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第43話 攫われた俺
「っ……げほっ、ぅっ……」
意識が戻ると同時に、下腹の痛みと息苦しさが全身に蘇る。咄嗟に顔をめぐらせて辺りを見回す。
俺が転がされているのはベッドだ。だが、微かに身じろぎするたびにギシギシ軋む音が聞こえてくる。きっと古いものなのだろう、マットレスの上にも、そしてベッドサイドの小さな棚にも、うっすら埃が積もっている。
——どこだ、ここ……
薄暗さに目が慣れてくる。どうやら古い洋室のようだ。
目隠しは解かれているが、は後ろ手にきつく縛られている。そして足首も。まったく身動きでできないというわけではないが、この格好で逃げるのは無理そうだ。
せめてベッドから降りてドアのほうへ行けないかと思い、身を捩らせてベッドから降りてみようと試みた。だが、ギシギシと軋む音がやたら大きく部屋に響いている。もし近くに俺を攫ったやつらがいるとしたら、脱走を企てているのがバレてしまう。
——っ!? 足音……!
思わず身を固くした瞬間、荒っぽくドアが開いた。
見たこともない大柄な男と小柄な男がいる。これまでこっちの世界で出会ってきた街の人たちとも、王宮の人たちとも違う野蛮な雰囲気を漂わせた人間だ。情けないことに、身が竦んだ。
「おやおや、貴重な『迷い子』がお目覚めだ」
「へへ、随分おとなしいな。ビビってやがる」
垢じみた赤茶色の髪を長く伸ばした大柄な男が、俺が転がされているベッドにどっかりと腰を下ろした。
その大柄な男が身につけている着衣を見て、俺はハッとした。
ごく普通のシャツの上に、獣の毛皮を身に纏っている。振り乱した長髪、ガタイのいい体つき、まさか本当に、サルドラド帝国の人間がこの国で悪さを……!?
俺は思わず身を起こし、少しでもこの男から距離を取ろうとしたが、無常なことに背後はすぐ壁だった。
「……だ、誰だお前ら。俺をどうするつもりだ」
かろうじて絞り出した声が震えている。大柄男が心底ビビっている俺を嘲笑し、ぐいっと乱暴に胸ぐらを掴んできた。
「へへ、震えちゃって可愛い~。よく見たら綺麗な顔してんじゃねぇか。こりゃ高く売れるぞ」
「う、売る……?」
「お前みたいのを欲しがってるお貴族様はた~くさんいるんだよ。どれどれ」
「うぁっ……」
男は突然、俺のボウタイを引き抜き、ボタンを引きちぎってシャツの前を開いた。ゾッとして身を捩るも、男は俺を壁に押し付けたまま、ジロジロと無遠慮な視線を投げつけてくる。
「色も白くて肌も柔らかい……へへ、男にしては抱き心地が良さそうだ。ますます良いな」
「っ……さ、触るな!!」
「あ~、いいね。怖がってんのに強がる顔、すげぇそそる」
大柄男はニヤニヤ下卑た笑みを浮かべながら、俺をベッドに引き倒した。そのまま腹の上に跨られ、全身から冷や汗がどっと噴き出す。
「や、やめろ……!! 触るなって言ってるんだ!!」
「まあまあ、ちょっとくらいいいじゃねぇか。どれどれ、『迷い子』ちゃんのコッチはどんな感じかな?」
「っ……や、やめ……!!」
丸太のように太い男の腕、俺の顔と同じくらいの大きさがありそうな分厚い手。
ヌッと伸びてきた男の手が俺のズボンにかかりかけたとき、ドアのそばに立っていた小柄な男が苛立ちの滲むため息を吐いた。
小柄男は長い髪をきちんと結えていて小綺麗な貴族服のようなものを着ているが、よく見ると布の端が破れたりほつれたりしている。まるで誰かから奪った衣服を身につけているかのようだ。
「やめろ馬鹿者!! そいつは大事な商品だ、丁重に扱え!!」
「……んだようるせぇな。一回くらいいいだろ? 売る前に丸洗いすりゃ済む話だ」
「……はあ。これだから馬鹿は嫌いなんだ。減ってる儲けをこいつで丸ごと補えるんだぞ? 汚い手垢をつけるんじゃない!」
「ほとぼりが冷めりゃ、またいくらでも奪えんだろ。ゴリラみたいにでけえ身体をしてても、しょせん鉱夫は暴力に慣れてねぇ」
「余計なことをベラベラ喋るんじゃない!」
小柄な男は早足でベッドに近づき、やおら腰に帯びていたナイフを抜いた。鋭く尖った先端を大柄男の鼻先に突きつけ、軽く揺らす。
口調は大柄男ほど粗野ではないが、突然刃物で相手を脅すとは。鬱屈を溜め込んでいるような昏い目をしているこの男のほうこそ、何をしでかすかわからない雰囲気がある。
「降りろ。そろそろ客が来る」
「ええ? もう来んのかよ。チッ……一回くらい犯れると思ったのによ」
——客? ……お、俺を買おうっていう相手が、ここに来るとか……!?
パニクっている頭の中に、ふと閃くものがあった。
また奪う。鉱夫。最近減っている儲け——……
こいつらおそらく、カイゼル様が言っていた盗賊だ。魔法石を盗んでいるやつらに違いない。
ここ最近カイゼル様が警備を強化しているから、思うように魔法石を奪えなくなった。それで、俺という『迷い子』をどこぞの貴族に高値で売ろうとしているんだ。
——……でも、聞いてたのと違うな。どう見てもサルドラド帝国の人たちじゃなさそうだ。
フェルナンたちから聞いたサルドラド帝国の人々は、アジア人に近い容姿をしているイメージだ。だが大柄な男の顔立ちは彫りが深く西洋風。おそらくはこの国の人間。
——じゃあなんであんな噂が流れたんだ?
大柄男に小言をあらかた言い終えたのか、小柄男はナイフをしまって大袈裟なため息をついた。俺はごくりと唾液を飲み下し、声の震えが伝わらないように、強い口調で尋ねた。
「……あんたら、サルドラド帝国と手を組んでこんなことをやってるのか?」
「ん? ……へえ、そんな噂が流れてるんですか。それならそうなのかもしれませんねぇ」
小柄男はニヤリと笑い、上半身をかがめて俺の顔を覗き込んできた。頭からつま先までジロジロと眺め回してくる。
「あの忌々しい王子様が手引きしてるんでしょうね。もしそうならおおごとだ」
「……い、忌々しい? 誰のことを言ってるんだ?」
「誰って。あの銀髪金眼のおぞましい王子様のことですよ。母親を殺したくせになんの罰も受けず、他国でのんびり暮らしていたあの第三王子様だ」
「は、母親を殺した……!?」
愕然とする俺を、小柄男が真上から睥睨してくる。……てか、何を言ってるんださっきから。
こいつら、オルヴァ様のことをどうしてそんなにも憎々しげに話すんだ!?
「あれはオルヴァ様が幼い頃に起きた事故だ!? 親を殺すなんてできるわけないだろうが!!」
「オルヴァ様、ね。ああそうか、お前はあの王子様とベッタリな仲ですもんね、庇いたい気持ちはわかりますよ」
「そんなことは関係ない! どうしてそんな……あの人を陥れるようなことをしようとするんだ!?」
「……よく喋る商品だ」
小柄男は喚いている俺を鬱陶しそうに見下ろし、また派手にため息をついた。すでにめんどくさそうに部屋の隅のソファで大欠伸をしている大柄男をちらりと見やり、またため息をつく。
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