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第51話 すべてがほどけて

『愛の秘薬』は、光属性の魔法石を砕いて粉にしたものだったのだ。 「魔法石の粉、ですか……!?」 「ああ、人が体内に入れていいものではないのだ。ただそれを飲むと、一時的に肌が明るく光り輝くように美しくなるというのだよ。妻の祖国では、不幸なことにその薬が流行ってしまった。魔法石の粉末を飲んでも体調を崩すものと崩さないものがいるらしく、毒として認識されていなかったらしい」 「毒……。じゃあオルヴァ様の容姿が皆さんと違うのは」 「確かなことはわからない。……が、他に考えようがない。毒を飲んだ副作用が、オルヴァにああして出現したのだろうというのが、医術師たちの見解だ」  ——そうだったのか……。やっぱり、恨みうんぬんのせいでああなったんじゃなく、毒のせいでオルヴァ様は……  ずっと引っかかっていたことが一気に腑に落ちた。だが、スッキリする内容では決してない。  国王陛下の気を引くために知らず知らずのうちに毒を飲み、その副作用がオルヴァ様に出ているだなんて…… 「……オルヴァ様は、もうそれをご存知なのですか?」 「ああ。この間ゆっくり話す時間が取れたからな。そのときに話した。……サルドラド帝国へ逃したことについても、全てな」 「に、逃した? 人質外交じゃなく?」 「表向きはそうだが、実際のところは違う。クヌトが俺の暗殺を企てるよりも前に、あいつはオルヴァの暗殺を企てていた」 「え!?」  ——あの男……どれだけ悪行を重ねていたんだ……!? ミナルテ様を大事だと言いながら、従姉甥のオルヴァ様を殺すだと!?  「そんな、幼いオルヴァ様を殺すだなんて……」  愕然とするあまり声が掠れる。国王陛下は痛ましげにため息をついた。 「確たる証拠を得ることができなかったが、王宮を出入りするあいつの一族がオルヴァを見る目には……言いようのない不穏さがあった。王宮を出禁にしてやりたかったが、あいつはミナルテの親戚だ。さしたる理由もなくそんなことはできない。だから、オルヴァを国外に逃がすことにしたのだ」 「そうだったんですか……」 「さすがに他国に刺客を送るような真似はしなかったが……ミナルテの体調が悪くなるにつれ、俺を見る目に殺意がこもるようになった。そしてほどなく、あいつは晩餐の席で俺に刃物を向けてきたのだよ」  そして断罪され、爵位を剥奪されたあの男は、ごろつきを集めて盗賊に身を落とした——ということだ。  知らず知らずのうちに痛ましい王家のゴタゴタに巻き込まれたオルヴァ様は、一番の被害者だ。  「……元を辿れは、俺がミナルテから逃げたことが全ての元凶だ。遠征先で女と遊んだのは事実だが、俺はミナルテを愛していたし、信頼していた。……頼もしい妻だったからこそ、俺が多少フラフラしても許してくれると甘えていた。それが、大間違いだったのだ」 「それは、そうかもしれませんね……」 「ふっ、ふふ。手厳しいな。家臣たちは皆、俺のせいじゃないと言ってくれたが……そうだよな、俺が悪いんだ、全部」 「あっ……す、すみません!!」  またしても、正直な気持ちが漏れてしまった。色々衝撃すぎて、俺にはもはや国王に気を遣う余裕が持てていない。慌てて平謝りするも、国王陛下は涙目をぬぐいながら首を振る。 「いいんだ。正直に言ってもらえて、むしろ気が楽になったよ」 「……すみません……」 「ははは……。君のような男になら、オルヴァを安心して託せる。息子のことを、どうかよろしく頼むよ」 「は、はい……!!」  俺はサッと立ち上がり、腰を九十度折ってがばりと頭を下げた。  泣き笑いのような国王陛下の声を頭上に聞きながら、俺はしばらく首を垂れたままでいた。 「ち、父上!? どうしてこんなところに……!」  ようやく顔を上げたそのとき、背後からオルヴァ様の声が聞こえてきた。  全てのつきものが落ちたような気持ちで振り返ると、目を丸くして俺と国王陛下を見比べるオルヴァ様の姿がある。 「早かったな、オルヴァ。はやく花嫁の顔が見たかったのか?」 「それはもちろんそうなんですけど。……リオン、父上になにか嫌なことを言われなかった?」 「い、いやなこと? 言われてませんよ?」 「涙目だから、何かいびられるようなことを言われたのかと思って」 「だ、大丈夫です。いびられてないです」  国王陛下の威信のためにも大急ぎで否定しておく。涙目なのはきっと、真実を一気に聞いて驚いたせいだから。  だが、オルヴァ様は気遣わしげに俺の顔を覗きこみ、指先でそっと目元を拭ってくれた。父親が目の前にいるというのに……!  すると案の定、国王陛下の豪快な笑い声が庭に響いた。 「よいよい、気にするな。仲睦まじいのはいいことだ」 「は、はぁ……」 「邪魔したな、リオンよ。オルヴァも、またな」  国王陛下はゆったりと立ち上がり、片手を上げて悠然と離宮の庭を立ち去っていく。庭の外に控えていたらしい先ほどの騎士たちが一斉に国王を囲んだ。  すると、不意に国王陛下が足を止め、横顔でこちらを振り返った。 「オルヴァ、リオン。結婚式は盛大に執り行う予定だ。楽しみにしているよ」  そして誰よりも楽しげな笑い声を響かせながら国王陛下が立ち去ると、離宮の庭に静寂が戻ってくる。いるだけでものすごい存在感だったな…… 「ごめん、リオン。突然父上が来て驚いただろう」 「い、いえ……びっくりしましたけど、ゆっくりお話ができたのでよかったですよ」 「話? ああ……僕の出生についての事情を聞いた?」 「はい」  俺が頷くと、オルヴァ様も小さく頷く。金色身を帯びた瞳が、陽の光を吸ってキラキラと輝いている。 「僕も昨日、父からこれまでのことを聞いてすっきりしたよ。もっと早く話してくれた良かったのにと思ったが……まあ、そうもいかないか」 「ええ……そうかもしれませんね」 「だが、父のおかげで僕は生き延びた。母上を僕が階段から突き落としたと信じ込んでいる人も多いようだけど、あれは本当に事故だったようだし」 「やっぱり……! そりゃそうですよ!」  オルヴァ様が聞いた話によると、ミナルテ様はその日体調が良かったようで、オルヴァ様を連れて散歩に出ようとしたらしい。  手すりを握りしめ、おっかなびっくり階段を降りようとする幼いオルヴァ様を階下で待っていたミナルテ様は、不意に眩暈に襲われた。  よろめいた瞬間に足を踏み外し——あの不幸な事故が起きたのだという。  古株のメイドが一部始終を目の当たりにしていたが、オルヴァ様や国王陛下を苛烈に批判するクヌトらによって、その証言は封じ込められていたらしい。  その真実を知ったからだろう。オルヴァ様の表情はいつになく清々しい。まるでつきものが落ちたかのように。 「多少孤独な思いはしたけれど……そのおかげでリオンとも出会えわけだし、意味はあったということだな」  オルヴァ様はちょっと照れくさそうに微笑んで、俺の肩をさりげなく抱き寄せる。頭上にキスが降ってきて、くすぐったくて笑いながらオルヴァ様を見上げると、今度は唇にキスしてもらえた。 「オルヴァ様、外でそんな……」 「今はふたりきりだ。言っただろう? ふたりのときはためぐちで話してくれ」 「あ……う、うん」  妙に色っぽい声でこっそりと囁かれ、心臓がどきどき暴れ出す。  昨夜も耳元で愛を囁かれながら気持ちいいことをしてもらえたことを思い出し、国王陛下が来てすっかり収まっていた火照りが一気に蘇ってしまう。  爽やかなオルヴァ様を前にして恥ずかしくなってしまった俺は、慌てて話題を変えた。 「そ、そ、それにしても結婚式って……! お、俺みたいなのがオルヴァ様の横にいて、みんながっかりしないかな……!?」 「それは心配ないよ。僕の伴侶が『迷い子』のリオンってことは、ほぼ国中に知れ渡っているらしいから」 「ん? え、なんで?」  キョトンとした俺に、オルヴァ様がいたずらっぽい笑みを浮かべた。 「僕のコンカツを手伝うことになった時点で、リオンは王都中の有名人になっていたらしいんだ。さらに『迷い子』だってことや、姿形が珍しくて、人形のように綺麗な顔をしていると知れ渡っていたらしい」 「人形のように……? え、俺が……?」 「慎ましく笑う姿がそう見えるらしいんだ。この国は派手に怒ったり笑ったりする人間が多いからね」 「なるほど……」 「でも、僕だけは知っているよ」  ふと、肩に回ったオルヴァ様の手に力がこもる。  すいと耳元に近づいてきたオルヴァ様の唇から吐息が触れ、俺は思わず美くんと震えた。 「……リオンが男に抱かれているときどんな顔をするのか、知っているのは僕だけだ」 「っ……ちょ、オルヴァ様……」 「理性を失って本能のまま快楽に溺れているリオンが、どれほど淫らで美しいかってことも、僕だけが知っているんだね」 「う、あ……」  色っぽい声で、耳が溶けてしまいそうだ。思わずへなへな崩れ落ちそうになった俺を、オルヴァ様がたやすく腕で支えてくれる。 「や、やめてくれよっ! 外で俺を誘惑するなんて……」 「誘惑? 今、僕はリオンを誘惑できていたのかな?」 「む、無自覚……!?」 「ん?」 「い、いや、なんでもない……!」  強がってみても、足腰に力が入らない。そんな俺の反応にオルヴァ様は何かを察したらしく、ふっと意味深な微笑みが聞こえてきた。  オルヴァ様は俺を伴って部屋に戻ると、ぴたりと窓を閉めてカーテンをも閉め切った。  真昼間の中に作り上げられた淫美な暗闇の中で、オルヴァ様がそっと囁く。 「リオンを誘惑してしまった責任を、取らせてほしいな」 「せ、責任て……っ、ァ、あっ……」  甘い低音の声が耳をくすぐり、尖って膨らんだ場所に指を這わされ、抗えず喘ぎを漏らす唇をキスで塞がれる。    昼下がりの甘やかな情事。  心も身体も蕩けさせられる幸せに酔いしれながら、俺は飽きるほどの愛の言葉をオルヴァ様に囁くのだった。

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