今後もこのつてを使わない手はない」 「俺は、オルヴァ様が無事結婚されたら、教会管理官に戻って静かに暮らしていくんです! あの方を利用するだなんて考えたこともありません!」  自分でそう言って、ちくりと胸が痛んだ。  そう、オルヴァ様がお嫁さんを見つけたら、俺とあの人の繋がりは消える。一庶民として、平穏に、ただただ静かにこの世界で暮らしていく。  本音を言えば、俺はオルヴァ様と一緒にいたい。誰よりも近くで、不器用なあの人を見守っていたい。俺にだけ向けられる無防備な笑顔を独り占めしたい。  ——でも、そんなことが許されるわけないんだ。  目を背けたくなるように現実が、すぐそこまで迫っている。その抗いようのない事実が俺を苛立たせ、その苛立ちは目の前にいるカイゼル様へと向かっていく。   顎を捕らえたカイゼル様の手首を両手で掴み、俺はあらんかぎりの力を目に込めて、カイゼル様を睨み上げた。 「俺は、オルヴァ様を幸せにするためにここにいるんです。それだけです」 「……へえ? あいつを幸せに、ねぇ。お前にそんなことができるのか?」 「できます。してみせますよ」 「大した自信だな。『迷い子』風情が、王族たるオルヴァの幸せをどうこうできると?」  きっぱりとそう言い切った俺を、カイゼル様はなおも酷薄な目つきで見下ろしてくる。  苛立ちまぎれに強気な態度を取る俺が物珍しいのか、じーっと俺から目を逸らさない。 「……やはり気に入らないな」 「……はっ?」 「あいつは、僕には見せない笑顔をお前には見せていた。……どうやってあいつをたぶらかしたのかと聞いているんだ。答えろ」 「………………はい?」 「僕のところには、帰国の挨拶にもきやしない。忙しいのかと思いきや、四六時中お前とベッタリだ。実に気に入らない」 「……えーと」    ——ん? カイゼル様、何言ってるんだ……?    カイゼル様の発言を噛み砕くと……つまり、オルヴァ様が俺に懐いてて、ずっと一緒にいることが気に入らないってこと? 帰国の挨拶に来てもらえなかったから、拗ねてるってこと?  カイゼル様は、お母様を変えてしまったオルヴァ様を恨んでるんじゃないのか? 転落事故の原因っぽいオルヴァ様の存在を、疎んでいるのでは……?  アルヴィス様やフェルナンから聞いた話から想像していたカイゼル様の姿とはかけ離れた発言だ。  呆気に取られてぽかんとしている俺のアホヅラが気に入らなかったのか、カイゼル様のこめかみに青筋が浮かぶ。 「……ほう、やはり僕には言えないようなやり方でオルヴァを手懐けていたんだな!? この薄汚い『迷い子』め! 純真無垢なあいつに何をした!?」 「な、なにも……!」   何もしていないことはないから多少言葉に詰まってしまったが、妙な誤解を与えると斬られてしまいそうなので一旦何もなかったことにしておいて……。俺はキッとカイゼル様を見上げる。 「俺はただ、聡明で努力家なあの方を、褒めて差し上げているだけです!」 「褒める……? 僕だってオルヴァを誉めているだろう」 「い、いや……褒めてるかもだけどそれ以上に貶してるじゃないですか。愚鈍とかのろまとか役立たずとか言って……」 「ふん、本当のことだろ。……だが、まあ、人質としてサルドラド帝国へ赴いた以上、何もしないという選択をしたという点については賢明だった。評価してやってもいい」 「は!? そういうお考えなら、まずはそっちを伝えるべきでしょうが!」 「? 無事に戻ったのだから、そんなことをわざわざ言う必要ないだろう」 「はぁ…………」    あまりにも話が通じなくてため息が漏れる。……いや、だが冷静になれ。この人は王子で、軍部を司る立場の偉い人だ。重責に耐えつつ立派に国を守っている人なのだから、俺とはありとあらゆる感覚が違うんだ。うん。  再び呆気に取られてしまった俺を、カイゼル様はなおも冷ややかに睥睨してくる。でも、さっきよりこの人の目つきが怖くなくなってきた。 「……それなら、素直に褒めてあげてくださいよ。オルヴァ様は、あなたのことを理解しようとしているんですから」 「僕を、理解?」    今日の遠乗りのあと、オルヴァ様が言っていた内容をそっくりそのままカイゼル様に話して聞かせる。  俺はカイゼル様に悪意があって、盗賊が出没する危険な場所に連れて行ったんだと思っていたけど、オルヴァ様は違うお考えだったこと。幼い頃に遊んでもらいながら鍛えてもらったことを、嬉しく思っていたということを。  すると、俺の顎をミシミシ掴んでいたカイゼル様の手が、ちょっとだけ緩んだ。 「オルヴァ様は、あなたをとても慕っているんです。でも、あなたが怖いから構えてしまうだけなんですよ」 「……僕が怖い、だと? どこがだ」  カイゼル様が心底わけがわからないという顔で首を傾げる。  自覚がないのか……俺は呆れて天を仰ぎたくなった。 「失礼ながら……その、目つきとか。あと、オルヴァ様に対する口調もきついですし言葉遣いもチクチクしてますし」 「ちくちく?」  ギロ、とカイゼル様に睨まれた。怖すぎて内臓がひゅんとなる。  だが、ここまで言ってしまったのだ。今から黙って塩らしくしてももう遅いだろう。俺は開き直ることにした。 「オルヴァ様に限らず、部下のみなさんとかご家族とかに対して、たとえ頭で否定的なことを考えていたとしても、口に出さないほうがいいこともあるかと思います……。その……状況次第ではあるでしょうが……」 「……」  あいかわらずカイゼル様の目が怖いので、最後のほうはもごもご曖昧な口調になってしまった。  だが、『軟弱な思想を僕に押し付けるな!!』とブチギレられるかと思いきや、カイゼル様は思い当たるところがあるのか、なにか逡巡しているような顔をしている。  ——いや、俺の価値観を押し付けてもよくないな。でも最後にひとつだけ、聞いておきたいことがあるんだった……! 「失礼ながらもうひとつ。……あなたは幼少期にオルヴァ様のせいでお母様に甘えられなくて、あの方を恨んでおられるんですよね!?」 「——は?」  またしても、カイゼル様が何を馬鹿なことを言ってるんだこいつはって顔で俺を見下ろし、派手にため息をついた。 「ふぅ、馬鹿馬鹿しい。そんなことでオルヴァを恨むわけがないだろう」 「……へ? そうなんですか?」 「そもそも、王家の子女はベタベタ親に甘えながら育つものではない。物心つく頃から家庭教師からあらゆることを学び、身の回りの世話は侍女がする。親とは言え国王陛下と王妃殿下だぞ。お前ら庶民とひとくくりに考えるな愚か者」 「すみません……」 「くだらない妄想だな。ん? というか、何でそんなことを知ってるんだ。オルヴァが話したのか?」 「い、いえ。風の噂で……」  フェルナンたちから聞いたと言ってしまうとあとあとまずい気がして、俺はすっとぼけた顔でごまかした。 「じゃ、じゃあ。盗賊騒ぎのことはどうなんです。オルヴァ様がサルドラド帝国と結託して、盗賊騒ぎを起こしているのだと疑ってるんですよね?」 「は? 違うが?」 「え?」  カイゼル様はいよいよ呆れ顔になり、憐れむような目つきで俺を見下ろしてくる。……なんかだんだん腹立ってきたな。

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