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第33話 救いの手

「あいつは愚鈍だが素直で純粋な人間だ。サルドラドのやつらにあること無いこと吹き込まれ、フィオレアン王国の国益を脅かすようなことをさせられているのではないかと、それは疑っている」 「あ、そっち……」 「毛皮を身につけた屈強な男たちの姿が目撃されている。あれはサルドラド帝国の民族衣装に酷似していた。もしあいつが手引きしているのなら、厳しく言ってやめさせなくてはならない。……だが、証拠もなくあいつを責めるわけにもいかない」 「はぁ……」 「貴様のことも部下たちに調べさせた。が、特に妙な情報は出てこなかった」 「えっ。俺のことまで疑ってたんですか!?」  気づかないうちに身辺調査をされていたのか? 俺は耳を疑った。  カイゼル様はさも当然と言いたげな表情のまま、ため息をつく。 「当たり前だ! 『迷い子』のような出どころのわからない不審人物、真っ先に疑われて当然だろう。どこぞの国から送り込まれたスパイかもしれない」 「スパイ……」 「フィオレアン王国は平和を保ってはいるが、長きにわたり小競り合いを続けている国もある。この国だって無関係ではない。なにが戦争の火種になるかわからないから、僕は常に全てを疑っているんだ」  ——この人……  カイゼル様はまだ若い。だがすでに国を守るべくして戦っているのだ。きっと、とても立派な人なのだろう。  それにカイゼル様は、どこまでもオルヴァ様のことを心配しておられるのだ。  しかもツンデレだから、その気持ちが素直にオルヴァ様に伝わらないという悲劇が生まれているというわけか…… 「お話はわかりました。……あのー、そろそろ顎が割れそうなんで、手を離していただけませんか」 「この程度で? まったく、『迷い子』は軟弱だな」 「こいつ……」 「ん? 何か言ったか」 「何も言ってません」  そこまでいってようやく、俺の顎は自由になった。……が、カイゼル様は俺が座るベンチの背もたれに手をついたまま、俺を腕の中に閉じ込めている。 「あの、まだ何か……」と問おうとしたその時、突然、視界からカイゼル様の姿が消えた。  そして次の瞬間には、カイゼル様がオルヴァ様に後ろ手に腕をねじ上げられ、地面にうつ伏せにされていて——俺は目を瞬いた。 「何をしている!? リオンから離れろ!」 「っ……オルヴァ様!?」  穏やかなオルヴァ様から発せられた声とは思えないほどに厳しく凛とした声が、庭園に響き渡る。オルヴァ様に続いて、フェルナンとギルバートも姿を現した。 「リオン! 大丈夫か!? まさか城内にも賊が出るとは……」 「は、はい! 大丈夫です……あの、その人は……」 「フェルナン! ギル! すぐにこいつを捉えて——」 「オルヴァ!! いい加減にしろ!!」    カイゼル様の一喝が、また庭園に響き渡った。  すごい眺めだ。カイゼル様が苦悶の表情を浮かべて足をばたつかせ、「この馬鹿!! この僕を賊と間違えるやつがあるか!!」と喚いている。  その声を聞いて、組み伏せた相手が実の兄だと気付いたらしい。オルヴァ様は険しい表情のまま、カイゼル様の腕から手を離した。 「まさかカイゼル兄様がリオンを襲うなんて……どうしてこんなことを」 「襲ってなどいない! どうして僕がこんな軟弱な『迷い子』を襲わなきゃならないんだ」  痛そうに腕をさすりながら、カイゼル様が立ち上がった。そして忌々しげに俺を睨みつけ(なんでだよ)たあと、オルヴァ様をジロリと睨めあげる。 「襲ってないなら、どうしてリオンを?」 「……まったく、誤解だ。僕は、こいつと話をしていただけだ!」 「話をするだけなら、なにもリオンを拘束することはないでしょう」 「ふん、ちょっと手首や顎を掴んだだけじゃないか。これくらいの拘束から逃れられないとは、つくづく『迷い子』という生き物は軟弱で使い物にならない」  またしてもネチネチ俺をこき下ろしつつ、カイゼル様は軍服についた土埃を払っている。そしてついでのようにフェルナンたちを睨みつけ、ふんと鼻を鳴らした。ふたりとも、カイゼル様と目を合わせないようにあさっての方向を見て直立している。 「そんな言い方はよしてください。リオンは戦のない平和な国からやって来たのですから」 「ふん、知るか」 「……」  俺を背に庇うようにカイゼル様の前に立ちはだかっていたオルヴァ様が、ふと横顔で俺を見下ろす。  かと思えば、ひょいと俺を掬い上げるように横抱きにした。……そう、お姫様抱っこをされてしまった。  いつになく厳しい表情をしたオルヴァ様の顔がすぐそこだ。緊張したけれど、それを凌駕するほどの喜びが込み上げてきて、俺はひそかにオルヴァ様の横顔をじっと見つめる。  ——あんなことを言ったのに、俺を心配してここへきてくれたのか……?  きゅぅうんと胸が締め付けられる。……が、なぜか俺を睨むカイゼル様の目つきが怖くて甘い気分には浸れない。俺はそっとオルヴァ様のガウンを引っ張った。 「あ、あの、オルヴァ様。本当に話をしていただけなので、安心してください」 「……そうなのか? 兄様に何かされたんじゃないのか? すまない、見つけるのが遅くなってしまって」 「何もされてないです、大丈夫ですので」 「……そう」  オルヴァ様は、ホッとしたように眉をハの字にする。俺を横抱きにしたまま、オルヴァ様はくるりと踵を返した。 「……兄様。僕は、リオンに乱暴を働かないでくれと言いましたよね」 「ああ、言ったな。さっきも言ったが、僕は乱暴なことなどしていないぞ」 「……」  オルヴァ様の痛ましげな視線が、俺の顎に向いている。……あぁ、やっぱり痕がついてるんだろう。 「リオンの綺麗な顔に痣をつけたじゃありませんか。——もう二度と、リオンに近づかないでください。いいですね」  オルヴァ様が、兄に向かって横顔でそう言い放つ。オルヴァ様の体の向こうにいるカイゼル様の表情は推して知るべきことすぎて、怖くて見れなかった。

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