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第39話 確かめたいこと?

「王都から離れているからか、若い人が多いからか、僕の不吉な噂を知る人が少ないんだ。『三人目の王子様がいたなんてな!』なんて言われちゃったよ」 「ずいぶん気さくな方が多いんですね」 「そうだね、僕は気にならないけど、従者の皆が焦っていて面白かったよ」  本当に楽しかったのだろう。オルヴァ様はとても自然に笑っている。  初めて会ったとき、初めて笑顔の練習をしたときが嘘のように爽やかに笑うオルヴァ様を見上げる俺の心を占めるのは、誇らしさと寂しさが半々くらい。  もう、俺にだけ笑顔を見せてくれるわけじゃないのか——なんて、エゴの塊。オルヴァ様の幸せを望むなら喜ぶべきことなのに、寂しさを拭えない。 「リオン? どうしたんだ?」 「……え?」  オルヴァ様がやや身を屈め、俺の顔を覗き込んでくる。  とろりと金色の混じった琥珀色の瞳が揺れ、とても気遣わしげな表情だ。 「無理して笑っているだろう。疲れているね」 「あっ……そ、そんなことないですよ! 明日の婚活パーティ……いや、社交会の準備をしていたんですけど、とても楽しかったですし」 「……明日」  オルヴァ様の笑みが、すっと消える。俺は逆ににっこりと笑顔を作った。 「もう聞いておられますよね。明日は頑張りましょうね!」 「ああ……そうだな」 「今のオルヴァ様なら絶対に素敵なご結婚相手を見つけられます! 自信を持ってください!」 「そうだな。リオンのおかげだ」  オルヴァ様が一歩近づき、そっと俺の手を取った。  おどおどビクビクしていた頃が嘘のようなその仕草に驚きはするものの、触れてもらえるのが嬉しくて、俺は身じろぎをしなかった。    すると、持ち上がった俺の手の甲に、躊躇いがちなキスがそっと触れる。大きく胸が跳ね上がり、カッと顔が熱くなる。 「あ……あの」 「ありがとう。今日の視察がうまくいったのも、リオンのおかげだ」 「えっ……いえ、私は何も」 「リオンは僕のありのままを認め、たくさん褒めて自信を持たせてくれた。ここへ戻ったばかりの僕がブレイバルトへ赴いたとしても、街の人々の嘲笑と落胆を買うだけだっただろう」 「そんなことは……」  謙遜する俺を黙らせるように、オルヴァ様がゆるく首を振った。 「今日、護衛としてカイゼル兄様も同行してくれた。いつもより穏やかに話ができて嬉しかったよ」 「そうでしたか。何よりです」 「カイゼル兄様になにか意見してくれたようだね」 「い、いえ! 意見だなんてそんな、大したことは……!」  どうやらカイゼル様、俺の言ったことをちょっぴりでも頭の端に置いておいてくれたらしい。そのおかげでオルヴァ様が心穏やかに過ごせたようだし、何よりだ。  オルヴァ様のあたたかく大きな手に包まれた自分の手。明日、オルヴァ様に手を取られるのはどこのご令嬢だろう。骨ばった俺の手とは違う、白魚のように華奢な女性の手を取ってエスコートするおアルヴァ様の姿を、今はやすやすと想像できる。  ……だが、同時に心が軋む。俺にだけ向けられていたこの笑顔は、結婚相手の女性のものになる。いや、違う。視察先でもうまくやれたんだ。オルヴァ様は今後、もっとたくさんの人々に笑顔を振りまき、誰からも愛される王子様になる。  俺もそれはすごく嬉しい。……でもそのとき、オルヴァ様のそばに俺はいられない。  ため息が漏れそうになるのを堪え、俺はオルヴァ様を見上げて微笑んだ。 「お食事がお済みでしたら、少し話術の練習をいたしましょう。ご令嬢とたくさんお話をするためには必要な技術ですので」 「話術か……よし、がんばるよ」  適切な相槌、傾聴、ミラーリングなどなど。お相手に気持ちよく話をしてもらう上で身につけておくべきスキルは色々ある。それをお伝えして、練習して、今夜はもうこの部屋から辞したほうがいい。    だってほら、オルヴァ様はすごくいつも通りだ。   昨日、あんな傷ついた顔をしていたのに、今日は普段と変わらない勤勉な表情だ。特にネガティブになることもなく、昨日のキスのことについてなにか言ってくるわけでもなく……  ——モヤモヤしてるのは、俺だけか……  昨日のキスを思い出すだけで、腹の奥のほうが切なく疼く。  オルヴァ様のキスは不器用で、それにすごく興奮した。がっつくように求められ、気持ちが良くて、愛おしくてたまらなかった。  ひょっとすると、オルヴァ様も俺に特別な感情を向けてくれているのかもしれない——そう勘違いしてしまうほど、オルヴァ様のキスは情熱的だと感じた。……けど。  ——あれも婚活レッスンの一環だ。……そうやって自分で一線を引いておいて、何を今更。 「リオン」 「……えっ? あ、はい!」 「今夜もここに泊まっていくだろう?」 「え……。い、いえ私は、」 「ここにいてくれ。明日のコンカツのために、確かめたいことがあるんだ」 「そ……そういうことでしたら、わかりました……」  婚活がらみと言われては断れない。躊躇いながら頷くと、オルヴァ様がホッとしたように微笑んだ。     ◇  順番に湯浴みを済ませ、俺はそっとバスルームを出た。  すでに燭台の火は消され、ベッドサイドの魔法石ランプが乳白色の灯りをほのかに宿しているだけだ。眠るときはいつもこれくらいの仄暗さだが、昨日の記憶が生々しく残っている今、なんだか妙に落ち着かない。  先にベッドに入っているかと思いきや、オルヴァ様は細く開いたカーテンから外を見ている。星でも眺めているのだろうか。  「まだお休みにならないんですか?」 「ん? ああ……明日のことを考えると落ち着かないんだ」 「なるほど……それはそうですね」  明日の婚活パーティでは、大勢の女性たちと会話をしなくてはならないのだ。当然落ち着かないことだろう。俺はオルヴァ様の隣に立って夜空を見上げた。 「明日もおそばにいますので、何かあったらすぐにサポートいたします」 「……うん、頼んだ」 「なんだか、ずいぶん長くおそばにいさせていただいた気がしますが……まだ、たった数日なんですね。明日で私の仕事は終わりますが、これからもオルヴァ様の幸せを——」 「リオン」  つい早口になってしまった俺の言葉が、そっと遮られる。  オルヴァ様はつと俺に向き直ると、ひどく申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げてきた。 「昨日は、すまなかった」 「……えっ? な、なにがですか?」 「その……訓練と知らず僕は……リオンにあんなことを」  オルヴァ様から昨日のキスの件に触れてきた。心臓が跳ね上がり、全身が熱くなる。 「あっ……あれはその、私こそ前もって説明もせずに閨指導に入ってしまい、申し訳なかったと……」 「確認したかったのは、この件なんだ」 「えっと……どういったことでしょう?」 「リオンは本当に、演技をしていたのかい?」  思わぬ鋭さで核心を突かれ、俺は思わず息を呑んだ。  動揺を見逃すまいといわんばかりに、オルヴァ様はじっと俺を見つめている。  ——どうしよう。ばれてるのか……?    だが、ここで俺が本当の気持ちを吐露したところで状況は変わらない。オルヴァ様の未来は決まっているのだから。  俺は渾身の笑みをにっこり浮かべて、オルヴァ様のほうへ向き直った。 「演技ですよ? もちろん」 「……じゃあ、これまでにリオンがコンカツ訓練をした人たちとも……あんなことを?」 「え。えと、それは……」  ——閨指導も婚活訓練の一環だと思われてるのか……。うーん、どう答えたものか……  俺はたじろぎ、答えに迷った。  オルヴァ様としかしたことない。オルヴァ様としかあんなことはしたくない——そう言ってしまいたい。でも、言えるわけがない。  俺は深く息を吸い……笑顔を浮かべたまま、こう言った。 「はい。必要とあらば、ご指導してきました」 「ほっ……本当に?」 「ええ。それがどうかしましたか?」  顔を引き攣らせているオルヴァ様と視線を合わせられなくて、俺は笑みを浮かべたまま窓の外を見やる。ちゃんと演技できているつもりでも、暗い窓に映った自分の顔は、あまりにも不恰好に歪んでいた。  ——ダメだダメだ、しっかりしろ、俺……っ!! 「もし続きをご所望であれば、今夜も閨指導をいたしましょうか?」 「……続き?」 「はい。初夜で不手際があると困るかと思いますので」 「……」  努めてビジネスライクに、事務的な口調でそう言ったつもりだ。だが、オルヴァ様にはどう聞こえているだろう。  いつになく重い沈黙が、俺たちの間にじっと蹲っている。このあと何を言うべきなのか、言わないべきなのかがわからない。 「……それなら」  先に口を開いたのはオルヴァ様だった。ゆっくりと持ち上がった大きな手が俺の頬に近づき……遠慮がちにそっと触れた。顔を上げさせられ、半ば強引にオルヴァ様と視線が重なった。 「昨日の続きを、教えてくれ」 「……っ」  ばく、ばくん、ばくんと心臓が早鐘を打ち始める。  ほのかな灯りの中でも光を放つかのようにきらめく金色の瞳が、射抜くように俺を見つめている。 「……は……」 「教えてくれるんだろ?」 「……は、はい……」  こくりと頷いた瞬間、腰を抱かれて身体を強く引き寄せられた。  そのまま掬い上げるように顎を仰かされ、オルヴァ様の唇が俺の唇を塞いだ。 「っ……ふ……」  思わずふらついた俺を片手でしっかりと抱き留めたまま、オルヴァ様はやや強引に俺の中に舌を忍び込ませてくる。  待ち侘びたキス。熱く濡れたオルヴァ様の舌が俺のそれに絡まった瞬間、腹の奥が切なく締め付けられるような感覚に襲われる。  しかも、抱きしめられ、キスであっさりと勃ち上がり始めた屹立にオルヴァ様の太ももが擦れ、びくん! と腰が跳ね震える。  その反応に気づいたらしいオルヴァ様が、さらに強く太ももを押し付けてくる。舌を愛撫されながら欲しいところに甘い刺激をたっぷりと与えられ、堪えようもなく喘ぎが溢れた。 「ぁ、っ……はぁ……ん、んっ……」 「……僕なんかの拙いキスで、もうこんなに硬く……? ああそうか、慣れているからか」 「っ……」 「他の男とも、こういうことを……」  キスの隙間で、オルヴァ様が呟いた。いつもの穏やかな声音じゃなく、低く掠れたオルヴァ様の声が、どことなく苦々しさを帯びているように聞こえた。  ——なんか、怒ってる? ……いや、そんなはずないな。    俺は仕事で誰とでも身体を重ねるような尻軽だと思ってくれたらそれでいい。俺がこんなことをするのは、オルヴァ様を好きな気持ちからじゃない。仕事だから、オルヴァ様といやらしいことをしているんだ。  ——俺にとっては最高の思い出作りだな……

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