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第36話 ローゼンさんが語る過去
◇
「リオン様、お戻りですか。大荷物ですね」
「はい、ただいま戻りました」
離宮に戻ると、ちょうど執務室から出て来たローゼンさんが、大荷物を抱えた俺を見つけて足早に近づいてきた。
「お持ちしましょう。これらは一体……?」
「オルヴァ様の婚活パーティ……じゃなく社交会で使用するものです。預かっていただけますか?」
「承知いたしました」
俺の手から荷物を受け取りつつ、ローゼンさんが興味深そうに荷物を見ている。
まずはプロフィールカード。
上質な紙を購入し、印刷屋でプロフィールを書きこむことができるカードを作ってもらった。これを、ご令嬢たちに書き込んでもらう。
『趣味』『好きな本』『好きな場所』『休日の過ごし方』などなどをご記入いただき、オルヴァ様との会話のきっかけにしてもらうためのものだ。
「あと、会場のレイアウトなんかもここに書いてます。あとで会場の飾り付けや動線なんかも改めて確認できたらと」
「かしこまりました。その社交会の日取りですが……」
「あ、決まったんですね。いつですか?」
ローゼンさんはそっと俺の手から荷物を引き取り、やや言いにくそうに口を開いた。
「明日の晩でございます」
「え? 明日!?」
「急で申し訳ありません。実は、オルヴァ様が絶世の美形だという噂が国中に流れておりまして」
「えっ、そうなんですか? この国の人たち、ほんと噂好きだな……」
「しかもお立場が第三王子であらせられますでしょう? 我こそは、我が娘こそはと貴族の皆様がこぞってコンカツパーティへの参加を希望されていまして、収集がつかなくなる前に早急に開催せよと国王陛下が……」
「な、なるほど」
そういえば離宮へ来るまでに思った。今日はいやに城内に人が多いなと……。パーティでもやってるのかなと思ったけど、あの人たちは参加希望者だったのかもしれない。
「そういうことですので、リオン様にはさっそく明日の会場となる大広間へご案内します」
「わかりました。準備を急いだほうがいいですもんね」
ローゼンさんは一礼し、大荷物を抱えたままキビキビと歩き始めた。向かう先は城の南側らしい。
南側には、謁見の間や王族の人たちの住居、高貴な人たちを呼んでパーティを開くための大広間などがあるという。俺はまだ一度も立ち入ったことのない場所だ。
昨夜俺が迷い込んだ庭園よりもさらに格式高そうな綺麗な庭を眺めながら、大理石の敷き詰められた渡り廊下を歩く。建物自体のしつらえもますます上質だ。
「そういえば、昨晩はカイゼル様から不当な尋問を受けたそうですね」
「不当な尋問!? そ、そんな大袈裟なものでは……!」
「いえ。カイゼル様がご迷惑をおかけいたしました。アルヴィス様のお耳にも入ったようで、きっと今頃お説教を受けているところかと」
「説教……アルヴィス様が?」
ライオンのようなアルヴィス様にガミガミいわれてふてくされているカイゼル様を想像すると、なんとなくほっこりするような、溜飲が下がるような……
怖いし腹がたつところもあるけれど、カイゼル様も真面目な方なのだろう。若くしてフィオレアン王国を守る軍部のトップを担う責任感が、あの人をあそこまで懐疑的にさせているのかもしれない。
「カイゼル様って、おいくつなんですか?」
「確か……今年で二十六歳になられますね」
「えっ、同い年」
「三十五歳のアルヴィス様とは少し年齢が離れておられますから、カイゼル様とオルヴァ様は、小さい頃はとても仲がよろしくて。オルヴァ様が不在の際、カイゼル様はひどく心配されていましたよ」
「え? あ、やっぱりそうなんですね……」
オルヴァ様を前にすると、つい愚鈍だノロマだと言ってしまうようだが、やっぱり心配していたのか。俺は兄弟がいないからよくわからないけど、兄心は複雑なのかもしれない。
「|私《わたくし》はおふたりが幼い頃からお仕えしております。カイゼル様がオルヴァ様を心配されるお気持ち、私には痛いほどよくわかりました」
「そうだったんですね……」
——よかった。オルヴァ様を想ってくれる人は、ちゃんといるんだ。
ご自身では不幸の象徴とか不吉な存在とかおっしゃっていたが、オルヴァ様を大事にしてくれる人はちゃんといる。俺はほっとした。
オルヴァ様の出生時には色々あったみたいだけど、ずいぶん時間が経って妙な噂は薄れているようだし、カイゼル様もオルヴァ様を恨んではいなかった。
しかも、国中からオルヴァ様の妻になりたいという女性が集まってきているというのだから、もう何も憂いはない。
オルヴァ様がただそこに佇んでいるだけで結婚相手は決まる。婚活パーティは大成功間違いなし。……だと思う。
——でも、オルヴァ様の気持ちはそれでいいんだろうか。国王陛下も、オルヴァ様自身も、早々に結婚相手を決めることが目的だと考えておられるようだけど、あの人の気持ちは……?
いや、余計なことは考えるな。俺に未練があるからそんなふうに感じるだけだ。
いくらオルヴァ様のことが好きでも、俺には絶対手に入らない人だ。クライエントの目標目指して仕事をしてこそ、プロの婚活コーディネーターなんだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は目を閉じて深呼吸をした。
すると、見事な噴水を挟んだ先にある開けた庭で、華やかな人々がお茶会をしているのが見えた。
「リオン様、あの薄桃色のドレスを着た方が王妃殿下であらせられます」
「本当だ、銅像でしか見たことありませんでしたけど、可愛らしい方ですね」
「まだ二十四歳とお若くていらっしゃいまして、お腹には御子様が宿っておられます」
「へえ、それはおめでたいですね」
ということは、彼女が産んだ赤ん坊が男子なら、第四王子の誕生ということか……。国王陛下はもうそろそろ五十近いはずだが、すごい精力。この国にはますます繁栄しそうだ。
「そういえば、前王妃殿下……オルヴァ様のお母様がお亡くなりになったとき、オルヴァ様を葬儀に呼び戻さなかったそうですね。派閥の力が働いたとか」
「っ……よくご存知ですね。誰からお聞きになられたのです?」
「え、えーと。……アルヴィス様です」
王太子殿下から聞いたんだし、まあいいだろう……ということで、俺は素直に情報源を吐いた。ローゼン様は納得したように、深く頷く。
「左様ですか。……当時、ものすごく国王陛下に怒っておいででしたからね……」
「確か、前王妃殿下の親戚筋が反対されたとか」
「ええ……」
ローゼンさんは膝の上に拳を作り、窓の方を向いて遠い目をした。
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